68、取り戻した記憶
そうは言ってもここには私たち以外の人間はいないし、自分らで対処するしかない。魔力が残っている数名だけなら逃すことは可能だろうが、ここは戦えない生徒がほとんど。どちらにせよ全員で逃げることは出来ないのだ。腹を括ってここで迎え打つしかない。
「みんな、来るよっ!気をつけて!」
人型魔物を守るように、魔獣たちが前に出て飛びかかって来た。
魔獣というのは野生の動物が闇のエネルギーによって体質変化を遂げ、凶暴になった姿である。ということはつまりもともとは唯の動物。その動物の習性を知っていれば簡単に対処できるはずだ。そして目の前にいるのは熊と狼の魔獣。…うん、魔獣化していなくても普通に無理じゃない?これ。
私はありったけの保護魔法を後ろにいる生徒たちにかけ続けた。いくら私の魔力量が多いといえどもこの人数を守るのには相当の魔力を必要とする。このままではどのくらいもつか…。
前衛にいるのは生徒会メンバーとまだ魔力が残っていて動ける生徒たちだ。彼らが全力を尽くしてくれているおかげでこちらにはまだ被害が出ていない。しかしいくら魔獣を倒しても人型魔物の鳴き声ひとつで再び増える魔獣に、こちらの勢力は徐々に押され始めた。
「エリック先輩、このままでは魔力が持ちません。魔獣よりも先にあの魔物を倒しましょう!」
ディランの意見はとても的を得ている。魔獣を呼び寄せる本体を倒さないとこちらが消耗するだけで意味がない。
「そうだね…。よしみんな!魔獣への攻撃は最小限にして奥の魔物を狙うんだ!いいね!」
このようにして攻撃部隊は魔物を狙って魔法を放つのだが、魔物を狙いすぎると魔獣に襲われる。それに魔物は魔獣たちを盾にするように奥へ奥へと隠れるものだから上手く魔法が当たらない。なんとも歯がゆい思いをしている時、
「"フローズン・ウォール"!!!」
凛々しい声と共に地面が一瞬で凍りついたかと思うと、魔獣や魔物の動きが止まった。漂う冷気に体を震わせながら魔法の発信源を見ると、そこには魔物たちの洞窟で足止めをしていたはずの先輩方が。良かった、無事に脱出出来たみたい。
「お前たち、無事か!?」
「遅くなってごめん!」
「ヒーローは遅れてやってくる、ってね!」
先輩たちが加勢に来たことでこちらの士気はとてつもなく高まった。なんせ学園で一番強いとされている会長がいるからだ。
「兄さん、人型魔物は鳴き声で魔獣を呼び寄せる能力を持ってる。まずはそいつを倒すことに専念しよう」
「なるほど、それは厄介だな。さあ、ここからは短期決戦だ。氷が溶けて魔獣たちが解放される前に仕留めるぞ!」
魔獣は氷で身動きが取れない状態だが、あの魔物は一筋縄ではいかない。足にまとわりついた氷をいとも簡単に溶かしてこちらの様子を伺っている。今更ではあるが、あの魔物は私とおなじ無詠唱で魔法を発動できるみたい。
〈アイリス大丈夫!?怪我してるじゃない!急いで治療を、〉
「大丈夫だって!ほら、ちゃんと止血はしてるしまだ動ける。それよりもあいつを倒すのに魔力を使わなきゃ」
〈…分かった、無理だけはしないでね!〉
ライファが戻ったことにより、私の戦闘力は倍になったといってもいい。何せ精霊魔法を使えるし、単純に考えて手札が2倍になったということ。よし、これならいける!
私とライファが会話している間にもこの場はとてつもない緊迫感に押しつぶされそうだった。しばらく魔物との睨み合いが続いたが、それを先に破ったのは会長だ。
「みんな、私の後に続け!行くぞっ!!!」
力強い掛け声と共に、再び攻撃部隊が魔物目掛けて魔法を放ち始める。魔物は保護魔法を駆使したり、反撃で炎の球をぶつけてきたりと色んな魔法で応戦してきたが、流石に一体では全ての攻撃を避け切るのは難しいらしい。先程はまるで当たらなかった魔法がだんだん魔物の肌を掠めるようになり、ついには体にヒットし始めた。劣勢だった立場が逆転していく様を見ていると、頭の中で砂嵐が暴れ始める。
ーザザ、ザー、ザーーバチンッ!!!!
その途端、様々な映像が瞬間的に頭の中に流れ始めたではないか。頭痛を堪えながらよく見ると、そこにはフードを被った少女と、囚われた男子三人組が。
…あれは、私だ。顔が見えないけどそれだけは分かる。それにその三人組は、ルーク様、ディラン、カイルで間違いない。私たちがそこから脱出して街まで辿り着く一部始終の様子が早送りの映像みたいに再生し終わった時、私はその映像が確かに過去に体験した出来事であると自覚した。
なんで私、こんなに大きい事件を忘れていたんだろう?この事件に関する記憶だけすっぽりと抜け去っていたみたいで気持ちが悪い。
そう、私は過去に三人と出会っていた。しかもあんな強烈な出会い方をしていたなんて。考えれば考えるほど、記憶の損傷に疑問符が出る。記憶喪失だとしても、そんな特定の記憶のみ忘れることなんてあるのか?いや、ありえないだろう。私の知る限りでは、記憶を消し去る魔法は存在しても、一部だけを選んで消すことは出来ないはず。
こうして私は考え事に気を取られ、自身の警戒が疎かになっていたらしい。
「危ないっ!!!!」
誰かの声にハッとして顔をあげると、いつの間に氷が溶けていたのか、巨大な狼の魔獣がこちら目掛けて飛びかかってくるのを見た。おそらく私の服に付いた血の匂いで、手負いであることに気づかれたのだろう。
こんな時、人はいつも以上に冷静に物事を捉えることが出来るらしい。魔法の発動が間に合わないことを悟った私の目に映るのは鋭い魔獣の爪である。
あれで切り裂かれたら痛いんだろうな…。私の人生、ここで終わりか。もう少し生きたかった…。
弱気な気持ちばかりが浮かんで、来るである衝撃に身を委ねようとしたその時だ。




