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07 “嫌い“から“普通“へ

いつも読んでいただきありがとうございます。

今回は少し進展します。牛歩ぐらいの勢いではありますが。

 

「えーと、ではこれは?」

「……2.4」

「これは?」

「4√7/7」

「これはなんというかーー。呆れますね。()()()()って初めて見ました」

「日本史とか世界史、生物なんかは分からないところ多いよ」

「それは勉強していないだけでしょう」


 厄介なことを知られてしまったと考えるか、早めに知られて良かったと考えるかーー。


 幸い、音葉は誰かに言いふらすような性格ではない。そう考えると早めにバレて良かったのだろう。


 音葉は額に手を当てながら意気消沈している。自分が苦労していることがあっさりできてしまうのだから、落ち込んでしまうのも無理はない。

 努力とかそういったものとは別次元の話なので、誰かに怒りをぶつけるようなものでもない。


 対人コミュニケーションに難のある凪は、音葉の心情も知らずに天然で煽り始めた。


「まだ慌てるような時間じゃない」

「でしょうね! それだけの頭脳をお持ちなら直前に慌てて間に合いますしね!」

「水瀬さんは凄いと思うよ」

「嫌味にしか聞こえなくなってしまいました」


「まいったな」と困惑する凪だったが、下手に慰めようとしても墓穴を掘ってしまうだけな気がした。


 あまりこういうのは得意ではないのだが、思っていることをそのまま伝えてみる。


「本当に凄いと思ってるよ。だって一位を目指して頑張って、それで新入生代表挨拶でしょ? 俺には無理だもん」

「無理ではなくてやる気が無いだけだったのでは?」

「やる気を出すってのも才能だと思うけどな」

「それこそ物凄く上から言われているようで落ち込みます」


 本格的に手が付けられなくなってしまった。これだと何を言っても逆効果になってしまうので、今日はこのまま無言で退散するのが吉かもしれない。


 そんなことを考えていたら自分自身の矛盾に気付いた。


(……あれ? 別にいいじゃん水瀬が落ち込んでいても。なぜ俺が説得する必要が?)


「そうだよ。別にいいじゃん」

「え?」


 凪は頭に「?」をたくさん浮かべながら立ち上がると、そのままふらふらと出口に向かう。


「待ってください」

「待たないよ、もう終わり。おやすみなさい」

「お願いします。話を聞いてください」


 明らかに声色が変わったので振り返ると、凪が座っていた椅子をポンポンと叩いて着席を要求していた。


 それでも無視して行こうとしたらーー。


「座りなさい!」

「はひっ」


 変な声が出た。


 音葉の様子が怖すぎたので大人しく椅子に座り直す。すると、姿勢を正して頭を下げてきた。


「えっと、なんだろ?」

「まずは、慌ててしまいすみませんでした」

「いいよ別に」

「次に、月島さんの気持ちも考えずにすみませんでした。わざわざ隠して生活しているということは、それなりの事情があるのですよね? それも知らずに嫉妬するように責めるのはーー。私が悪いです」

「いや、そうじゃなくてーー」


 凪の言葉を遮るように音葉は話し続ける。


「『なぜ嫌いな人を説得するようなことをしなければいけない? そのようなことは放置しておけばいい』きっとこのように考えたのではないですか?」


 その指摘はあまりに鋭く、凪は驚きから目を見開いた。核心を言い当てられると人は沈黙してしまうらしい。


 では、なぜ音葉はそんなことを言い出したのか。わざわざ引き止めてまで伝える意図はなんだろうかーー。


 ″嫌いでも説得してほしい。放置はしないでほしい″


 なんとなく凪は察した。


「ふぅ……おーけー。聞くよ」

「ありがとうございます。ですが、もう私の言いたいことは伝わっているのではないでしょうか? 補足ぐらいで良さそうですね」

「怖い人だなぁ」

「私の要求はひとつです。″嫌い″から″普通″になることを受け入れてください。一度言いましたが私はあなたが嫌いではありません。あなたがもう少しだけ心を開いてくれれば、私は受け入れる用意ができています」


