75、失敗
※ルーク視点
こうして洋服を物色しながら彼女の好みのものを探していると、彼女がとある雑貨コーナーの前で立ち止まっているのを見た。
「何か気に入ったものがあったのかい?」
「いや、ただこのリボンの髪留めがルークっぽいなぁって思って」
その髪留めは艶のある真紅の大きなリボンが付いていて、リボンの両端は金色の刺繍線が細く入っている。中央部分には宝石がはまっており、隣の注意書きに"パーツの組み合わせ無限大!お気に入りにカスタマイズ出来ます"とデカデカと書かれていた。サンプルとして飾られていたものは大粒のダイヤモンドが中央に輝いている。その横には付け替え用であろう様々なパーツが並べられていた。
「あら、そちらがお気に召しましたか?その商品はカスタマイズがとても豊富で若い女性に大変人気となっているんです。中央のパーツはもちろんリボンの生地もおっしゃっていただければ好きなものに変更することが出来るんですよ」
と、背後から近づいて来た若めの店員がニコニコ笑顔で勧めてくる。
「へぇ、そうなんですね。これだけ可愛かったら人気なのも納得ですわ。それにカスタマイズ出来るなら自分だけのオリジナルアクセサリーになりますものね」
お嬢様モードで愛想を振り撒く彼女は心なしか目がキラキラして見えた。
「それならこちらを頂こうかな。アイリスさん、真ん中のパーツは何か希望はある?」
「そうだね…。こんなに種類があるとなかなか決めきれないな。どれにしよう?」
「それなら僕に任せてくれないかな?きっと気にいるものにしてみせるよ」
僕の頭の中でこのアクセサリーにつけるならこれしかない、というものが一個だけある。むしろ彼女に贈るならそれ以外有り得ない。
「じゃあお任せしようかな」
「決まりだ。それとリボンの生地はどうしようか?好きな柄や色はあるかい?」
そう尋ねると彼女は迷うことなくこう言い放った。
「そんなの決まってるよ。このサンプルと同じやつがいい。とっても綺麗だもの」
…他意はないんだろうけどさ。僕っぽいって言ってた物を選ぶなんて、なんか、なんか…。こうやって気にしてるのも僕だけなのが少し気に食わないけど、それでもそのリボンを選んでくれたという事実に口元がにやけそうになった。危ない危ない。いつもの笑顔を浮かべてなんとかこらえることに成功した。
「そっか。では後日改めてプレゼントさせてね」
「うん、楽しみにしてる」
その後もこんな調子でアイリスさんを色々なところへと連れ回したのだが、どこへ行っても彼女は少しだけ困惑したような表情を浮かべることが多かった。一日がけのデートはあっという間に終わりに差し掛かり、腕時計の針は18時を指している。
何が駄目だったんだろう…。あちこち連れ回し過ぎたことか?それとも僕が強引過ぎた?考えればキリがないほどネガティブな考えが浮かんできて落ち込んだ。
「あのさ、アイリスさん。…今日一日、あまり楽しくなかった?」
言うつもりはなかったのについポツリと本音がこぼれ出てしまう。すると彼女の目が驚きで大きく丸くなった。しまった、こんな格好悪いところ見せたくなかったのに。
「やっぱり今の無し!ごめん、こんな風に空気を重くするつもりはなくて!」
「いや、楽しかったよ?初めての経験を沢山したし」
彼女の優しさが今の僕にとっては痛くてたまらない。その言葉だって彼女なりの最大限のフォローなのだろう。最後の最後まで気を遣わせてしまった。
「無理しなくていいよ。だって今日のアイリスさん、いつもより笑顔がなかったじゃないか」
「それは慣れないことをして緊張してただけっていうか…!こっちこそごめん。私の態度で不安にさせちゃったよね。…お詫びと言っちゃなんだけど、今から少しだけ私に付き合ってくれる??」
そういうと彼女は僕の手を躊躇いもなく取って、御者に耳打ちで何かを告げた後、僕らの乗る場所は静かに走り始めた。高級店ばかりが立ち並ぶ洒落た区画から離れて段々音が増え始めると、余計目的地が分からずに困惑する。そして馬車が止まって僕が目にしたのは人がいっぱいで沢山の明かりが灯っている市街地だった。
「さ、着いた!っとその前に、私たちこの格好じゃ外を出歩けないね。いけないいけない!」
そう言って彼女は人差し指をくるくるっと回転させたかと思うと、目の前には知らない女の子が立っていた。いや、違う。よく見れば髪の毛と目の色、洋服が変わっただけでアイリスさん本人だった。もう一度彼女は指を回転させると今度は僕の衣装が変わった。よく見ると街の人間と同じような、落ち着いた色味の服になっている。
「これは?」
「もちろん変装に決まってるじゃない!さっきの格好で歩いたら目立って仕方ないし」
もちろんそれはそうなのだけど。
すると人で賑わう通りからは屋台の良い匂いが漂ってきた。その匂いを嗅いでお腹が空いたのか、ぎゅるる〜…と情けない音が僕のお腹から聞こえてきた。
「ルークもお腹空いてるみたいだし、早速行こっ!」
「ちょっと!!!待ってってば!!!」
僕を置いて走り出そうとする彼女の後ろ姿を慌てて追いかける。こんなところではぐれたりなんかしたらたまったもんじゃない。急いで隣に並ぶと、彼女の顔は今日一番の笑顔になっていた。そして彼女は慣れた様子で屋台の串焼きを買うと、その一本をこちらへ差し出してくる。
「はいっ!どうぞ!これ結構美味しいんだよね。ルークが気にいるといいんだけど」




