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04 天才肌

本日はまだ更新するかもしれません。

タイトルを少々変えました。

 

 翌日。


 凪達はいつものように咲から弁当を受け取ると、共に学校へと向かう。音葉は既に家を出たようだった。


「水瀬は先に行ったか」

「賢明な判断だね」


 一緒にいれば色々と説明が面倒なので、先に行ってくれたのは正直ありがたい。学校でも一緒に住んでいることは「聞かれない限りは答えない」という方針で一致した。


 それは裏を返すと「聞かれたのなら答える」と同義で、三人とも現状を隠すつもりはない。


 音葉が先に行ったのは凪達に気を遣ってのものだった。隠すつもりはなくともバレないに越したことはないということなのだろう。


「たった一日でも傷だいぶよくなったな」

「碧は喧嘩してもあまり傷作らないよね」

「咲さんに怒られるからな。俺だって必死だ」


「それなら喧嘩しなければいいのに」と思ったが口には出さない。


 そういえば間もなく中間試験が始まる。最近碧がいつもより勉強しているのはそのせいだろう。かという凪は全く対策などしていなくて、赤点さえ回避できればいいという志の低い考えだった。


 ――下手に良い点を取ってしまえば悪目立ちしてしまう。


 何を今更ではあるが、出来る限り注目されたくはないものだ。


「凪は勉強してるか?」

「してないよ」

「おまえが羨ましいわ。で、今回は何点取るつもりなんだ?」

「いつも通りだよ。前日に勉強して、赤点回避すればそれでいいかなって」

「普通は前日に勉強しただけじゃ赤点回避できないんだぞ? これだから天才は――」

「そんなんじゃないよ」


 昔から凪は他の人より記憶力が良かった。見たものをそのまま覚えていられるのは当たり前だと思っていたが、普通はそうではないと後に気付く。


 天才と呼ばれるような知能の高さだが、凪はそれに一度だって感謝したことはない。むしろ「なんで自分が」と呪ったりもした。


 今ではそんな能力も程々に使う術を学んだ。そう、波風を立てずに大人しくしているのが一番なのだ。ちなみに、碧だけは凪のその秘密を知っている。


「どうせならゲーム感覚でやってみたらどうだ? 部分点式の教科以外は全て五十点で統一するとか」

「……なるほど。それなら面白そうだ。順位も中間ぐらいになりそうだしね」

「ほんとやべぇよな。神々の遊びだわ。マジで」


 目標が出来るとやる気が漲ってきた。かなり歪な目標ではあるが、日々の張り合いが違ってくる。


(とりあえずテスト範囲を完全暗記か。よし)


 ――これからテストはこれでいこう。


 凪は不気味に口角を上げた。





 ◇ ◇ ◇





 傷を癒すための本能のように、凪は授業中ずっと眠り続けていた。運悪く最後尾の席だったので教壇の位置からは丸見えで、教師は当然注意する。


 今は数学の授業だ。


「次、ここを月島! 板書しなさい!」

「……」

「月島!!」

「……はい。なんでしょうか?」

「この問題を解いてみろ」

「…………√26+1」

「答えを見ただけだろう! 記述しなさい」

「はぁ」


 のそりと立ち上がった凪は黒板の前に立つと、チョークを持った手を淀みなく動かしていく。横には別の問題で教師が書いたものがあったが、少し違っていたので訂正してあげた。


「ここ少し違いますね」

「ぐっ! もういい席に戻りなさい。それと授業中は寝ないように!」

「はい。すみませんでした」


 席に戻る途中、ひそひそと自分を蔑む声が聞こえてくる。凪が恥をかく姿を望んでいた連中だろう。


 ただ、音葉だけはぽかんとしたまま凪を見つめていた。


 昼休みになると弁当を取り出して机の上に置く。碧が一緒の時もあるが今日は一人らしい。遠目に見た音葉は男女関わらずクラスメイトに囲まれ、華やかな昼休みを過ごしていた。


(凄い温度差。俺の周りとあっちとで別世界みたいだ)


