14 快晴、枕、安眠
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今日から中間試験が始まる。
朝の教室内はテスト前特有の落ち着きのない空気が漂い、開始ギリギリまで教科書を開いている者も多い。
そんな中、凪はやはりいつも通りだ。
目を擦りながら外を見ると雲ひとつ無い快晴で、こうして屋内で堅苦しい作業に追われるのが億劫になる。
「月島きゅんは余裕そうですねっ」
「その呼び名、定着させるのやめてくれるかな」
愛葉は必死に教科書をめくっているが、そんなスピードで読んで頭に入るのだろうか。
ところで、凪にとってテスト期間とはご褒美のようなものだ。
午前中に数時間テストを受けて、午後は帰ってもいいのだからそれだけで素晴らしい。
(よく考えたら、愛葉の偽デートの準備もテスト期間にできたな)
今考えてみると焦る必要はなかったのだが、早めに済ませたことでテスト期間が丸々休めるのは最高だ。
差し当たって、今日の午後はこれ以上ないぐらいに怠惰に過ごそう。せっかくの五月晴れなのだから、できれば屋外に行きたいものだ。
(この学校の屋上は――。だめだね、確か立ち入り禁止だ)
以前は生徒向けに開放されていたらしいが、それも今となっては昔のこと。防犯上の観点から閉鎖されてしまったらしい。
だが、凪にとっての最高の場所は確保できている。確実に誰も来ないし安眠が約束される楽園だ。
「はい、教科書しまって! 始めます!」
なんてことを考えていたら、いつの間にかテストが始まっていた。
今日は何科目受けるのかも確認していない凪は、欠伸をしながら問題用紙に目をやる。
(数Iからね。はいはい)
そして、そこで気付いてしまった。
(あ、よく考えたら点数の配分が正確に分からないから、ぴたり50点は無理じゃね?)
ある意味難易度が跳ね上がると、凪としては俄然やる気が出る。
(予想でやるしかないか。ま、いいか。そもそも赤点さえ回避すればいいんだし。ぴたり賞取れたらラッキーってことで)
それでもかなり時間は余ってしまい、残り時間はずっと眠っていた。
◇ ◇ ◇
「月島ずっと寝てたな! 大丈夫か?」
「あまり俺と話さない方がいいよ。勅使河原は人気者なんだし」
「俺も徹夜で眠くてなー! やっぱ勉強は普段からやらないとだめだなー、はっはっは」
(聞いちゃいない)
音葉とのデートの一件以降、勅使河原はよく話し掛けてくるようになった。
上位カーストの者は下民など放っておけばいいのに、なぜかわざわざ絡んでくる。別に嫌ではないが話し相手はもっと選んだ方がいいとは思う。
その点、音葉は素晴らしい。
自分の影響力を自覚しているようで安易に近寄っては来ない。そもそも常に友達に囲まれているので、凪に話し掛ける時間など無いようだが――。
そういえば、わざわざ絡んでくる人間はもう一人いた。
「ひん。赤点かなぁ? どう思う月島きゅん」
「俺が知る訳ないでしょ。それときゅんはやめて」
「愛葉さんと月島って仲良さげだな」
「そ、そうでしゅ」
相変わらず凪と碧以外には耐性が無いようで、愛葉は勅使河原を警戒しているようだった。
だが、コミュ力お化けのイケメンは止まらない。
「愛葉って男子苦手なの?」
「はひ」
「月島とは話せるってことは、実は二人はそういう関係なの?」
「ひぃ」
凪の背後に回った愛葉は、背中にしがみついて怯えている。
「かーわいー」
「ひっ」
「俺と愛葉さん、それと碧は中学の時から知り合いってだけだよ」
「ふーん。ま、いいけど。そんな風に二人でくっついてると、こわーいお姉さんに睨まれるよ?」
「誰のことだ?」
「さぁ? それは秘密だな」
勅使河原は愛葉をいじって満足したのか、いつもの仲良しキラキラグループに戻って行った。
背中に寄生した愛葉を剥がしてから帰る支度を始める。昇降口で碧と合流する予定なので足早に教室を出た。
先に着いていた碧は友達に囲まれていて、なにやら楽しそうに会話している。
(世の中リア充ばかりだねぇ)
「お、凪こっちだ! ――じゃあな、俺帰るから」
「いいの? 友達」
「どうせ今日は皆勉強だしな」
「そっか」
それぞれ靴を履き替えると外に出る。すると校門のあたりで立っている女子生徒が目に入った。
