08 カースト下位男子の日常
いつも読んでいただきありがとうございます。
本日は間に合えばもう一度更新いたします。
ーー青春とは無駄の積み重ねだ。
凪の持論なのだが、なかなかに的を射た意見だと思っている。実際はそうではないのだろうが、凪は何事も見切りが早すぎてそんなことを考えてしまう。
今を今として楽しむには、それに合わせた精神性が伴わなくてはいけない。そういう意味では高校生活は退屈だ。
達観しているなどと自惚れるつもりはないが、周囲は少し歳下のように見えてしまうのだ。
そうなると、やはり友達を作るのは困難で、凪のように色々と拗らせた人間が出来上がる。
ところで、今日の凪は人間観察に没頭している。いや、昨日もそうだったし明日もそうだろう。
これがやってみるとなかなかに楽しい。
まずはクラス全員の顔と名前を覚え、頭の中で教室内の配置を再現する。そして、会話や行動などから誰が誰にどんな感情を抱いているのか、そんなことを矢印付きで足していくのだ。
地図を埋めていくような、なんとも言えない快感を感じる。
「じゃあ、次はーー。将来絶対に結婚したくない人!」
「おっけ!」
「うん。これはすぐ決まった」
「じゃあ……せーの!」
(その指差しゲームって、指名されるの断トツ一位の猛者がいるよね)
こういったゲームはなぜネガティブな案件が多いのだろうか。「将来結婚したい人」とか「恋人にしたい人」とか「告白されたい人」とか色々あるだろう。
実際は「足が臭そうな人」とか「一生彼女できそうにない人」など、心を抉る話題ばかりだ。
女子高生の無邪気な悪意ほど怖いものはない。
そんな会話に聞き耳を立てている男子は割と多く、ビクッと反応しているのがこれまた見ていて面白い。
「「「月島」」」」
「また〜?。強すぎじゃね月島」
(男共は俺に感謝してもいいと思う。募金箱でも置いておけば儲かるかな)
で、そんな状況だと必ず出現する人間もいる。そろそろだろうかーー。
「やめろよ。月島がかわいそうだろ」
「えー、別にいいじゃん! 困る人いないし」
(で、でたー! かわいそうな男子を助ける振りをして好感度上昇、あわよくば彼女できればいいなマン)
笑いそうになるのを堪えてぷるぷるしていたら、案の定そこにも被弾した。
「うっわ、笑ってないあいつ? きも」
「だからやめろって! 音葉もそう思うだろ?」
「そうですね。見ていて気持ちの良いものではありません」
「えー……水瀬さんがそう言うならやめるー」
どうせ忘れた頃に再開するのだろうが、とりあえずは落ち着いたらしい。
それにしても音葉を呼び捨てにする男子はなかなかの強者だ。
彼の名前は勅使河原英人。バスケの推薦で入学すると一年生ながらスタメンを獲得。絵に描いたような爽やかなイケメンで、その人気は碧にも匹敵する。碧とは真逆のタイプなので住み分けはできているようだ。
これまでの言動から考察すると英人は音葉に惚れているようで、外堀から埋めていくように頑張っているらしい。
確かに、こうして二人が話している姿を見るとお似合いだと思う。音葉にその気が無いのが残念ではあるがーー。
(報われないよなぁ)
「あ、あの!」
「ん? 俺?」
「私、その、次の授業の教科書、忘れてしまって……見せてもらってもいいですか?」
「いいですよ。なんなら貸しますけど?」
「それはさすがに申し訳ないです!」
「そっか」
たかだか隣と机をくっ付けるだけでビクビクするのはやめてほしい。
(でもまぁ。話し掛けてくれるだけレアな人か)
「すみません! では、失礼します!」
「そんなかしこまらなくていいですよ。敬語もいらないですし」
「分かりましーー。分かった! じゃあ月島くんも敬語はやめてねっ」
「了解」
(なんか独特な子だなぁ)
「あ、でも俺と話してると厄介ごともあるだろうから気を付けてね」
「大丈夫だよっ」
「ふーん、好きにしたらいいけど」
ガン! と音がするぐらいの勢いで机を寄せてきので、思わずビクッと反応してしまった。さぞキモかっただろう。
