12 実地訓練①
次もデート編です。
間に合えば今日もう一度更新するかもです。
先程からずっと凪は「はい」としか言っていない。
時折「すいません」を挟み、また少し間を置いて「はい」の繰り返しだ。
「聞いていますか?」
「はい」
「ではこれはなんですか?」
「すみません」
「なぜ、このような動きやすさ重視の服を選ぶのですか。私が選ぶのは最終手段なのですよ?」
「はい」
音葉の勧めで、ボトムスはユ◯クロやG◯でいくつか揃えた。それなりに値の張るものを買うつもりでいたが、優先すべきは数とバリエーションらしい。
確かに、良い物を揃えるのは大事だが、凪の場合は面倒臭くなってそれだけしか着なくなってしまうだろう。
文字通り限界まで着続けるのは目に見えている。
なので、今回のメインはトップスとアウターだ。時期的にアウターは必要ないだろうが、暑くなる前にシャツなどは複数持っておきたい。
今回はここに重点を置くため、ボトムスの予算を下げたという訳だ。
市街地からは少し離れたショッピングモールの一角。凪が一人で入るには敷居の高そうなその店は、俗に言うセレクトショップと呼ばれるものだ。
メンズ、レディースどちらも揃えていて、音葉もたまにここで買うらしい。
「こ、これは?」
「……いいでしょう。試着してみてください」
「はい」
怒られるのが怖かったので、シンプルな長袖シャツ(白)と、サマーニット(七分丈、ブラウン)を選んだ。
凪自身シンプルな格好が好きなので、もしかするとそのあたりも考慮してくれたのかもしれない。
試着すら初めての凪は、いきなりその場で脱ぎ出してしまう。
「なにをやっているのですか!」
「え? 試着」
「試着室があちらにありますから!」
「面倒臭いなぁ」
「いいから行きなさい!」
「はい、ボス」
「誰がボスですか!」
昼時なのが良かったのか店内には凪達以外の客はいなかった。これも音葉の作戦通りだ。
ぶつぶつ文句を言いながら試着室へ向かう凪を見て、音葉は思わず笑みを溢した。
「かっこいい彼氏さんですね」
「彼氏ではないんです」
「あ、それでは未来の彼氏候補って感じですか」
「それもどうでしょうね」
待っている間、暇だった音葉は店内を回っていたが、女性の店員は興味津々で話しかけてくる。
当たり障りのない返答をしながら、音葉の笑顔は少しだけ曇っていった。
そうこうしていると、試着室のカーテンを開けた凪が呼んでいる。
「どう?」
「ボタン掛け違っていますよ。本当に仕方のない人ですね」
音葉にボタンを掛け直してもらいながら、凪はひたすら謝り続ける。だが、よく見ると音葉は文句を言いながらも楽しそうだった。
「いいんじゃないでしょうか。そのサマーニットはこのまま着ていきましょう」
「下はこの黒いやつでいい?」
「少し重いですが、似合っているしいいと思いますよ」
「はぁ。任務完了」
「ひとまずはおつかれさまでした」
かなり疲労したものの、とりあえず最低限の準備はできた。あとは当日までに愛葉と軽く世間話をすれば大丈夫だろう。
店を出た時点で午後一時を回っていた。
どこかで昼食を取ろうと提案したが、なぜか音葉は首を横に振っている。
「作ってきました」
「その荷物って弁当だったのか」
「はい、せっかくの外出だったので。たいしたものではありません。あまり期待しないでくださいね」
手提げバッグが気になっていたが、どうやら弁当が入っていたらしい。飲食店は正直面倒だったのでこれは本当にありがたい。
「ありがたくいただきます。ていうか学校で売れば、かなりの値がつきそう――」
「なにか言いましたか?」
「楽しみで仕方ない、と言いました!」
「よろしい」
今日は良く晴れているので、せっかくなら近くの公園に行くことにした。
予定はクリアできているので、ここからはあまり気にせず楽しめばいい。
こうして二人で出掛けるのはもちろん初めてだが、思った以上に話しやすく楽しかった。意外にも音葉とは波長が合うのかもしれない。
さっそく公園に向かって歩いているのだが、並んで歩いているとあることに気が付いた。
(これは――。どうするのが正解だ?)
