71、感情の遷移
※ルーク視点
彼女への思いが強くなっていったのはいつからなんだろう。入学式で彼女を見て、記憶を思い出した時はまだ純粋な興味しかなかったはずだ。王族相手だと言うのにヘコヘコしないできちんと自分の意思を持っているところや、魔法の実力がかなりあること、さらに勉強も出来るという完璧すぎる女の子。今思えば、最初の出会いはこちらの素性を知らなかったのだからあの様子は至って普通だと分かる。だけど僕は嬉しかったんだ。歳が近い少女に普通の子供として扱われるのが。
同じクラスで隣の席だと知った時はなんてラッキーなんだろうと思った。それに彼女と僕はどことなく似ている気がする。それ故に僕たちは同じ気持ちを共有したりなんかして、仲良くなれるはずだと期待に胸を踊らせたのだ。
まず共通点の1つ目、かなり特殊な生まれだということ。これは言わずもがなだけど僕は王族だし、彼女は彼女でアルベルン伯爵家の養子だ。アルベルン伯爵家は貴族の中でもかなり目立つ家だから、名前だけなら知らない人は居ないだろう。
2つ目、親しい友人が少ないこと。入学してからずっと彼女のことを見てきたが、ソフィアさん以外の女子と話している姿は見かけない。
3つ目、かなりの猫かぶりだということ。彼女と話していると、時々本心ではない言葉を言っているような気がするのだ。僕自身もそうだから何となくわかる。
ほら、やっぱり似ているだろう?
入学してからは隣の席なのをいい事に、僕の方から積極的に話しかけた。彼女は最初こそあまり会話をしてくれなかったけれど、次第に話をしてくれるようになった。僕が王族だと知ってもなお、自分のペースを崩さずに態度を変えない様子を見て、前以上に仲良くなりたいと思う感情が大きくなる。だってこんな人材はなかなか居ないし面白いから。
彼女が生徒会の仕事を手伝うことになった日から、更に交流する機会が増えて嬉しかった。しかしここで僕の心に不穏な空気が流れ始める。それはカイルの存在だ。カイルが所属するサークルの手伝いをアイリスさんがし始めてから、カイルと彼女の仲が親しくなっていくのを傍で見ることになった。初めはあんなに馬が合わなそうだったのに、僕の前ではしないような砕けた態度や表情を見せつけられたような気がしておかしくなりそうだった。
なんで、どうして?僕の方が最初にアイリスさんと仲良くなったはず。僕が彼女と普通に会話をするだけでかなりの時間と労力がかかっているというのに、カイルはそれをいとも簡単に超えていってしまった。
アイリスさんに嫌われないよう、徐々に距離を詰めて行った自分が馬鹿みたいに思えてきて、僕は体育祭の準備期間に大胆な行動を取った。それは彼女が参加する男女混合二人三脚のペアに成り代わること。僕だって自分がこんな感情的に行動するなんて思わなかった。しかしカイルと彼女の距離を見て、無性にモヤモヤした。彼女の友人は僕だけだったはずなのに、気づいたら他にも人がいて焦ったのかもしれない。
体育祭二日目の剣技大会では、更に僕を不機嫌にさせることが起こった。僕が初戦早々カイルに負けてかなり凹んでいたところ、追い打ちをかけるかのように、彼女の手元に綺麗な紋章が入ったハンカチを見たのだ。
彼女が誰かに想いを寄せられている?…その相手なんか一人しか思い当たらない。彼女の交友関係はとても狭いし、男と話してるところなんて生徒会の面々かカイルしかないからだ。カイルの気持ちに気づいてしまった僕の胸中は嵐のように冷たく吹き荒れていた。
…本当にどうしたんだろう?別にいいじゃないか。カイルが彼女と仲良くなったって。僕には関係の無いことだ。そう思い込もうと努力したが駄目だった。カイルと彼女が二人で隣を並んで歩く姿を想像するだけで吐き気がして、そんな想像を消し飛ばすように頭を振った。
彼女に目を付けたのは僕が最初なのに、最近ではカイルに加えてディランまでもが彼女と親しくしているし、彼女の周りに人が集まるようになったのを喜べない自分がいた。僕ってこんなに独占欲が強かったんだっけ。友達になりたい、親しくなりたいという当初の目的は達成されたというのに、もっと欲張りになる自分を見て見ないふりをして押さえつけた。
極めつけは学園生徒が行方不明になる事件が起こった時のこと。僕たちはライファの情報提供により、急いで彼女たちがいるとされている森へと向かい、なんとか無事に生徒たちを連れ出すことに成功した。
しかしその時、森の中で魔物たちとの戦闘が始まってしまった。彼女が怪我をしたのを見て後ろに下がらせ、僕は魔獣や魔物に攻撃することに専念した。戦闘が長引くにつれて、兄さんがかけた氷魔法が溶け始め、魔獣が今にも動き出しそうな素振りを見せ始めた。いち早くそれに気づいた僕は、周囲を警戒するように呼びかけた。
「みんな、そろそろ氷が溶ける!魔獣の動きに注意して!」
周囲の生徒は頷きながら戦闘態勢を取ったのを確認した僕は、一瞬だけ気が抜けていたのかも知れない。
氷が溶けて自由になった魔獣の1匹がアイリスさん目掛けて飛びかかっていったのだ。だが僕の魔法は魔物へと集中しており、咄嗟に方向を変えることなんて出来なかった。彼女の姿が大きな魔獣に覆い隠されたのを見て、絶望的な顔をして見ることしか出来ない。
お願いだから、誰か彼女を助けてくれっ!!!
その時だけは普段は信じていない神様とやらに強く祈った。こんな時だけ神頼みなんて、なんて都合がいいんだろうな。
「"アイス・アロー!!!"」
その願いが聞き届けられたのか、突然大きな声がしたかと思ったら氷の矢が真っ直ぐに魔獣へと飛んでいき、それを吹き飛ばしたのを見た。その魔法の主は…兄さんだった。
「無事か!」
「おかげ様で」
そんなやり取りを眺めることしか出来ない僕は自分の不甲斐なさを感じた。
今までの自分は優秀な兄に対して卑屈になり、どこか達観したように兄に勝つことを諦めていたというのに、久しぶりに悔しいという感情が湧いた。
…兄さんはずるい。僕にないものを全て持っているんだから。成績も優秀だし魔法の腕もピカイチ。それに生徒会長を務めて人望もある。おまけにアイリスさんを華麗に助ける様はまるでおとぎ話に出てくる王子様のようだ。実際王子様ではあるんだけど。
兄さんによって助けられた彼女は、それからの戦闘では後ろに下がるのではなく兄さんの傍で兄さんをサポートするように魔法を使っていく。魔法が得意な兄さんと彼女の相性はピッタリのようで、先程よりもスムーズに魔獣討伐が進んでいった。
…ああ、そっか。僕が守らなくちゃいけない彼女なんて最初からいなかった。ああして兄さんのサポートをしている時の方が活き活きとしており、彼女の魔法の腕を最大限生かすことが出来る。
なんで彼女の隣に立っているのが僕じゃなくて兄さんなんだろう。兄さんはなんでも持ってる癖に、アイリスさんまで僕から奪うというのか。そもそも彼女を最初に見つけたのは僕だ。誰にも渡さない。渡したくない、彼女だけは。




