74、知らない一面
※ルーク視点
ジュエリーショップでなんとか誕生日プレゼントを選んだフリをしてふと腕時計を見ると、もうお昼時に差し掛かっていた。そろそろ移動しないとまずいな。
「一緒に選んでくれてありがとう。そろそろ12時だしお腹が空かないかい?」
「言われてみればそうかも」
「そう来なくっちゃ!それじゃあ今からぼくの行きつけのレストランに案内するよ」
「でも私そんなにお小遣いを持ってきてないよ?ルークの行きつけってことは高級レストランなんでしょう?」
ぐっ…、それを言われると返す言葉もない。それはほら、僕って一応王子様だから仕方ないだろう?それにお金の心配をするなんて、なんだかあまり貴族っぽくない。僕の知り合いでレストランのメニューを金額を見て決める人なんていなかった。でもそういう他の人と少し変わっているところが彼女の良いところなんだけど。
「そんなの気にしないで。今日一日僕の我儘に付き合って貰う予定だからもちろん僕が出すよ。それにこういう時くらい格好つけさせてくれると嬉しいな」
「そう?それならお言葉に甘えようかな」
話がまとまると僕らは再び馬車に乗り込み、目的地のレストランへと向かった。そこは僕が小さい頃からよく通っているフレンチコースが有名なレストランだ。富裕層をターゲットにしており、使われる食材も全て一級品。好き嫌いが多かった子供時代の僕が、この店の料理なら苦手な野菜も美味しく食べることが出来たのはいい思い出である。
「…やっぱりこうなると思ったよ」
店内で早速食事を頂いている最中に、ふとアイリスさんが苦い顔をしながら言った。
「うん?それってどういう意味?何か気になることでもあったかい?」
「気になるも何も。見てよこの広くて静かすぎる店内。お昼だっていうのに人っ子一人いない。それに高そうなフレンチのコースだよ?テーブルマナーだって注意しないとだし。今までそんなに気にしていなかったけど、ルークってやっぱり王子様なんだなって」
彼女の言う通り、店内には僕ら以外の客はおらずウエイターが端の方で控えているだけだ。これはもちろん事前に店側へ連絡し貸切にしてもらったから。なぜなら僕は王族であるから顔が割れているし、他の客がいたら驚かせてしまうだろう。それに一緒にいるアイリスさんだってあることないこと言われるに違いない。良かれと思ってやったことだったのだが、逆効果だったのだろうか?
「色々と周りに騒がれるのが嫌で貸切にしたんだけど、驚かせてしまったかな?それとマナーなんて気にしてたらせっかくの料理が美味しくなくなってしまうよ。今は僕ら以外の人間はいないんだから多少間違ってたとしても問題ないさ」
「…そう言うわけにはいかないよ。これでも私伯爵令嬢なんだし。だからこういう場所に来るんだったら事前に知らせておいて欲しかったというか…。でもちゃんとしたレストランで食事する機会がなかったし、良い経験になったけどね。それにお料理がとても美味しいし」
美味しいという言葉が彼女の口から出たのが嬉しくて、ついつい饒舌になってしまう。
「そうだよね!やっぱりここに連れて来て正解だったよ!この店は僕が小さい頃から出入りしている店でね。なんといっても野菜の調理方法が素晴らしくて、ここにくれば好き嫌いを無くすことができるといっても過言ではなくて!」
「へぇ!ルークって食べ物の好き嫌いとかあったんだ?なんか意外だな」
「もちろんあるよ、僕だって人間だからさ。特にピーマンは苦手だったんだけど、それを店に伝えたら創意工夫をこらして調理をしてくれてね!その時食べたピーマンの味は今でも忘れられないよ!!」
そこまで言って、アイリスさんが幼い子供の成長を見るような温かい視線をこちらに向けてきたのを感じて口を閉ざした。しまった、僕のお気に入りの店を褒められたことに気分を良くして勢いよく喋りすぎた。反省、反省…。
「…すまない、つい話しすぎたね」
「いーや?全然いいよ。それよりももっとその話を聞かせて欲しいな。子供時代のルークって私の想像よりもわんぱくな少年だったり?」
彼女が続きをと望むので、僕はそのまま幼い頃の話やこの店の思い出を話し始めた。彼女はその間、終始ニコニコと笑顔を浮かべながら僕の会話に相槌を打っていた。
なんだかんだで一時間程度経ったのだろう。そろそろお暇しようということになり、次の目的地へと向かった。
馬車の中でアイリスさんと他愛無い会話をしながら少しだけ、一人でそっと反省した。先程のレストランでは僕の話ばかりして彼女の話を聞けなかったから。こんなんじゃ彼女を楽しませることは出来ない。
よし、決めた!今度こそ彼女に沢山話題を振って情報を集めよう。それにそのつもりで今日のデートに誘ったんだし。自分のことで手一杯にならないように気をつけないと。
お次に向かった場所は、最近人気となってきたアパレルブランドの店だ。店内には様々な布地が所狭しと置かれていて、もちろん洋服や美しい生地を使って作ったバッグなどが男女それぞれ数豊富に展示されている。
「ここは?」
「見ての通り、洋服を取り扱うお店だよ。今日のお礼として何か一着贈らせてくれないかな?」
「え?別に私何もしてないけど」
「そんなことはないさ。誕生日プレゼントを一緒に選んでくれたり、僕と一緒に食事を取ってくれただろう?僕は王族だからこうして友達とお出かけするなんてそうそう出来ないし、楽しかったから」
「そうかな?でも洋服の贈り物なんて私には勿体ないよ」
そう言うと思った。でも僕には秘策がある。渋る彼女の首を縦に振らせるために、僕はそのまま感情論で押し続けた。
「アイリスさんだってジュエリーショップで誕生日プレゼントを選んだ時に言ってただろう?贈り物は気持ちが大切なんだって。僕は本当に君に感謝しているんだ。だから贈り物がしたい。…駄目、かな?」
「うぅ…、確かにそう言ったけど…。…分かった、受け取るよ。でもそんなに高価な贈り物はいらないからね!」
今日の彼女を見ていて思ったのだが、彼女はこう見えて押しに弱いところがある。自分の信念をしっかりと持っている割には、理屈より人の感情を何よりも大切にするのだ。よく言えば思いやりがあって優しい、悪く言えば流されやすい。
…本当にこんなんで貴族社会を生きてこられた方がすごい。って、そう言えば彼女はまだ社交界に出ていないんだったか。グレードウォール学園に入ったからには嫌でもその貴族社会に出ていく必要があるのだけど、この先不安でしかない。知らないうちに高い壺でも買わされるんじゃないか?




