76、恋の自覚
※ルーク視点
そう言ったかと思うと彼女は僕の目の前で思いっきりその串焼きにかぶり付いた。美味しそうに、けど豪快に食べる彼女は学園での彼女とはまるで違って貴族のお嬢様の仮面を脱ぎ捨てたみたい。見た目を魔法で変えていることも相まって普通の女の子にしか見えない。
僕の手に持っている串焼きからも甘辛いタレの匂いが漂ってきて、ほかほかと湯気が立っている。たまらなくなって僕も彼女にならって豪快にそれにかぶりついた。
「…はふっ!!」
お、美味しい!噛めば噛むほど肉の旨みが口いっぱいに広がって、肉のタレがまた食欲をそそるのだ。こうして屋台のご飯を食べるなんてとても久しぶりで、昔の思い出が蘇るようだ。
「懐かしいな…」
「懐かしい?ルークってこういうところ来たことあるの?」
「ああ、まあ一応ね。というかランチの時に少し話したけど、昔は今よりもやんちゃしてたから。よくカイルやディランと一緒に城を抜け出して怒られてた」
「ええ!?そんなことしてたんだ!?なんか意外…」
「そういうそっちこそ意外だよ。その様子を見るに街へ出てくるのは初めてじゃないんだろう?」
すると彼女は少し気まずそうに顔を逸らして、小声でモゴモゴと喋り出した。
「…まあ、ね?だってずっと家の中にいたら退屈なんだもん。それに何度かここへ来てるけど、バレてないから大丈夫、なはず」
知らなかった。彼女も僕と同じようなことをしてたなんて。意外な共通点が増えたことが嬉しくて、気まずそうに言う彼女が可愛らしく思えてつい笑ってしまった。
「ハハッ!!それはどうだろうね?案外親にはバレているものだよ。僕たちだって、三人だけで遊びに来たと思っていても遠くから護衛の者が着いてきていた、なんてよくあったしね」
「ルークは王子様だからそうかもだけど私の家は絶対ないってば。…どうしよう本当はバレてたら。なんか不安になってきた!」
先程からコロコロと彼女の表情が変わり、明るくなったり暗くなったり忙しない。彼女がここに連れてきてくれて良かった。だって今までそんな顔見たことなかったし。僕が落ち込んでたから元気づけようとしてくれているのもあるかもしれないけれど、明るく振る舞う彼女は今までで一番可愛いと思った。
「そういえば、今日っていつもより人が多いね?何かあるのかな?」
彼女の一人百面相タイムが終わったみたいだ。不思議そうに街を見渡す彼女と同じく、僕も同じことが気になっていた。それに答えをくれたのは先程の屋台のおじさんだ。
「なんだ、嬢ちゃんたち知らないのか?今日は梅雨の終わりと夏の始まりを祝うための祭りの日だぞ!ほら、中央の広場を見てごらん。あそこで綺麗な模様の紙を配ってるだろ?それに願い事を書いて大きな篝火にくべるんだ。その紙の煤や破片が高く舞えば舞うほど願いが叶うと言われてるんだぞ」
「へぇ!面白そうですね!私たちも今から行ってみます!」
おじさんに言われたように広場ではみんなが願いを書いた紙を中央の篝火にくべているようだ。大人から子供まで様々な年齢の人々が笑顔で参加している。
「せっかくだから僕たちも参加しようか?」
「うん、そうしよう!」
係員らしき人物から紙とペンをもらうと、彼女は既に願いが決まっているのかスラスラと書き始める。
僕の願い、か。僕の願いは…。そっと彼女の横顔を盗み見る。今日一日を一緒に過ごしてみて、僕はどうしようもなく彼女に惹かれているということを再認識した。カイルやディラン、また兄さんに至っても、彼女と仲良く話してる姿を見るだけで不安になったり嫉妬したりしてしまうのだ。まさか僕がこんな気持ちを抱くようになるなんて。彼女に願い事を見られないようにそっと紙を折りたたんで隠すように手で持った。
「それじゃ、炎にくべに行こうか?」
列に並んで待っている最中、
「アイリスさんは何を書いたんだい?」
とさりげなく聞いてみる。
「もちろん家族みんなで仲良く暮らせますようにって書いたよ。私を拾ってくれたお父様やお母様には感謝してもしきれないからね。そういうルークは?」
自分からその話題を振ったんだから、この質問をされるのは分かっていた。僕はあらかじめ用意しておいた当たり障りのない返答を返した。
「僕はこの三年間の学園生活を平穏に過ごせますように、かな。どうしても僕の立場上目立ってしまうことが多いからね」
流れるように口をついて出る嘘に我ながら感心するしかない。幾度となく本音を隠してきた僕に取ってはこれくらい容易いことだ。だと言うのに、彼女の真っ直ぐな瞳に見つめられると背中に冷や汗をかいてしまう。まるで僕が嘘つきであることを咎められているようで落ち着かない。