「俺は帰って寝るけど、碧どうするの?」
碧に話し掛けながら校門を素通りする。
「おい凪、いいのか?」
「なにが?」
「いや、水瀬」
「誰かと待ち合わせしてるんでしょ? だからわざわざ話し掛けなくてもいいよ」
「俺は知らねーからな?」
「なにが?」
(俺から話し掛けろって? 冗談じゃない)
その場に立っているだけで溢れ出る圧倒的な存在感。皆がそんな音葉に注目している中、わざわざ話し掛けるなど自殺行為だろう。
君子危うきに近寄らず、だ。
ちなみに音葉の横を通り過ぎる時、背中に寒気を感じたがそれはきっと気のせいだ。
アザミ荘に着いた二人はそれぞれ自室に戻って過ごすことにした。どうやら碧は勉強で部屋に篭るらしい。
凪はというと、枕を持って屋上へと向かう。
アザミ荘の屋上は納涼祭の場所になっていて、テーブルやベンチなどが設置されている。簡素ではあるが屋根がついているのもありがたい。
まだ朝夕は寒いのでBBQなどは時期的に早く、好んでこの場所に近寄ろうとする者はいないだろう。
(でも、これだけ快晴で日中なら最高なんだよなぁ)
誰にも邪魔されることのない聖域。
ベンチに枕を置くと早速寝転び目蓋を閉じた。
◇ ◇ ◇
「――寝過ぎたかな。何時だろ?」
「午後の三時半ですよ」
「そっか。じゃあまだ寝る時間あるか。……ん?」
恐る恐る顔を上げると、小説片手にコーヒーカップを持った音葉の姿があった。
凪はなるべく物音を立てないように気をつけながら立ち上がると、枕を片手に入口へと歩き出した。
「どこに行くのですか?」
「ひっ」
「なぜ逃げようとするのでしょうか。きっとやましいことがあるのでしょうね」
「いえ、ないです」
「それならとりあえず座ったらどうですか?」
言われた通りにベンチに座ると、音葉は「さて」と小説を静かに閉じる。
最近の音葉は、天使のように可愛く見えたかと思えば、このように悪魔のように怖い時もある。
しかし、怒っている姿さえ可愛らしく見えるのが凄い。
「なぜ笑っているのですか?」
「いや、美人は怒っていても美人なんだなーって」
「っ! 突然なにを言っているんですか!」
気を取り直すように咳払いをした音葉は、むっとした表情のまま口を開く。
「無視しましたよね?」
「なんのこと?」
凛々とした大きな瞳は、凪を咎めるように捉えて離さない。
「それと、愛葉さんとべたべたしすぎではないですか? 付き合ってもいないでしょう?」
「そうですかね?」
「そうです!」
言われてみると確かにそうかもしれない。
愛葉に好意を寄せている者はクラスでも多く、凪に嫉妬している者がいてもおかしくはない。それぐらいには二人の距離は近いと思う。
お互い恋愛感情はないが、自然とそうなるのは二人の相性が良いからだろう。
(彼女、か。仮に愛葉さんと付き合ったらどうなるのかな)
「もし、俺と愛葉さんが付き合ったらどう思う?」
「……そんなこと、私に聞かないでください」
「だよね、ごめん。なんかふと思って」
「……」
なぜか分からないが音葉の機嫌はさらに悪くなってしまった。
そして、独り言のような小声でぽつりと溢す。
「愛葉さんが好きなのですか?」
音葉のこのような表情は初めて見た。
縋るような、不安そうな、あるいは悲しそうな――。きゅっと唇を結んで、じっと凪の反応を待っている。
陽に照らされてきらきらと輝く胡桃色の瞳は、いつもより余分に潤んで見えた。
「好きじゃないよ、言ったじゃない。そういうのは多分、俺には縁が無いよ」
「……そうですか。そうなんですね……それならいいのです!」
「なんで嬉しそうなの?」
「教えません!」
とりあえず音葉の機嫌が戻ってよかったと安堵する。
最近はこんな感じで振り回されてばかりで、気が付けば毎日音葉のことを考えている気がした。
(まぁ、それほど不快じゃないし構わないんだけどね)
「コンビニ行くけど、なにか買ってくるものある?」
「それなら私も一緒に行ってもいいですか?」
「いや、それは」
「私も一緒に行ってもいいですか?」
「だから――」
「私も一緒に行ってもいいですか?」
「……うん。じゃあ行こっか」
「誰かに見られても知らないよ」と一応忠告したが、まるで聞こえていないかのように隣に立つ。
平静を装っていたのだろうが、僅かに口元は緩んでいた。