07、推測
「とにかく!ここにいても何も情報を得られないわ。ライファ、頼める?」
<そう来ると思ったけど。まったく、精霊使いが荒いんじゃないの。行ってくればいいんでしょー>
不満を口にしながらもライファは扉をすり抜けていった。
さすが私の相棒、仕事が早い。一から十まで説明しなくても私の意図に気づいてくれるからありがたい。
本来なら私が再び‟マッチ・ザ・ワールド”を使って一緒に情報収集をする所だけど、さっきからずっと‟メモリアル・ブック”と合わせて使っていたため私の体力と魔力は底をついている。
ここは大人しくライファの帰りを待ちつつ今の状況を整理しよーっと。
改めてライファがいなくなって賑やかさを失った部屋をぐるりと見渡す。墓地の地下にあるだけあって光は壁に掛けられたランプの明かりのみで薄暗く、なんだか少し肌寒く感じる。
4畳半ほどの広さのこの部屋は、少し前まで別の誰かが使っていたのだろう。綺麗に整えられており、目立った汚れは見当たらない。
私の他にも同じような目にあった子供がいて、すでにどこかへ売り飛ばされてしまっているのかと思うと考えるだけでゾッとする。
ふと上を見上げると空気を通すための通気口だろうか。天井に格子を嵌められた四角い穴が見える。
一瞬そこからの脱出も視野に入れたが、それは無理だろうとすぐ結論付けた。あんなに小さな穴では幼い子供以外は入れないだろうし、どこにつながってるのかも不明だ。
そんな面倒くさいルートで外へ出るより、今連れてこられた道を行く方が簡単で手っ取り早いに決まっている。
一通りこの部屋を観察した後、壁際にピッタリと横付けされている固そうなベッドに横になって考える。
私と他の子供たちの対応の差、なぜ私だけ対応がマシなのか。私の推測では商品価値が高い順に階級分けされていると思う。そして商品価値の基準はその者の容姿で決まる。
私が属するS級は、熊男のさっきの発言と合わせて考えると、貴族か何かの身分の高い者に売られるっぽい。私のことを高く売れるって言ってたもんね。
それに比べてさっきの子供たちはとても粗末な扱いを受けていたから、奴隷として鉱山か何かに労働力として売られるのかな。髪はボサボサ、服はボロボロでみんな同じような白い衣服を身に纏っていたことからも、私の予想はほぼほぼ間違っていないはずだ。
なんかあいつらの気持ち悪い笑顔を思い出すだけでイライラしてきた。こんな非道なことをどれくらいやっているのか。
ぐ~…ぎゅるる~…
その時私のお腹からなんとも情けない音が響いた。そういえば今は何時なのだろうか。墓地に着いたときにはだいぶ日が傾いていたし、夜になってるかなぁ。ああ、お腹が空いて力が出ない…
考え込んでいるうちにいつの間にか眠り込んでしまっていたのだろう。ガチャガチャと盛大に大きな音を立てて扉が開く音で目を覚ました。見ると熊男がトレーを持って立っている。
「おいガキ、夕飯だ。さっさと食って寝ろよ」
熊男はトレーを床に置いてからそれだけ言い残しすぐに部屋から出て行った。
熊男が置いて行ったトレーの中身はパンと水のみだった。それを見るとどれほど伯爵家で豪華な食事をしていたのかが身をもって分かる。
あーあ、こんな時にいつもの食事のありがたみが分かるなんて。今なら苦手なブロッコリーやピーマンだって美味しく食べられる気がする。家に無事帰れたら好き嫌いせずちゃんと食べよう…
正直食欲がわかないけど、腹が減っては何とやらっていうしね。味気ないパンを水で何とか流し込んで食事をする。うん、見た目通りパサパサでマズい…マズいというかこのパン味がしないんですけど。これは本当にパンなのか。パンの形をした別の何かでは…?