「そっか、良い願いだね」
列の先頭まで来ると、二人同時にその紙を火の中へ放り投げた。二人の紙はあっという間に小さくなり、空高くへと舞っていった。
それからは再び屋台が立ち並ぶ通りへと戻り、心ゆくまで祭りを楽しんだ。食べ物の屋台はもちろんだが、娯楽の屋台なんかも沢山出店されている。例えばサイコロを振って出た目の数字によって景品が貰えるものだったり、店主と腕相撲対決をして勝てたら賞金が貰える、なんてものもあった。いくら僕が街へ出かけることに慣れていたとしても、こんな大々的な祭りに来たのは初めてで、ついはしゃぎすぎてしまう。この場にいる全員が、僕がこの国の第二王子であることなんか知らず気安く接してくれるのが新鮮だった。
目一杯楽しんだ後、少し人通りが少なく祭りで賑わっている街を見下ろすことができる高台へとやってきた。夜風に当たりながら上気した頬を冷やすように、ベンチに座った。
「ここに連れてきてくれてありがとう。すごく楽しかった」
心からの感謝を込めて伝えると、彼女は自然な笑顔でなんてことないかのようにこう言った。
「そんなの大したことないよ。私が来たかっただけだし。それに今日一日を通して思ったんだけどさ…」
なんて伝えようか考えあぐねているような様子に焦れったくなって、僕はその続きをせかした。
「何?」
「あのね…やっぱりルークはそっちの方が良いと思う!」
「そっちって?」
「なんというか、いつもの学園でのルークって何を考えてるのか分からないなって思ってたんだ。でもさっきの様子を見て確信した。さっきの姿の方が素に近い感じだよね、多分。私もかなりの猫かぶりだからさ、分かるんだ。でも絶対にその方が自然で素敵だと思うよ」
思いがけない言葉に戸惑って、すぐに言葉を返すことが出来なかった。まさか彼女にそれを指摘されるなんて。僕の外面はかなり完璧だったはずなのに。彼女だけがそれに気づいたのだ。彼女の前ではボロが出ていたのか、それとも彼女自身の観察眼が鋭すぎるのか。
「…学園での僕が猫を被ってるっていつから気づいてたの?」
「いつって言われると明確な時期は分からないけど。でもルークの笑顔っていつも同じ感じで怖かったし、周りの人間とも必要以上に仲良くしてない気がして」
彼女の言う通りだった。僕は周りから好かれるために常に笑顔を振りまいていたし、カイルやディラン以外の人物とは適切な距離を保つようにしていた。
「なんでもお見通しなんだね。…猫被りがバレたついでに、少し僕の話を聞いてくれるかい?」
僕がこんな風になった原因としては兄の存在が多く関わっているだろう。僕の兄さんはとても優秀だ。魔法はもちろん勉強だって出来る。第一王子としてとても立派な人だった。そんな兄さんの後に産まれた僕は何かにつけて兄さんと比べられる事が多かった。兄はできるのになんで僕は出来ないんだと、失望されることも多い。そのため幼少期の僕は勉強がとても嫌いだった。いくら頑張っても兄さんには勝てないから。
でもそんな兄さんにも弱点はある。それは愛想があまりないことだ。不機嫌という訳では無いのだろうが、兄さんの表情はほとんど一定であるため近寄り難い雰囲気を受けるのだ。僕が勝てるのはそこくらいしかない。持ち前の愛嬌を振りまいて、ルークなら仕方ないって思ってもらえるように周囲の人間に取り入ること。それが僕の武器であり、それを磨くことに必死になった。兄さんは僕にないものを沢山持っているけれど、これだけは負けないというものが出来て得意気になっていた頃だ。
10歳くらいの時だったと思う。僕に可愛らしい婚約者が出来た。その子のことを心から好きだった訳ではないけれど、大切にしようと決めていた。いずれお互い好意が芽生えればいいと楽観視してたのだ。彼女とは定期的に城で会い、親睦を深めていたはずだったのだが。僕は見てしまったのだ、彼女が僕の知らない間に城へと足を運び、兄さんと会っている所を。
彼女の顔は僕といる時とはまるで違い、恋する乙女の顔をしてた。それを見て全て察してしまったのだ。彼女が好きなのは兄であり、僕との婚約は踏み台でしかなかったということに。もちろん兄は悪くない、弟の婚約者が話しかけてきているだけで他には何もなかったのだろうけど、僕はその時酷く兄に対して怒りを通り越した憎悪の感情を抱いたのだ。
なんで兄さんばっかり!みんな兄さんを選ぶというのか!