音葉の持っているバッグだ。
なにも言われなかったが、荷物は男が持つものだと聞いた気がする。
散々悩んでみたが結局は直接聞いた。
「その荷物、俺が持つのが正解?」
「そうでもありませんよ。私は「持つよ」とか言われると少しあざといと感じてしまいます」
「なるほどなぁ、そんなもんか」
「それで、凪くんは持ってくれるのですか?」
少しはにかんだような上目遣いで、手に持ったバッグを揺らしている。
「はぁ……俺が持つよ水瀬さん」
仕方なしに言ってみたものの、ぷいっとそっぽ向かれてしまった。
「水瀬さん? だから俺が持つから貸して」
それでも音葉は知らんぷりだ。
(あ、もしかして)
「……音葉。俺が持つよ」
「はい。お願いしますね」
悪戯っぽく笑った音葉は「ちょっと意地悪してみました」とバッグを手渡してくる。
――女性の扱いはなんと難しいことか。
(やっぱり俺に恋人は当分ないだろうなぁ。それどころか一生ないかもなぁ)
割と良好な関係の音葉でさえこれだ。
まだ愛葉とのデートが残っているので、そちらはさらに過酷なミッションになるのだろう。
少し想像しただけで胃が痛くなった。
◇ ◇ ◇
公園は思ったよりも多くの人で賑わっていた。
家族連れは多く、遊んでいる子供達の笑い声が聞こえてくる。
芝生の上を元気よく走る子供は、父親らしき人が投げたフリスビーを犬と共に追っていく。
しかし、犬には勝てなかった子供が泣きそうになっていると、犬は咥えたフリスビーを渡していた。途端に笑顔になった子供は犬に抱きついて無邪気に笑う。
ベンチに座った凪と音葉は、そんな平和な光景を静かに眺めていた。
「可愛いですね」
「犬って賢いなぁと」
「欲しいのですか?」
「猫派です」
「身も蓋も無いですね」
雰囲気クラッシャーの凪は、弁当箱をしまうと「ごちそうさまです」と手を合わせる。
「すみません。時間があまりなくて冷凍食品ばかりでした」
「いやいや、肉じゃがに卵焼き、きんぴらごぼうとか色々あったじゃない。割と本気で感動したし」
「男性に向けて作ったのが初めてだったので、なんというか……色々考えていたら全体的に茶色になってしまって」
考えて作ってくれたのが伝わってきて、それだけで少し照れてしまった。
「味はどうでしたか? それなりに自信はあるつもりでしたが。あ、お茶どうぞ」
「文句なしだよ。学校で売ろう。お茶ども」
「また馬鹿なことを言って」
(美味しかった、よな?)
