69、帰還
「"アイス・アロー"!!!!」
大きな声とともに氷の矢が目の前の魔獣の体を貫いた。その衝撃で魔獣の体は真横に吹っ飛び、視界が明るくなる。た、助かった…。放心状態でへなへなと座り込む私の目の前に差し出されたのは、私のより大きくて角張った手だ。
「あ、ありがとうございます…!!」
おずおずとその手に自分の手を重ねると、思いほか力強く引っ張られる。
「無事か?」
そう声を掛けながら、心配そうな顔をするのは会長だった。会長といいルーク様といい、紳士的なところがこの兄弟はよく似ている。この混沌としている戦闘でスマートに女子を助けるなんて、なかなか出来ることでは無い。まるでヒーローみたいな登場の仕方に心を奪われない女子なんて、この世に存在しないんだろうな。私を除いて。
もちろん私も女子だから不覚にもキュンとしたがこの程度で落ちるような勘違い女ではない。
そしてこの時の私はまるで気づかなかった。この一部始終を見つめていた人物がいたことに。
「はい、おかげ様で」
「なら良かった。アイリスは私の後ろに隠れているように。もしまた同じことがあっても助けられる保証はないからな」
「承知しました。では僭越ながら私は会長のサポートに回らせて頂きます。助けて頂いたのでそれくらいはさせてください」
「分かった。しかし無理だけはするなよ」
「もちろんです!」
それからの私達の勢いは凄かった。ついさっきまで私の全力の魔法は後ろにいる生徒たちを守る保護魔法に当てていたのだが、思い切ってそれを解除し会長をサポートする魔法に切り替えたのだ。氷が溶け始めて魔獣たちが解放され始めたのをきっかけに、私はライファから供給される魔力を使い最大限の火力で魔獣たちを押さえ込む。その隙に会長たち攻撃部隊が魔物への集中攻撃をする。そんな組み合わせが上手くハマったようで、少しづつ魔獣の数が減り始め、ついには本体の魔物を倒してしまったのだ。
魔物が倒れたら後は簡単だ。残りの魔獣をみんなで排除し長きに亘った戦闘はこうして幕を閉じた。
「お、終わった…」
「良かった!これで帰れるのね!!」
皆が口々に歓喜の言葉を口にするが、こちらの被害も少なくないというのが現状だ。怪我をした生徒や、魔力切れで倒れている生徒が続出しこれでは1歩も動けそうにない。
かという私も久しぶりにこんな大量の魔力を使ったのでとても疲労していた。魔力切れギリギリであるし、今になって魔物に噛まれた腕が酷く痛む。それもそのはず、簡単な治癒魔法では止血と傷口を塞ぐことくらいしか出来なかったからだ。それになんだか頭も痛いし…。これは記憶を取り戻したことによる弊害だろうけど。正直な所立っているのもやっとで、とてもしんどい。
あ、これ、もうダメかも…。逆さまになる視界に体の踏ん張りが効かない。地面にぶつかる寸前に誰かが私を抱きとめた感覚を覚えたが、意識が朦朧としていた私はその誰かの姿を確認する間もなく意識を手放した。
* * * *
気づくと私は見知らぬ部屋のベッドで横たわっていた。ツンと鼻に来る薬品の匂いや、近くのサイドテーブルに置かれた花瓶や果物の入ったバスケットを見て、ハッキリしない頭でここが病院であることを理解した。
あのあと、私どうなったんだ?確かみんなで脱出して、戦闘して…。そうだ、私たちは魔物に勝ったのだった。そこからはあまり覚えていない。目覚めてからすぐに物事を考えるのはまだ早かったみたいだ。
〈アイリス気づいたの!!!??良かったぁ、僕ずっと心配で心配で!!〉
小さな突風と共に現れたライファが姿を見せるなり泣きながら私の指に飛びついてくる。
「心配かけてごめんね?私は全然大丈夫なんだけど…。あの戦いの後どうなったの?」
〈目覚めてから最初の発言がそれ?まあ、アイリスらしいけどさ。えっとね…〉
私が倒れた直後に、ルーク様たち先行隊を追いかけるようにやってきた聖騎士団が到着し、生徒たちは全員無事保護されたらしい。怪我人は現在私がいるここ、センシア王立病院に運ばれ、それ以外は各々の寮の部屋で休みを取っているのだとか。
〈アイリスの状態は結構酷くてね。もう5日間も眠っていたんだ。他の軽症の生徒は既に退院しているよ〉