最後の一欠けらを飲み込んだ時、ライファがようやく帰ってきた。私は待ってましたとばかりに勢い込んでライファに尋ねる。
「ライファ、お帰り!何か分かった?」
<アイリス気が早いってば~。いくら僕だって今日の仕事はハードワークすぎるよ…ちょっと休ませてほしんだけど>
あっちにフラフラこっちにフラフラと力なく飛ぶライファの顔色はとても悪い。
「って、ライファ!?大丈夫?報告は後でいいから休んでて」
私がそう言うと、ぐったりしたライファが私の肩に乗ってもたれかかってくる。ここまで疲れ果てているライファはあまり見たことがなかった。流石に無理をさせすぎたかもしれない。なにせ今日は結構長い間精霊術で魔力を消費させてしまった上に、私が休んでいる間の探索をライファ一人に任せてしまったんだもの。
精霊術は基本精霊の方の負荷が大きいとされているし、いくらライファが精霊だからといって無限に魔力があるわけではない。私も夕ご飯が運ばれてくるまでダウンしていたくらいだ。労りの気持ちを込めてライファの頭を優しく撫でてあげる。
しばらくの間そうしていると、
<ありがとうアイリス。少し落ち着いてきたみたい>
と、先ほどよりも顔色が良くなったライファが言った。
<じゃあ早速だけど僕が忘れないうちに報告するよ。僕が見た感じだとここのアジトにはアイリスを連れ去ったあの三人組しか犯人集団はいないね。そしてあの中の魔法を使える奴は貴族で間違いない>
ライファがくれた情報と私の推測を組み立てながら確かなものにしていく。
「予想通りね。ちなみにどこの家の貴族か分かった?」
<そこまでは分からなかったけど子爵家の出身らしいよ>
「そう、ならあの三人のボスは子爵家以上の高い身分の線が濃いわね」
<アイリス、流石にわかってると思うけどそのボスまで特定するのは無理だよ?あんまり首を突っ込むと大変な目に合うってば。そんなことは騎士団にでも任せて置いたら?>
「私にもそれくらい分かってるわ。私たちの目標はこのアジトに捕まっている子供たちを全員助けることだもの。でも少し気になって」
<そういう正義感が強いとこ、アイリスらしいけどほどほどにしてよね。あ、捕まっている子供の数はざっと見た感じアイリス含め22人かなぁ。年齢や性別はやっぱりバラバラ。アイリスくらいの年の子もいるし、もっと小さい子もいる。無差別に攫ってきてここに着いたら階級分けされて、それぞれの部屋なり檻なりに入れられるんだ>
22人か…結構多いな…というか滅茶苦茶多いな…
全員助けるなんて大口叩いたはいいもののなかなか厳しい状況であるらしい。
「ライファ、階級制度についてもっと詳しいことは分かった?」
ライファの話を整理すると大体私の予想通りだそうだ。やはり階級が上の子は貴族に売られ、下の子は奴隷として売られる。階級はC級からS級まであって、C級10人、B級5人、A級3人、S級1人が捕まっているということだ。
あれ?人数合わない。
「ライファ、それだと人数が合わないんだけど。残りの3人はどうなったの」
<あー、それね。階級分けされた子供たちの部屋って入り口から近い順にC級、B級、…っていう順になってるんだけど。アイリスのS級の部屋のさらに奥にもう一つ部屋があったんだ。その部屋にはアイリスと同じ年くらいの少年たちが3人いたんだけど…>
そこで一旦言葉を区切って、悩む素振りを見せながら再びライファが口を開く。
<なーんか訳ありっぽいんだよね。その部屋だけやけに警備が厳重だったんだ。その少年たちの服装はすごく立派で綺麗だったから絶対平民の子ではないね。アイリスと同じで高い身分のご子息たちかも>
(貴族のご子息たちが何やってんのよ)
心の中でツッコミを入れて呆れていると、それが顔に出ていたのか、
<アイリスも人のこと言えないよ?れっきとした伯爵家の娘がこんなとこにいるなんておかしな話だよね>
と、咎めるような目でライファがこちらを見る。
「うぅ、それは分かってるけど…でも今は変装してるから攫われたのよ。いつもの恰好だったとしたらこんなことにはなってないはずだし」
普段の黒髪黒目なら声をかけてくる人はまずいない。逃げる人こそいても近づいてくるなんて、私の経験上ありえない。
<あ、それなんだけど。さっきからアイリス魔法解けてる。服装以外はいつもの可愛いアイリスに元通り☆>
慌てて毛先を自分の手に取って確認する。ライファの言った通り、よく見慣れた黒い髪が目に入った。
「嘘、どうして」
<僕が思うに魔力切れじゃない?今日ずっとその変装のための魔法かけてたし。それに加えて精霊術とオリジナル魔法も同時に使ってたでしょ。そんなのすぐ魔力切れするにきまってるよ>
ライファの言い分は最もだ。通りでさっきから体がだるい。
<っておーい、アイリス、聞いてる?>
ライファの声が遠くで聞こえる。返事をしようとしても体が重く声が出ない。そのまま私はどうすることも出来ずに座っていたベッドへ倒れこんだ。
<もう、仕方ないなあ>
ライファが軽くため息をつく音がする。暖かい何かがふわりと体にかけられたときにはすでに私の意識はなかった。
<おやすみ>
ー監禁生活一日目終了ー




