03 とりあえずの歓迎会
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「よろしくな」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
碧と挨拶を交わしている音葉は、先程までより更に見えない壁が分厚くなった。相手が碧だからこれでもまだマシな方なのだろう。
「で、お前ら仲直りしたの?」
「仲直りも何も喧嘩なんてしてないよ」
「はい。その通りです」
「なんかなぁ。いや、まぁいいけどよ」
リビングでは碧が一人で寛ぎながらテレビを観ていた。咲は先程碧と同時に帰宅したらしく、凪達とはすれ違いで食堂へと向かったようだ。
意外だったのは碧の音葉に対する反応だった。ひと悶着ありそうな気がしていたのだが、予想を裏切ってありきたりな自己紹介となる。
「水瀬とはクラス違うから俺の事は知らねぇだろ?」
「いえ、あなたは有名人ですから。クラスの女子はよくあなたの話をしているみたいですよ」
「ふーん、そうか。じゃあ自己紹介は手短にしとくわ。八神碧だ」
「水瀬音葉です。改めてよろしくお願いします」
「おう。こちらこそだ」
二人ともタイプは違うのだが、美男美女なので会話しているだけで絵になる。ここが校舎だったらまるで映画のワンシーンだ。
将来の恋人同士の出会いはこんな感じなのだろうなと、凪は変に納得してしまった。
だが、やはり音葉の態度は自己防衛が高い人のそれで、彼氏など作るタイプには見えない。それを言ったら碧も同様ではあるが――。
(付き合ってみたら? なんて言えないよな)
談笑していると女子寮への扉が開き、部屋着姿の女性が姿を現した。凪達を見つけると当然のように近寄ってくる。
「あれ〜? 人増えたの〜?」
「はじめまして。水瀬音葉と申します。よろしくお願いいたします」
「おとはちゃんね〜。私は朝宮玲那って言いま〜す。よろしくねぇ。それにしてもすっごく美人さんだねぇ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。朝宮さんもとてもお綺麗ですね」
「そう? ありがとぉ」
アザミ荘には他にも住人がいるが、この人もその内の一人だ。
朝宮玲那
年齢は二十代前半らしいが詳しく聞いたら怒られた。のんびりした性格の女性だが、外見はそれとは対照的にクールビューティ。メガネの奥に覗くキリッとした目が印象的だ。
少しだけつつましい胸ではあるが、それを補って抜群のスタイルを維持している。身長が170cm程度あり、遠目で見ても圧倒される容姿で、できれば隣に並びたくないタイプの人だ。
基本的に社会人と学生間の交流はないのだが、こうして例外の人もいる。玲那は凪と碧にご執心で、よくこうして絡んでくる。
玲那は仕事帰りらしく、片手にビールの缶を持ってご機嫌だった。
「う〜ん」
「どうかしたかレナ?」
碧はもう玲那を呼び捨てにしており、扱いも妹に近いようなものだった。歳上感があまり無いので碧はもう遠慮無しで接している。玲那もそれを嬉々として受け入れているので、周りも特に注意はしていない。
「おとはちゃんの彼氏はどっち〜?」
両手の人差し指を立ててそれぞれを凪と碧に向ける。
「玲那さん。俺と碧が彼女作ると思いますか?」
「だよねぇ、よかったぁ。あおくん取られたら私生きていけないもん」
「馬鹿なこと言ってないで咲さんのとこ行ってこい。今日歓迎会らしいからツマミあるぞ多分?」
「そうなの〜? じゃあ先に行ってるねぇ」
玲那はひらひらと手を振りながら小走りで食堂へと向かった。どうやら当然のように歓迎会に参加するつもりでいるらしい。
「あんな人だけど、悪い人じゃないから安心していいと思うよ」
「月島さんを基準にして考えると全く問題ありません」
「さりげなく毒吐くよね」
「あなたは気にしないでしょう?」
「まぁね」
三人はリビングで各々の時間を過ごしていると玲那が呼びに戻ってきた。どうやら歓迎会の準備ができたようなので皆で食堂へと向かう。
食堂は割と広めなのだが、今日はその一角を使用しての催しらしい。部屋が人で埋まっていないのが少し寂しい感じがするが、そんなことを気にする者はいなかった。
咲と玲那はビールを、凪達はそれぞれ好みの飲み物を持つ。咲は一応の乾杯の挨拶を始めた。
「えー、この度はお忙しい中――」
「咲さん硬いって」