それからというもの、僕はまた違う姿へと変わることになる。必要以上に他人を近づけない世渡り上手な人間になった。人を信じて傷付いたり、何かの踏み台として利用されないために。偽りの顔で人の懐に潜り込むけれど、それはこちらには踏み込ませないようにするため。こうして自分を守ったのだ。
一部始終を聞いた彼女は、
「そっか、辛かったね」
と言って、僕の頭にそっと手を置くとそれはそれは優しい手つきで撫で始めた。その温かさに安心したのか、僕の頬から熱い水滴が垂れたのを感じた。なにこれ、もしかして僕泣いてるのか?彼女の前で格好悪いとこなんて見せたくないのにどうしても止まらない。
彼女はそうして僕の涙が止まるまで無言で頭を撫で続けたのだった。
「ごめん、急に泣いたりして…驚かせたよね」
「んーん?人ってたまには涙を流した方がストレスが緩和するらしいよ」
「そうなんだ、泣いたのが久しぶりすぎてなんだか今はスッキリした気分だよ」
泣き顔を見られたことが恥ずかしすぎて、何気なく視線を下へと向けると腕時計の針が20時を超えそうになっていた。まずい、そろそろ門限の時間が迫っている。ということで早速僕たちは馬車を待たせている通りへと急いだ。
「あのさ、さっきの話なんだけど。会長と比べる訳じゃなけどさ。ルークはやっぱりそのままのルークでいいんじゃないかな?私はなんでも完璧に出来る会長よりも、より人間味があって色んな努力と経験をしてきたルークの方が好きだな」
「え?」
好きって言ったのか?あのアイリスさんが。まさか都合のいい幻聴だろうか。しかしそれは幻聴ではなかったらしい。その証拠と言ってなんだが、
「ほら、急がないと遅れちゃうよ!ぼーっとしないで走った走った!」
と、彼女は若干照れたみたいに早口で言ったかと思うと僕を置いて走り始めた。彼女の耳が赤くなっていたのは僕の気のせいでは無いだろう。
寮へと無事に帰った僕たちは足速に解散した。自室に戻り僕はベットへ飛び込むと、今日のことをが頭をグルグル巡って色んなことを考えてしまう。
やっぱり僕、彼女のことがどうしようもなく好きだ。本当の僕の姿を見抜いたかと思ったら、僕の今までを肯定してくれた優しい人。そんな人、この世界中どこを探しても居ないだろう。兄さんにも、他の誰にも盗られたくない。この気持ちを恋と言わずしてなんて言う。それに彼女の口から出た好きの二文字…。おそらく僕ほどの想いで言った訳じゃないのはわかってる。でも、必ずもう一度言わせてみせる、僕のことを好きになってから本当の意味で。
それになんだ、あの照れた顔!あまりに可愛すぎるだろう!ああ!クソッ!思いだしただけで胸がギュッとなる。僕ばかりがこんな思いをするなんて有り得ない。絶対に同じ気持ちを味合わせてやる。