食べている間、音葉は嬉しそうに何度も笑うのだ。だから凪もその笑顔につられて笑う。
自信があると自称するだけあって、弁当の中身はどれも美味しそうだった。
(……)
胸の奥がチクりと痛んだ。
(ま、考えても仕方ない)
「今日はもう予定ないけど、どっか行きたいところある? それとも帰る?」
「――そうですね。では、私の買い物に付き合ってもらえますか?」
「荷物持ちだね。了解です姫様」
「もう、どうしてそんな捻くれた返しばかり」
「ありがとう」
「褒めていません」
男女交際とはどういうものなのかは分からない。だが、こんな感じで過ごせるのなら悪くはないのかもしれない。
来る前は本当に嫌だったはずなのに、実際に来てみたら割と自然に楽しめている。
きっと相手が音葉だからだ。碧と同じとまではいかなくても彼女との時間は心地良い。
「あ」
並んで歩いていると二人の手が微かに触れた。一瞬のことだったので気が付いたのは凪だけかもしれない。だが、隣の少女を見たら……どうやらそうではなかったようだ。
(こんな見た目してて、どれだけ男に免疫ないんだか)
じっと前を見つめたまま平静を装って歩いていても、身体は嘘をつけない。
「ねぇ」
「なんでしょう?」
「足と手が一緒に出てるよ」
「――っ!!」
「ボッ」と効果音が出そうな勢いで真っ赤になった音葉は、その恥ずかしさをどうしていいか分からず、とりあえず凪を叩くことを選んだ。
「ちょ、痛っ!」
「あなたのせいですよ!」
「な、なにが? とりあえずとめて!」
「もう!」
潤んだ大きな瞳は訴えかけるように凪を捉える。慌てている姿を眺めているのも一興だが、今日は仮とはいえデートだ。
なら、こうしても文句は言われないと思う。
「あ……」
「許可が出たらこうしてもいいって言ってたし」
「それは……愛葉さんの話ですよ」
「手汗酷かったらごめん」
「洗うので問題ありません」
「しっかり洗うのね」
しなやかな指はひんやりと冷たくて、凪の体温が移っていくように少しずつ熱を帯びていく。
小さくて、とても柔らかくて、力を込めたら握り潰してしまえそうなほどか弱い。
硝子細工を扱うように、出来る限り優しくその手を包み込んだ。
「こんなところ誰かに見られたら終わるね」
「……はい」
「どんな感じかは分かったし、もう離す?」
「このままで問題ありません」
「いやー、かなり綱渡りしてる気分なんだけど」
「このままで! 問題ありません!」
「ひっ」
音葉の勢いに変な声が出た。
どうやら離してはくれないようなので、誰かに見られた時の言い訳は用意しておこう。きっと問い詰められるのは自分のはずだから。
◇ ◇ ◇
「アクセサリーショップ? ここに入るの?」
「はいそうです」
「じゃ、楽しんできて。俺はそのへんぶらぶらしてくるから」
「では、行きましょうか」
「俺はそのへんぶらぶら――」
「なにか?」
「……はい。わー、楽しみだなぁ店内」
明らかに女性向けの店で、凪達の他にも客はいたが男は誰もいなかった。視線が突き刺さるような感じがして非常に居心地が悪い。
だが、女性客はただ音葉を羨ましがって凪を見ているだけだ。周りから見たら今の二人は美男美女。彼女の買い物に付き合ってくれる優しい彼氏、それが凪だ。
(うわぁ。キラキラしすぎてて目がやられる)
しばらく店内を回っていたが、音葉は最終的に候補を二つに絞った。
どちらもペンダントで、シルバーのチェーンに控えめなアクセが施してある。
ひとつは水色の宝石のもので、もうひとつはハート型の輪がついたものだ。
あろうことか、その選択を凪に委ねてきた。
「凪くんはどちらが好みですか?」
「どっちでも同じ――」
「凪くんはどちらが好みですか?」
(間違ったら怒られるやつだ)
拙い知識を総動員させて出した結果は――。
「水色のこれ」
「どうしてですか?」
「ハートのやつも似合うと思うけど、俺の中の音葉のイメージとは違うかな。だから消去法でこっち」
「ふふっ、消去法って。凪くんらしいですね」
危なかった。とりあえずは正解だったらしい。
音葉は満足気に頷くと手を引いて出口に向かって歩き始めた。
「あれ? 買わないの?」
「今日は見るだけです」
「ふーん」
少し悩んだが、それほど高いものでもないし、今日のお礼としては悪くないだろう。
(評価点はできるだけ上げといて損はない)
繋いでいた手を離すと、音葉は「え?」と少し残念そうにこちらを見る。
「漏れそうなのでトイレ。先に行ってて」
「漏れそうとか言わなくていいので、早く行ってください」
「すんません」
音葉を店外へ追い出すと、急いでカウンターに行って先ほどのペンダントを購入する。
「彼女さん喜びますよ」
「そんなんじゃないんですけどね」
軽く包装してもらった商品を受け取ると、ポケットに突っ込んで出口に向かう。
一分一秒を争うのだ。
待たせている音葉から苦言がないことを祈りながら、恐る恐るドアを開いた。