「そっか…。思ったよりも慣れない洞窟生活で疲れてたのかも。5日間も眠ってたって聞くと、なんだかお腹が空いてきた」
言い終わると同時にぎゅるる~と私のお腹の音が静かな部屋に鳴り響いた。は、恥ずかしい…。穴があったら入りたいくらい。
〈アハハッ!!それでこそアイリスだよ!待ってて、今果物を向いてあげるから!〉
ライファの話によると私が眠っていた間に生徒会メンバーがお見舞いに来てくれていたらしく、サイドテーブルの果物は彼らからの差し入れみたい。有難くここは頂くことにしよう。ライファが剝いてくれた果物を食べていると、病室のドアを控えめにノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
扉がそっと開いて顔をのぞかせたのは生徒会メンバーの一年生たち、プラスカイルだった。
「アイリスさんっ!?目が覚めたんだね!」
「よかった!!本当に!!」
「アイリスがいなくなっちゃうんじゃないかと思ったら、私…!!」
「まあ私は無事だと信じていましたがね」
そう言いながらベッドの周りに駆け寄るみんなを見ていると、大きな怪我もないみたいで安心した。しかし久しぶりに再会したってだけでそんな大袈裟な…。
「大丈夫だよみんな。もう全然平気だから。それと少し確認したい事があるんだけど、いいかな?」
私の砕けた口調に驚いたのか、全員揃いも揃って目を見開き、口をぽかんと開けている。まあそうなるよね。今までの私はソフィアとカイルくらいにしかこの調子で話したことはなかったはずだから。
なんといって話を切り出せばいいか少しの間逡巡したが、回りくどくなりそうで単刀直入に話を始めることにした。
「私さ、昔にルークやカイル、ディランに会ったことがあるんだ。みんなは覚えてる?」
すると三人は顔を見合わせ、小さく頷きあったかと思うと、ディランがそれを代表して口を開いた。
「やはり、貴女も記憶を取り戻したのですね。実は私たちも今回の戦いのあと思い出したんです」
「ああ、まさかアイリスと知り合いだったなんて、今でも少し信じられない」
「そっか。みんなも思い出してたんだ。でもこれってなんだかおかしくない?みんな揃って同じ記憶を忘れているなんて」
「もちろん普通のことではないはずだよ。実を言うと僕は君たちよりも少し前に記憶を取り戻していてね」
「そうなのか?なんで話してくれなかったんだよ!」
「そりゃあ話そうとしたさ。でも話したところで信じてもらえると思っていなかったからね」
「なんだと!?」
口喧嘩が始まりそうな空気を察してか、この中で一番冷静さを保っていたソフィアがそれにストップをかける。
「皆さん少し落ち着きましょう。一旦言い争いはそれくらいにして、まずはなんでそのような不思議な事が起きているのか考えないと。これは絶対に自然現象で済ませられません。だとすると誰が何のためにこんなことをしたんでしょうか?そもそも一部の記憶を消す魔法なんて存在しませんよね」
そうだ、この出来事のおかしなところはまさにそれなのだ。人間が扱える魔法の範疇を超えている。しかも同時に4人の人間の記憶を消すだなんて。ソフィアの言うように犯人がいると仮定しても、その目的が分からない。
「この中に、誰かに恨みを買っている人物がいるとか?」
「恨み、はよく分かりませんが、事実この4人の家庭を見れば様々な感情を抱くのも無理ありませんね。嫉妬や羨望なんかは当たり前にあるでしょうし、私たちに取り入ろうとする者や排除しようとする者は少なからずいるはずです」
「だとしたら、記憶を消されただけで済んでいることがおかしい。しかも一部だけ。犯人の意図が見えてこない」
考えれば考えるほど謎が深まる一方で、答えが出ないまま時間だけがすぎていった。心当たりがまるでない私たちが話し合っても無駄だと感じたのか、
「そうそう、アイリスさんに今回の誘拐事件の調査結果をまだ伝えていなかったよね?巻き込まれた被害者でもあるし、アイリスさんには伝えておいた方がいいと思って。実は…」
話を切り替えるようにルーク様、もといルークがその調査結果とやらを報告してくれた。




