87、抜擢
それを言われると、そうなんだけど…。まさかエリック先輩に服作りの才能があったなんて1ミリも知らなかったし意外すぎる。
「そういえばエリック先輩のご実家ってあのホーシン家ですもんね。そう考えると納得です」
隣ではソフィアが何処か腑に落ちたように頷いている。なになに?先輩の家って何か特別なことでもしてるのか?私だけ話についていけてない。見かねたリリアン先輩がコソッと耳打ちで教えてくれた。
「エリックのご実家は服飾に関する商売で大きくなった家ですのよ。主に絹や麻、動物の毛や皮などを取り扱っていまして、それらを使って加工した洋服や小物などが価格以上の品質だと一躍有名になったのです。それからというもの庶民はもちろん貴族まで、多くの民の注目を今も尚集めているんですよ」
へぇ〜全然知らなかった…。こういう所で私は自分の世間知らずを痛感する。確か入学前に知っておいた方が良い貴族の一覧を魔法で覚えたような気がするが、私の交友関係が狭すぎるせいで使う機会がなく完全に忘れてしまっているみたいだ。うーん…やっぱり今後のためにも今一度復習した方がいいのかも。
「まあ物心ついた時には服に囲まれてたからね。興味を持つのは自然なことでしょ?それに服を取り扱ってるんだから自分が服について知らないと。それで服作りを始めたってわけ。これが意外と奥が深くてハマっちゃってさ」
なんて事ないように先輩は話したけど、普通貴族に生まれた人間が自ら服を仕立てるなんてことはまずしない。家業について色々勉強するとは思うけど、あくまで上に立って指示する側の立場なのだからそこまでしなくてもいいはずだ。そのことを踏まえて考えると、本当に服が好きなんだなということが伝わってきた。
「先輩がここにいる理由は分かりました。それでは先輩が手に持っているそれは、」
「もちろん僕が作ったものだよ。次の劇の衣装を頼まれていたしね。それで微調整をしたいんだけど、これを着る役者は何処にいるの?」
エリック先輩の手には赤いド派手の衣装が収まっている。目を奪われるようなハッとする真紅のドレスは舞台に立てばよりその存在感を発揮するという想像を容易くさせた。おそらく次の劇の主役の役者が着るのだろう。キョロキョロと部屋の中を見渡すエリック先輩に、申し訳なさそうにリリアン先輩が謝った。
「それが…。実はこの衣装を着るはずの子が乗馬のレッスンの最中に振り落とされて大怪我をしてしまってて…。次の舞台に間に合いそうにないので今はその代役を探しているんですのよ。せっかく作ってくれたのに申し訳ないですわ」
馬に落とされるって…。めちゃくちゃ大怪我じゃない?確かにそれじゃあ治るまでに時間がかかりそう。
「えぇ!?次の舞台って確か2週間後くらいだったよね?今から新しい人探すのって結構厳しくない?それなら今いるメンバーの誰かが代役をやれば?」
「それが…今回の台本はメンバー全員を出演させるような内容になってまして…。メンバーの誰かが代役をすると今度はその誰かの役を演じる人がいなくなってしまいますのよ…。本読みも結構進んでしまっていて今からセリフを全部変えるのは難しいのです。そのため他所から人を引っ張ってくるしかなく…」
リリアン先輩は先程までの元気すぎる様子とは打って変わって憂いを帯びたような表情をしていた。そりゃそうだ、代役を探すと言ってもその役が主役級の役なら尚更。大量のセリフを短期間で覚えることに加え、華のある人物を選定する必要がある。もしめぼしい人がいたといてもスカウトして承諾してくれるかどうかは別の話だし。
「ふーん…じゃあ今は手当り次第声をかけてるって感じ?」
「えぇ、しかし誰からも良いお返事が頂けないのです。確かに私たち演劇サークルは他の運動サークルと比べれば地味なものですが、今度の舞台は少し大きいイベントにお呼ばれしているというのに…。興味を持っていただけてもその話をすると皆、私には荷が重いと断られてしまうのですわ」
先輩たちのことは可哀想だがこればっかりは仕方ない。私だってそんな話を聞かされたら余計に萎縮してやりたく無くなるもん。どうか頑張ってくれ、と他人事のように存在感を消して私はその話を聞いていた。
「なるほどね…。記憶力が良くて華があってメインのキャストになれそうな人か…。そんな人物何処にいるんだか」
「あのー…私心当たりがありますよ」
おずおずと手を挙げたのはなんとソフィアだった。ソフィアの推薦なんて珍しい。彼女にも私や生徒会の人物以外の知り合いがいたなんて知らなかった。
「え!?本当ですか!?是非その御方をご紹介して頂けますか!!」
パッと表情を明るくさせたリリアン先輩は鼻息を荒くしながらソフィアの手を取って興奮気味に尋ねた。
「えっと…あの、アイリスはどうでしょう?」
その発言にここにいる皆の視線が私に集まったのを肌で感じる。
…ソフィア、貴女っていう子は本当さぁ!!!いくら私と仲が良いからって贔屓目がすぎるよ!なんせ私は演技の経験など一度もないのだから。それこそ荷が重いと言わざるを得ない。
「いや、すみませんけど私には無理ですよ…?」
私の拒否する声が聞こえているのかいないのか、先輩たちは当の本人を蚊帳の外にして顔を見合わせながら何やら盛り上がっている。
「…うん、まあ…確かにアイリスなら…」
「逆にピッタリすぎるくらいですね!」
「良かったぁ…本当に助かった!!」
「その手がありましたわね!!灯台下暗しとはよく言ったものです。彼女なら文句なしにこの役をこなせるでしょう!」
「ですよね?彼女は成績が優秀ですから記憶力も問題ないと思いますし、何もよりも人目を惹くという強みがあります」