 楽しそうな会話は嫌でも耳に入ってくる。不協和音のように感じ、これが結構不快だった。早めに耳栓を用意しようと決めた。


「うわ! 音葉さんのお弁当美味しそう!」

「そうですか? 作ったのは私ではないのですが」


 凪はピタリと箸を止めた。


「あ、これやばいやつだ」


 急いで弁当をしまうと、そそくさと教室を出る。


 考えてみれば当たり前の話で、凪達それぞれの弁当の中身が違うなどあり得ない。見つかってしまえば間違いなく説明を求められるはずだ。


 どうしたもんかと廊下をウロウロしていたら背後から声を掛けられた。


「はぁはぁ。すみません月島さん」


 どうやら教室から出た凪を追ってきたらしい。


「ん? 何が? 話が見えないけど」

「気を遣ってくれたのですよね?」

「違うよ。外の方が好きだし、そっちで食べようと思っただけ」

「でも――」

「早く戻りなよ。食べる時間無くなっちゃうよ? あ、俺の時間も無くなるからもう行くよ」

「……ありがとうございます」

「礼を言われる意味が分からないけど、どういたしまして」


 ――律儀な奴だ。


 そんなの黙っていればいいだけで、こうしてわざわざ追って来なくてもいいのに。それに外が好きなのは本当だ。

 むしろ、強制とはいえ昼休みは外というルーティンが確立され感謝したいぐらいだった。


 不思議と気分が少し良くなった凪は、弁当袋をぶらぶら揺らしながらお気に入りの場所へ向かった。





 ◇ ◇ ◇





「うし、じゃあバイト行ってくるわ!」


 週に数回、碧はこうしてアルバイトに行く。聞くと新しいバイクが欲しいらしい。


 バイト内容を聞いてみてもそれだけは教えてくれなかった。働いている姿を見られるのが嫌なのかもしれない。


 凪は自室で珍しく勉学に励んでいる。とはいえ、ゆっくりと教科書をめくっていく読書に近いものだが。


 気が付くと午後八時を回っていた。


 普段の夕食は基本セルフサービスで、各々が好きなタイミングで取ることが可能だ。凪はあまり人のいない時間を見計らって食堂を利用していた。


(何か食べておくか)


 碧の部屋は電気がついていないのでまだバイトなのだろう。遅くまでお疲れ様だ。


 食堂に入ると、隅のテーブルの椅子に音葉が座っていた。もともと色白な肌は蛍光灯を浴びて更に真っ白に見える。というか顔色が優れないように見えた。


 凪は盆の上におかずの小鉢を並べていくと、音葉からはだいぶ離れたところに座る。


(あまり腹減ってないんだけどな)


 食欲は無かったが、栄養補給だと思って無理矢理胃に詰め込む。食べ終えると最後にお茶で流し込んで完了だ。こんな食べ方を見たら咲は大層怒ってしまうだろう。


 使用済みの食器は軽く汚れを落としてシンクへと置く。


 ふと音葉の方へ目を向けると、先程と変わらず同じ体勢で俯いている。


(まぁ……一応同居人だしなぁ)


 一旦自室に戻ると各教科の教科書を三冊ほど持ち、再び食堂へと入る。


 前と同じように二人分の紅茶を入れたティーカップを用意すると、その一つを音葉の目の前に置いた。


「月島さん? どうかしましたか?」

「別にどうもしないよ。食後の優雅なティータイムだ。水瀬さんの姿が見えたからついでに淹れただけ」

「そう、ですか」


 凪は少し離れたところに座ると、紅茶に口をつけながら教科書を開く。どこで勉強しようが同じならばここでも何も問題はない。


(うん。この調子ならオール五十点も夢じゃないな。達成したら碧に何か奢ってもらおう)


 二冊目に手をかけた所で音葉はポツリと話し始める。


「……私のことは嫌いなのでしょう?」

「うん。そうだけど?」

「放っておいたらよろしいのでは?」

「最初はそう思ったんだけど、そんな死にそうな顔してたらさすがにね」


 凪は教科書をめくりながら、音葉に視線は向けずに返答した。


「……何も聞かないのですか?」

「逆の立場だったらどうする? 水瀬さんだって聞かないでしょ?」

「それは――。確かにそうですね」


 ティーカップが空いてしまった。まだ飲み足りないので再び調理場へと向かう。


「おかわりいる?」

「お願いします」


 再び紅茶を注ぐと音葉の前に置く。チラッと表情を確認したが、だいぶ顔色も良くなったようだ。


(よし、終わり)


 音葉の分のティーカップも片付けると、何も言わずに食堂から出ようとする――。背後から音葉の声が聞こえた。独り言のような小さな声だったが誰もいない食堂内ではよく響く。


「ありがとうございます。月島さん」


 凪は軽く手を上げて答えると自室に戻った。



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