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05 作戦A。しかしBは無い。

本日はここまでです!

誤字報告ありがとうございます。凄く助かります。

 

 凪は土曜の朝が一番好きだ。


 早起きしなくていいのはやはり素晴らしい。いくらグダグダでも文句は言われないし、自分のペースで物事を片付けられる。


「……九時か」


 ボサボサ頭のままで部屋着に着替えると洗面所に向かった。鉢合わせした碧も眠そうで、大きな欠伸をしながらタオルで顔を拭いている。


「重役出勤だな凪。おはよう」

「おはよ」


 アザミ荘の浴場は洗面所として併用している。浴場自体は男女分かれて設置されているので、異性と一緒になることはない。

 中には朝風呂を済ませてから行く人もいるので、洗面所は思ったよりも混み合っていたりする。


 男女共用で使える洗面所もあるのだが、設備自体が古いので使用する人は稀だ。凪はよく使うが、それでも歯磨きまでだった。なにせ給湯器が無いのでお湯が出ない。


 碧は上半身裸のままで髪を乾かしていた。どうやら風呂に入ったらしい。


「おまえ今日何か予定ある?」

「人生という予定で常に埋まっているよ」

「そうか良かった。付き合えよ」

「……いいけどさ」


 碧に付き合うと次の日が筋肉痛で辛い。凪の怪我は完治していないのでそこまで無茶はしないだろうが、アクティブな何かは強要されるだろう。


 一度だけ映画に行ったことがあるが、男二人だと絵面が色々と汚い。周囲はカップルばかりだったので、凪と碧はかなり浮いていた。


 今日は何をするのか怖いところだが、碧は意外なことを口走る。


「勉強教えてくれねぇか? テストもうすぐだろ?」

「いいよ。ひと通りテスト範囲は確認したし。でも珍しいね」

「バイトに本気出しすぎてなー、授業なんざ爆睡よ」

「そっか」


 碧から勉強を教えろと言われるのは中学以来だ。もともと頭は良いので一人で勉強しても問題無いはずだ。それでもこうして頼ってくるのは、それだけ切羽詰まっているからなのだろう。


 碧は身支度のため自室へと戻っていった。凪は朝食がまだなので、とりあえず食堂に向かう。


 この時間は一人だと思っていたのだが、また先客がいた。


「おはよ」

「おはようございます月島さん」


 どうやら音葉も朝食を取っていたようで、口に手を当てながら挨拶を返してくる。


 凪は自分の食べる分を用意すると、音葉から若干離れたテーブルを選んだ。椅子に腰掛けると「いただきます」と手を合わせた。


 すでに朝食を終えた音葉だが、なぜか食堂を出て行こうとはせず、しかも凪の斜め前に座る。


(何考えてるんだか。碌なことじゃないんだろうな)


 凪の方から話すことは何も無いのでとりあえず無言だ。というか音葉は凪が食べ終わるのを待っているようだった。手元の小説に目を落として、ゆっくりとページをめくっている。


「ごちそうさまでした」


 食器を纏めると音葉の方へ視線を送った。


 改めて見ると物凄い美人だ。男子生徒が夢中になるのも無理はないだろう。人形のように整った容姿は、こうしてただ本を読んでいるだけでも惹きつけるものがある。


 特別な人間というのは音葉のような人を指すのだろう。こんな子に「好き」なんて言われてしまえば、断れる男など存在するのだろうか。


(いるんだけどね、ここに。あり得ないけど)