彼女と話すのは初めてだが顔と名前は一致している。
愛葉祭。童顔で眼鏡と幼い印象だが、嫌でも目を惹くのが豊かな胸部だろう。「ギャップが堪らない」と男子の間で評判も上々だ。
こうして近くにいると少しはその魅力が伝わってくる。時折おろおろしている様子などは可愛らしいし、庇護欲を刺激される気持ちも少しは理解できる。
(あー……見てる見てる)
羨望の眼差しが凪に集まりなんとも言えない雰囲気が漂う。これだけ注目されると悪戯したくなるのも仕方ないーー。凪は顔を上げると勝ち誇ったようにニヤリと笑う。
悪目立ちしたくないと言いながらも、溢れ出る欲求には勝てなかった。
「くっそあいつ!」
「死ねばいいのに」
凄く快感だった。
◇ ◇ ◇
昼休みになるといつものように特等席に向かった。
美術室裏のこの場所は基本誰も居なくて居心地が良い。目の前にはテニスコートがあるが、昼休みに使用している光景は見たことが無かった。
弁当箱を太ももの上に乗せて早速開封、黙々と箸を動かしていく。
ふと隣に気配を感じたのでそちらに目をやると、いつの間にか座っている少女の姿が。
「勅使河原の彼女さん。なにか用?」
「これは愛葉さんの彼氏さんじゃないですか。奇遇ですね」
音葉は全く同じ弁当を広げると、なぜか隣で食事を始めてしまった。こんな場面を見られてしまったら大事件になってしまうので、凪は急いでその場を立ち去ろうとする。
「ここには人なんて来ませんよ。座ったらどうですか?」
「……なんかなぁ」
聞くと、絶えず話し掛けてくる勅使河原に嫌気が差し、ふと思い付いた場所がここだけだったらしい。聖域に踏み入るのは正直勘弁してほしいところだ。
「で、どうなんですか?」
「なんの話だっけ?」
「愛葉さんですよ。好きになれそうですか?」
「確かに可愛い人だよね」
「え? もしかして本気で? 八神さんに知らせないと」
「やめなさい」
スマホを取り出したその手を掴むと「冗談ですよ」と微笑んでいた。こんな光景クラスの男子に見られたどうなってしまうのかーー。ちょっと見てみたい気もする。
「愛葉さんのことはあっさり可愛いと言うのに、私には言ったこと無いですよね」
「わざわざ言う必要ある? どう考えても水瀬さんが一番可愛いじゃない。上級生の顔は知らないけど
少なくとも俺が見てきた中では断トツだよ」
「えっとーー」
「当たり前のことをわざわざ口に出さないでしょ?」
「……そ、そうですか。ありがとうございます」
「気になるなら言っていこうか? 目、鼻、唇、全てが整ってるけど、特に瞳がーー」
「もう結構です!」
「そう? まだまだあるけどーー。どしたの? 顔赤いよ?」
自称ミジンコ級の凪にどれだけ褒められたところで音葉が動揺するはずもない。顔が紅潮しているのは陽光のせいだろう。確かに今日は少し暑くて上着が必要ないぐらいだった。
音葉は両手でぱたぱたと顔を扇いでいる。この仕草は可愛い子がやったら絵になるが、そうでなければ悲惨な光景だと思う。言うまでもなく音葉は前者だった。
凪は音葉の顔を正面から覗き込む。
「うーん、改めて観察すると凄まじい」
「あ、あの」
「赤っていうより桃色になるよね、顔。色白だとそうなるのかな、だとしたら俺も?」
「……いえ、月島さんは普通に赤いかと。それよりも、あまりじろじろ見ないでください。その、困ります」
「ごめん」
さすがに失礼すぎただろうか。凪にとっては絵画を鑑賞しているような気分だったが、確かに見られる側は不快かもしれない。
試しに逆の立場で考えてみるとなんとも言えない気分になった。
「ごめん。不快だったよね」
「いえ、その。別に不快感はーー」
最後の方が聞き取れなかったが、どうやら怒っている訳ではないようでホッとする。
音葉に恋人ができるとしたら、本人に負けず劣らずの容姿を要求されるのだろうか。
ーーこれと釣り合うレベルか。かわいそうに。
などと、凪は勝手なことを考えていた。