80、不自然
会長にさりげなく自分の席を教えて貰い腰を下ろすとすぐに予鈴が鳴り、間も無く担任らしき教師が教室へと入って来た。教師は軽くホームルームを済ませると再び教室から居なくなる。
ここまでは問題ない。問題なのは次からだ。3年生の授業に私がついていけるかどうか…。ええい!これは気合いだっ!とりあえず真面目にノートを取っておけばもし入れ替わりが解けたとしても先輩に迷惑はかからないだろう。
「…であるからして、ここの答えはこの文法を使うのです。では、次の問題の答えをオーネット君!」
「はいっ!」
なんで寄りによって私を指名するんだよっ!外国語教師に当てられてしまった私は仕方なく席を立って答えた。
「答えは(4)です」
それだけだというのに周りがザワザワしだしたではないか。え、あれ、正解を言っちゃ駄目だったのか…?おそらくだがテオドール先輩の成績は悪くないはず、というか良いだろう。生徒会副会長に選ばれてるだけあるし会話の端々からも頭の回転の速さが伺えるからだ。
「おい、お前がちゃんと起きて授業受けてるなんて珍しいな!」
席に座った途端に隣の席の男子が小声で声を掛けてくる。…なるほど、真面目にしてる方が不自然、ということらしい。
「まあ、ね。たまにはいいかなと思って」
この事を踏まえて私はそれからの授業はだらしなく過ごした。机に突っ伏して寝たり、ノートを書くふりをして絵を描いたり…。本当にこんなんでいいのか?普段こんなことをしようものなら絶対教師から怒られるはずなのにそれがないってことは、先輩はその態度を見逃されてるということ。なんじゃそりゃ…、ちゃんと責務を全うしなさいよ教師陣…。
なんとか授業をやり過ごしてお昼になった。今日は報告を兼ねて生徒会メンバー全員でお昼を食べることになっていたので二人と一緒に食堂へ向かう。その最中も先輩は女子に声をかけられまくっていて、もう流石としか言いようがない。
「テオ!一緒にご飯食べよー?」
「ごめんね〜今日は先約があってさ〜!また今度誘ってね!」
「わかった!絶対だからね?」
こんな調子である。私のテオドール先輩の真似もだいぶ板に付いてきたみたいで女子と会話することにも慣れてきた。
「アイリスちゃん、なんか本当にテオみたいだね」
「ああ、これなら怪しまれることもないだろう」
「そうですか?お二人から見て自然ならいいんですけど…。それにしてもテオドール先輩って凄く人気なんですね」
「テオは社交的だし話しかけやすいからね〜。テオ本人も人と関わることが好きっぽいし」
「あいつはああ見えて意外と人望があるんだ。周りをよく見てるから相談事をされているのをよく見かける」
ふーん…。先輩の体になってから先輩の知らない一面が色々と知れたのは今回の事件の良いことかな。先輩のこと、チャラくて軽い人としか思ってなかったけど考えを改めた方がいいかもしれない。
食堂へと到着すると既に他のメンバーは揃って食堂の端の方の席に座っていた。早速食事を取りながら他の生徒に会話を聞かれないようにコソコソと話し始める。
「そっちはどうだ?上手くやってるか?」
会長の質問に答えたのはルークだった。
「それが全然!テオ先輩ったら授業中に居眠りを始めて何回僕が起こしたことか…」
げっそりした顔を見るに相当大変だったのだろう。確かに私は授業中に眠ったりなんてしないし、普段の様子を知っている生徒が見れば違和感を覚えるに違いない。
「えぇ?だって1年生の授業内容って俺にとっては2回目だからつまらなかったし」
「そういう問題ではないですよ…。ちゃんとアイリスらしく振舞ってもらわないと困ります」
そう言うソフィアもなんだか昨日より疲れているようだし、ディランに至っては大きなため息をつきながら先輩を止めることをどこか諦めたように遠い目をしていた。
「それだけではないですよ。テオ先輩と来たら教室に入って早々に大きな声で、おはようございまーす、とか言ったりして…。色んな人に話しかけにいくしボロが出そうでヒヤヒヤしました…」
「確かに、あの時のアイリスさんは凄く社交的な人になってたね」
ってそれは最早別人では!?ボロが出そう、じゃなくて出てるってば!!!
「いや〜いつもの癖でつい、ねー?でも安心して!初めはみんな驚いてたけど話してみればいい子たちだったし!」
「ホント何してるんですか!私が元に戻った後のことをちゃんと考えてくれてますか!?」
いっそ一生戻れない方が私のためかもしれない、なんて考えが浮かんで来てしまう程にめちゃくちゃ好き放題してくれているみたいだ。
「…テオ先輩のことはよぉーく分かったよ。どうせそんなことだろうと思ってたし。それでアイリスの方はどうなの?」
エリック先輩が尋ねると今度は会長とヘンリー先輩が話し始めた。
「初めはどうなる事かと思ったが意外とアイリスは上手くやっていたぞ」
「そうそう!でもあれはおかしかったなぉ!テオが真面目にノートを取って、先生に当てられた時も完璧に答えてたとこ」
二人はその光景を思い出したかのようで、同時に思いっ切り吹き出した。ヘンリー先輩は声高らかに笑い、会長は静かに肩を震わせながら。…酷い、あれでもかなり頑張ったのに!!
「なにそれ〜!俺が真面目とかウケる〜!超見たかったなぁ!」
テオ先輩に至っては私とは違ってノーダメージ過ぎてムカついてきた。なんで私ばっかりこんな思いをしなきゃならないんだ。
それからは互いの面白おかしい出来事を報告し合っただけで昼休みの時間が終わってしまった。あの薬品についてはもうワイアット先生に任せるしかない。一刻も早く元に戻れるように祈りながら私たちは解散した。
「すみません先輩方、私御手洗いに行きますので先に教室へ戻ってて下さい」
「オッケー、じゃあ先行くね〜」
先輩方と離れて御手洗いに向かっていた時のことだ。まもなく昼休みが終わろうしているのに一人の女子生徒が廊下に蹲っているのを見た。何してるんだろう?気になった私は思わずその女子生徒に話しかけていた。
「何してるの?」
言いながらチラッと胸元のリボンの色を確認する。深い紺色ということは3年生だ。彼女は私の姿を見ると一瞬で目を逸らして下を向いてしまう。見た感じ大人しそうな子だし、こんなチャラい男が話しかけてきたらそりゃあ怖いよね。分かる分かる…。
「ごめん、驚かせちゃったかな?でも君の様子が変だったから気になって。差し支えなければ聞いてもいい?」
すると彼女は躊躇いながらも、助けが必要なのは事実らしく、聞き取れるか聞き取れないか微妙なラインの声でこう言った。
「…して、るんです」
「え?」
「探してるんです。この辺りに薬を落としてしまって…」