 ――誰かを好きになる気持ちが理解できない。


 凪がそうなのだが、きっと音葉も同じなのだと感じた。「嫌い」という感情は簡単なのに不思議なものだ。


「私の顔に何か?」

「水瀬さんって好きな人とかいるの?」

「いませんね。月島さんもでしょう?」

「そうだね。嫌いな人ならたくさんいるけど、不思議だなーって」

「かわいそうな人ですね」

「朝から素敵な言葉をありがとう」


 歯に衣着せぬ物言いは凪にとって好ましい。文句を言われるにしても、きっと音葉は正面から真っ直ぐにぶつかってくるのだろう。

 少なくとも、陰口ばかりの連中よりはずっと上等だ。


 話は変わるが、今日の音葉はいつもと雰囲気が違う。服やアクセサリーには疎い凪だが、それでも可愛いと思えてしまうのだから凄い。おそらくメイクなどはしていない。


 なんてことない格好だ。デニムパンツに薄茶色でオーバー気味のシャツ。髪の色と同じ色のシャツはよく似合っていると思う。


 例えば、ここに石とダイヤモンドがあったとする。誰だってダイヤモンドの方が綺麗だと言うはずだ。


 クラスメイトの女子達と音葉とでは、それぐらいに差があるのだろう。凪のような人間でもそう感じるのだからかなりのものだ。


(凄いね。神様から愛されるってこんな感じなのかな)