「うるさいなぁ。じゃあ――。音葉ちゃんようこそアザミ荘へ! よろしくね! 乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
乾杯の発声と同時に、玲那はビールの缶を一気に飲み干した。もう片方の手は既に新しい缶にかかっている。
気持ちいいぐらいの飲みっぷりは恒例なのだが、酔って潰れている姿は一度と見たことがない。酒に強い体質なのか、それともペース配分が上手いのかは分からないが、酔って誰かに迷惑をかけるようなことはしない。
「音葉ちゃんは本当に可愛いわね。お人形さんみたい。凪くんもあおちゃんも気になるんじゃない?」
「え〜! あおくんそうなのぉ?」
「ねーよ。ばーか」
「……それは随分と可愛げのない人形だね」
「月島さん何か言いました?」
目の前に並んだ料理は惣菜のような物も多い。急な催しだったのでこればかりは仕方ないのだろう。いつもの咲なら手作りが基本なので、こういうのもある意味新鮮だったりする。
「碧、それ甘いか?」
「ん? ……あー、そうだな。ちょっと甘すぎるからやめとけ」
「分かった」
凪は切り分けたピザを手に取ると口に運んだ。
(……うん。美味しい、と思う)
「無理矢理でもちゃんと食っとけよ? 病人みたいな顔なんとかしろ」
「限界まで詰め込むさ」
「その意気だ」
咲は心配そうに凪の姿を見つめている。身長はあるのにこれだけ痩せていると無理もない。
咲が何を考えているのか、その表情を見れば誰だって分かるはずだ。
「凪くんは本当に少食で心配になるわ。私の料理がいけないのかな」
「それだけはないです。咲さんの料理は完璧です。感謝しています」
「こいつが少食なだけだって! レナ見れば分かるだろ?」
玲那はビールと煮物を交互に口に運び、幸せそうな顔で遠くを見つめている。これだけ惣菜が並んでいるのに、選んで食べているのはお手製のものばかりだ。おかげで凪達には惣菜ばかりが回ってくる。
「ん? どうしたのぉ?」
「なんでもねーよ。黙って食ってろ」
「は〜い」
玲那は碧の隣から離れようとしないため、結局は碧が彼女の世話をする役になってしまう。碧は文句を言いながらも甲斐甲斐しく動いていて、これもアザミ荘の名物の一つになっていた。
咲はまだ仕事が残っているようで、少し経つと忙しくなく動き始めた。凪達にはゆっくりするよう念押しして一旦その場を離れる。
一瞬凪と咲は目が合ったが、困ったことにその意図が伝わってしまった。
(音葉の相手はおまえがしろ、ね)
碧は玲那で手一杯なので、必然的に音葉の相手をするのは凪となる。さすがに主役を蔑ろにするのは心苦しく、なけなしの良心を振り絞って彼女に話し掛けた。
「ご趣味は?」
「生け花を少々嗜んでおります」
「それはそれは。大層な嘘をありがとう」
「無駄に気を遣っての話題作りなら必要ありません。それなら無言でお願いします」
話し掛けるなオーラ全開の音葉を見て、凪は両手を上げて首を横に振った。
「降参だよ。悪かった」
「いいんですよ本当に。深く関わらないぐらいの距離が一番なんです、私にとっては」
「まぁそうだよね」
皮肉の一つでも返されると思っていたようで、予想外の返答に音葉は肩透かしを食らっている。
凪だって同じことを思っている。ただ、違いがあるとすれば碧の存在で、そこだけは音葉とは明確に違う。凪が誰よりも信頼しているのは碧だけだ。
「八神さんと仲がよろしいのですね」
「ん? あぁ、物好きなんだよねあいつ。飽きもせずに俺なんかに構ってくる」
「それはなかなかに変わっていますね」
「そうだろう?」
音葉は軽く毒を吐きながらも、少しだけ羨ましそうに凪を見つめる。音葉にとって友達と呼べる者はかなり多いが、凪と碧のような関係の者はいない。
音葉が一定のところでブレーキをかけているので、無意識に周囲もその距離を保っているようだった。
(友達百人できるかな。を地で行くやつなのになぁ)
学校で一番と名高い美少女の内面は、きっと皆が思っているより冷たくて重い。ニコニコと外用の仮面をつけているようで、凪には少々不気味にさえ感じた。
(それも含めて嫌いってことなんだろうねきっと。同族嫌悪みたいなのもあるのかも)
「何か?」
「その仮面どこで売ってるの? 便利そうだよね」
「はい?」
「なんでもないよ。そろそろお開きだし片付けしないと」
「……そうですね」
他人の内面を暴く趣味など無い。あくまでただのクラスメイトで同居人だ。だが、外面と内面がアンバランスで不安定な姿は無性に気にはなる。
(当たり障りなく付き合っていこうか)
凪は一人で頷いた。