 さすがに予想していなかった言葉だ。こんな美少女に説得されるなど、どこのギャルゲーなのだろう。違いがあるとすれば、音葉のそれは恋愛的なそれではないということだ。


 あくまで友達の域での話だろう。


 これほど好意を向けられていても、やはり気にかかるのは最初に出会った時の()()()()だ。


 少し意識しただけでもきっちりと思い出せてしまう。自分に向けた視線とその表情、髪から滴る水滴の数まで。


「水瀬さんが()()()()じゃないのは分かっているんだ。でもね……。すぐには無理だよ。ごめんね。こんな俺でも色々あるんだ」

「そう、ですか。少し残念ですが仕方ありませんね。これからは私もなるべくーー」

「でも!」


 自分自身が変わっていけるきっかけがあるとすれば、きっと目の前の少女だけなのだと思う。


「努力してみようかな、と思っています。って感じでどうかな?」

「充分です。とりあえず友達を目指しましょう。勉強中に私が困った時は即答してくれる友達です」

「賃金は発生する?」

「あなたが困っている時は、できる範囲で手助けしましょう」

「明確な要求にアバウトなリターンね。いい性格してるよ本当に」

「ありがとうございます」


 碧に話したのと同じように音葉にも説明する日が来るのだろうか。とりあえずは今の関係も悪くないと思えてきた。


 それにしても、だ。音葉はもう少し自分の特別さを自覚するべきだと思う。


 これだけの美少女に迫られて落ちない男などいないだろう。相手が凪だから良かったものの、毎度こんなことをしていれば大惨事になりそうだ。


「俺だからいいけど、同じようなことを他の男には言わない方がいいと思うよ」

「どういう意味でしょう?」

「勘違いして惚れる被害者が出るってこと。どうせ水瀬さんは全て断るんでしょ?」

「心配してくれているのですか?」


「だからそういうところだよ」と言おうとしてやめた。


 あのニコニコと楽しそうな様子は確信犯で、これは凪をからかっているところだ。せっかく少しだけ心配しているのになんて奴なのだろう。


 だが、どう返答してもこれは駄目だ。きっと突っ込まれる。


「心配というよりハラハラかな」

「ハラハラするぐらいに私を見てくれるのですね。一般的にはそれを心配と言います」

「あるいは何をやらかすか、っていう不安だよ」

「でもそうなったら助けてくれるのでしょう?」

「気が向いたらね」

「では、その時は月島さんが気乗りすることを祈りましょう」


 話は脱線しているし、もう何を話してもオモチャにされるだけだ。


 凪は色々と諦めたように頷いた。





 ◇ ◇ ◇





 昨日は音葉と色々あったが、基本的に凪との関係は変わらない。


 登校は別々だし、教室内でも極力関わらない。ただ、同居人としてはもう少し親しくなるというだけだ。


 登校中、碧は二人の関係の変化に突っ込んできた。どうやら気付いていたらしい。


「凪と水瀬って少し仲良くなったよな? 今朝あたりから」

「気のせいじゃない?」

「へー、それでどっちから告白したんだ?」

「バカなの? 死ぬの?」


 冗談なのは分かっているが言霊なんてものもある。実現したら洒落にならないのでやめてほしいものだ。


 そもそもな話、凪が音葉に恋愛的な好意を抱いたとして、受け入れられる絵が浮かばない。


 おそらくは学校一の超絶美少女と、見るからにモッサリしたダメ男。

 万が一すら無いのはさすがに笑える。


「水瀬さんに彼氏ができたら祝ってやる、ぐらいにはなるつもりだよ」

「だいぶ進歩してんな。ま、その時は俺も祝ってやるよ」


 碧にとって音葉はやはり恋愛対象から外れるらしい。詮索するつもりはないが親友の恋愛事情は気になる。


「碧は玲那さんといつ付き合うの? それとも、もう彼女だったりする? おめでとう、お幸せに」

「んー、そういうのがあるとすればレナしかいないだろうな。あいつとの関係は一生ものな気はしてる。それは凪も一緒だけどな」


 意外にあり得る話のようで、少なくとも凪&音葉よりはずっと可能性が高い。

 玲那は碧にベタ惚れなのを隠していないので、あとは碧の気持ちひとつだ。


「玲那さんに彼氏ができたら?」

「とりあえず一緒に挨拶に来てもらう」

「お父さんじゃん」


 しかし、碧はまだ保護者の段階だった。

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