 もう話すことも無いので退席しようとしたが――。


「あの、少しいいでしょうか?」

「少しなら」


 音葉は「少し」とは言えない話題を出してきた。


 どうやら引っ越してきたのはいいものの、家具や生活用品が足りないらしく、今日はその買い出しらしい。


 土地勘が無いのでネット頼りだが、実際に行ったら目的の物が無かったり、そもそも店が閉店していることもあったようだ。


 ネットで買えるものは勿論そうするが、直接見てから買いたいものもあるのだろう。その気持ちは確かに分かる。


「――という感じのテーブルとか」

「あぁ、それなら量販店に行くより近くの個人店でいいところがあるよ。この地図だと……ここ。載っていないね」

「なるほど」

「店内の右手、奥から三番目のやつとかいいかも」

「え? 覚えているんですか?」

「たまたまだよ。気になったのを覚えていただけ」

「……そうなのですね。ありがとうございます」


 ひと通り説明を終えると、音葉は立ち上がって頭を下げた。


「ありがとうございます。助かりました」

「どういたしまして」

「はい。人気の無いところには行かないようにします」

「そうだね。それがいいと思うよ」


 軽く手を上げてから食堂を出ると、聞き耳を立てていたであろう玲那と対面する。


「あんなに可愛い子を一人で行かせるのぉ?」

「さぁ。誰か誘うんじゃないですか?」

「凪くんがエスコートしたら〜?」

「俺も忙しいんですよ。先約も入っているので」

「ふ〜ん。いいけどね〜。誰かに取られても知らないよぉ?」

「時間の問題じゃないですか? あの容姿ですよ? 好きにしたらいいかと」

「つめた〜い」


 物理的に絡みついてくる玲那を押し除け、碧の部屋へと向かう。


 どうやら碧はすでに準備を終えていたようで、外行きの気合いの入った格好をしていた。耳のあたりが一瞬光ったのはピアスだろう。


 同性から見ても惚れ惚れするイケメンだ。


「碧と水瀬さんなら容姿的には最強だね。付き合ったら?」

「それは無いな」

「だろうね」

「じゃあ聞くなよ。よし! ファミレス籠るか! 奢るぞ!」

「それはどうも」


 いつものやり取りをしながらファミレスに向かって歩く。ちなみ凪は上下ジャージで、髪のセットなどする訳もなく普段通りだ。

 不潔に感じない程度に身だしなみを整えているが、長めの前髪はどうしても暗い印象を与える。


 隣を歩くのが碧なのだから対比は凄まじい。すれ違う人は、なぜ凪が碧のような人間と一緒に歩いているのか、不思議そうに首を傾げる者もいた。


 中にはわざわざ声に出して馬鹿にする人もいる。だが、そんな程度で凪の心は乱れない。


「うーん。凪も色々変えれば絶対イケメンなんだけどな。とりあえず背筋伸ばそうぜ」

「いいよ。この体勢が楽なんだ」


 視線を合わせないようにしていたら自然と下向きになり、それに合わせるようにしていたら猫背になってしまった。


「でも、よく考えたらキラキラしたイケメン凪って不気味だな。やっぱ無しだわ」

「俺もそう思う。疲れそう」

「ほんと凪はブレねーな」

「ありがとう」


 ファミレスに着くと軽食とドリンクバーを頼み、早速勉強を始めた。


 やはり碧は飲み込みが早い。一度教わったことはすぐに応用できないか考える癖がついていて、凪が教えるまでもなくすらすら問題を解いていった。


 きっとこんなギャップも碧が好かれる理由のひとつなのだろう。


「……ん? 凪。外見ろよ」

「どうかした?」


 駐車場脇で複数の男が何やら話しているようだ。その中心には見覚えのある胡桃色の髪が見え、凪はテーブルに肘をついたまま両手で頭を抱えた。


「なんかなぁ」

「で、どうするんだ凪」

「放置する、なんてどうだろ? 俺のおすすめ」

「俺はそれでもいいぞ。でもそうはならないんだろ?」

「……本当にもう。分かったよ、行くよ」

「よし、作戦Aだ!」

「B聞いたことないんだよね」


 作戦Aとは――。


 まず凪が男達に話し掛け軽く挑発する。そして暴力手前まで引っ張ったら碧の出番だ。後は全て丸投げして凪と音葉は逃げる、それだけだ。


 以前、この作戦Aで二人ほど救出した。どちらもカツアゲ紛いの被害を受けていた者達だ。


(碧が暴れたいだけだよねこれ)


「あ、ちょっと待て凪」

「なに? 俺早くカツアゲされて終わりたいんだけど」

「ちょっと後ろ向け」


 ボサボサの髪を後ろだけ一本に纏めた。首元がスースーしてどうも落ち着かない。


「うん、やっぱカッコいいよおまえ。それだけでかなり印象変わるぞ。ついでに背も伸ばしていけよ」

「どう? 強く見える?」

「戦闘力5アップだ!」

「その数値はMAXいくらなのさ」

「100だ!」

「だめじゃん」


 凪は今日ファミレスに来たことを心底後悔していた。何が悲しくて休日にこんなことをしなくてはいけないのか――。


 振り返ると碧は満面の笑みで待機している。


(厄日だなぁ。今日は早く寝よう)


 言われた通りに外に出ると、早速その集団の一人に話し掛けた。


「こんにちは」

「え!? 月島、さん?」


 音葉は驚いたように凪を見ている。多少身なりは弄ったがそんなに驚くことだろうか。


「その子、知り合いなんですよね」

「あ? だからなんだよ?」

「困ってるみたいだし、解放してあげたらどうかな、と。ていうか早急にそうするのをお勧めします。後悔すると思いますよ」

「カッコいいな兄ちゃん。色男を台無しにしてやろうか?」


「はぁ」と凪は大きく溜息をついた。


「だから嫌なんだ作戦A。おまえらみたいな低脳の顔を記憶してしまう悲劇、理解できる? できないだろう? だって低脳だもの」

「は? 急に何言って――」

「だから――。俺の記憶領域に踏み込んで来ないでよ。夢に出たら最悪だろう?」

「何言ってんだおまえ。頭おかしいのか?」

「仕方ないなぁ。じゃあ分かりやすく説明するね」


 ――おまえら皆クズだ。怪我したくなかったら今すぐ逃げろよ。馬鹿でもそれぐらいできるだろう?


(はい言った! 碧早く!)


 激昂した男達は一斉に凪に襲いかかる。髪を鷲掴みにされたところで、ようやく助っ人は登場した。


「おい。おまえら俺のダチに何してんの?」

「なんだおまえ。この兄ちゃんのツレか?」

「そうだよ。とりあえず死んどけ」


 速攻で一人をノックアウトすると、現状が飲み込めないで慌てている者の腹に一発。


 残り二人を両肩に抱いて何やら話している。


「ほら、行くよ?」

「でも、八神さんが――」

「いいんだって、それが作戦Aだから」


 音葉は買い物の途中だったようで、複数の買い物袋を両手で持っていた。その袋を全て受け取ると片手に纏めて持つ。もう片方の手は音葉に差し出した。


「走れる?」

「は、はい!」

「あいつらの視界から消えるぐらいまで走るよ。碧! 後はよろしく!」

「おう!」


 まだ動揺している音葉の手を力任せに握ると、とりあえず人気の多いところまで一緒に走った。


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