06、決意
私とライファがこの光景を見て結論付けたのは墓地。そう、亡くなった人を弔う場である。
すると突然私の体が持ち上がる感覚がする。
巨大な熊男が私を肩に担ぎ上げたのだ。今の私はライファの眼でものを見ているから目と体が別々の体に切り離されているように感じる。うう、少し気持ち悪いかも。
‟マッチ・ザ・ワールド”にはこんな障害があったのか。使うときはもっと慎重になった方がいいかも、なんて考えていると。
三人は墓石に目もくれず真っすぐに進みだした。どういうことだろう。ここには墓石以外のものなんてありそうにないのに。
不思議に思い三人の行動を観察する。
「それにしても、今日の収穫はこのガキ一人かよ」
「まあまあ、そういう日もありますよ」
「そうさな。いやはやしかし、お主達、良い商品を捕まえたな。この子供はきっと高く売れるぞい」
「そうかよ。高く売れるんだったら文句は言わねえ」
その不穏な会話の内容からして、この男たちはやはり人身売買目的で私を攫ったということが明らかになった。それに彼らは初犯じゃない。いままでどれくらいの少年少女たちを売り飛ばしてきたかを想像するだけで気分が悪くなる。
そんな会話をしながら三人は墓地中央にある大木の前まで来るとヒョロヒョロのっぽの男が一人前に出て大木に手をかざした。
「‟シークレット・ドア”」
するとその大木の根本に下へと続く階段が現れた。
<わお!こんなところがあるなんて!彼らのボスは相当頭が切れる人物かもしれないね>
『そうね。墓地の地下のこんな場所、気づく人なんてほぼいないと思うわ』
素直に驚きの声を上げるライファに深く同意する。確かに墓地は余り人が来ない場所であるし、こんな山奥にひっそりと佇む墓地なんて余計にそうだろう。
それにしても、このヒョロヒョロのっぽは魔法が使えるんだ。つまりこの人に限って言えば、平民の可能性は薄いな。魔法が使える人の大半は貴族だし、平民の子は学校で魔法を習わないから魔力の制御ができる子がほとんどいないはずだ。
三人は慣れた道であるのか、ずんずんと迷うことなく奥に進んでいる。薄暗い道の壁には気持ち程度のランプの明かりが灯っているが、それ以外は何もないひどく殺風景な場所だった。
暫くすると牢屋のような格子状の檻が続く長い廊下が見えてきた。
「ぐすっ、ぐすっ…お母さんに会いたいよぉ」
「こらっ、泣くな!また食事抜かれても知らないぞ」
幼い子供たちの声がする。声のする方を見ると何人かの子供たちが身を寄せ合って檻の中に入れられていた。
やっぱりか。ここは私のように攫った子供たちを一時的に収容するための場所らしい。
「おいっ、そこうるさいぞ!次騒いだらどうなるかわかってるんだろうな」
そう言って熊男は子供たちを睨みつける。怯え切った子供たちは声も出せずふるふると頷いて了解の意を示した。
あんなに小さい子まで捕まっているだなんて。可哀そうに。どれだけ怖い思いをしてきたか、その表情でありありと想像できる。
あーもう!この拘束さえ解けたら何とかなるのに。どうしようもできないこの状況がとても歯がゆかった。
「ところで、このガキは何級だ?」
「その容姿ならS級で間違いないでしょう。年齢もそれなりに高いですし、いろんな用途があるかと」
下卑た笑みを浮かべながらもう一人が言う。
「それにしても全然起きないものよな、この子供は。起きた時の絶望に染まる顔を見るのが楽しみだわい」
(起きてますから!あえて気づかないふりをしてあげてやっているんですけど!)
<まあまあ、アイリス。落ち着いて。どうどうー>
本当にあいつら、覚えときなさい…私を敵に回したことを後悔させてあげるわ。後で絶対強力な一撃をお見舞いしてやる。
三人の男たち曰くS級に分類されたらしい私の部屋はとんでもなく奥にあった。
「おらっ着いたぞ。早く起きろや」
急に目隠しと口に貼られていたテープが外されて、乱暴に肩を叩かれ起こされる。あ、そうだ!急いで術を解かないと。素早く‟マッチ・ザ・ワールド”を解除して視野を自分のそれに戻す。なんか幽体離脱を体験したみたいな感覚…などと関係ないことを考えてから、私はようやく目を覚ましたふりをして声を上げた。
「…ここ、は?」
「ここはお前が暮らす街から遠く遠く離れた場所だ。お前はお前を本当に必要とする屋敷へ行くんだよ。よかったな」
「助けを求めても無駄だよ。この場所は厳重に隠されているからね。誰も来ることはできないのさ」
「ほら、その恐怖で怯え切った顔を見せておくれ」
そんなテンプレみたいなセリフ使う人って存在するんだな。若干引いたけどそういうセリフを言うやつは大体雑魚って相場が決まっている。そういった意味では捕まったのがこの三人でよかったのかも。
三人は私の反応を期待して待っているらしい。こいつらの思い通りになるのは癪だけど、今後の計画をスムーズに運ぶためにもしおらしい少女を演じておくか。
「っ!!…そんな…」
そう言って顔を歪めて涙を少し浮かべる。どうやらこれが最適解だったようだ。
「可哀そうになぁ。俺たちに捕まったばっかりに。せいぜいお前の飼い主が決まるまでここで自由に過ごせよ」
(チョロすぎ…)
熊男は私が何もできないか弱い少女だと思い込んでいるらしい。難なく私を縛っていたロープを外してくれた。
「おいっ!それはいくら何でも」
「何だ?俺のやり方に文句あるのか」
「いや、別に…」
ふーん。この熊男が三人の中で一番発言権が強いのね。ま、どうでもいいけど。
「とにかく、お前はここから出られない。大人しくしておくんだな」
「……」
三人は私の返事を待たずに出て行った。もちろん鍵をかけて。
「はあ、ようやく出て行った。ずっと同じ体勢だったから体が痛い…」
<お疲れ様。でもアイリスは運がいいよ。拘束、解いてくれたじゃん。それにこの部屋、さっきの子たちと随分違った部屋だね>
そうなのだ、私が通された部屋はさっきの子供たちのような檻ではなく、少し狭いが質素な小部屋となっている。固そうなベッドと椅子が一つづつ置かれたその部屋は明らかに対応が違いすぎる。それに私だけ個室なのも気になるな。
うーん、さっき言われてたS級とやらが関係しているのか。
<それにしても。あの人達やけに呆気なく拘束を解いたね。あーあ、可哀そうに。後でどうなるかも知らないでアイリスを自由にして。今からアイリスにボコボコにされる未来が見えるよ。ご愁傷様…>
「もう、失礼ね。私はライファが言うほど強くなんてないのに」
<またまたー、冗談きついってば。というかこの後どうするの。さっさと脱出して帰らないと伯爵家のみんなが心配するよー?>
それもそうなんだけど。私がここに来るまでの間にまだまだ檻や部屋がたくさんあった。ここには結構多くの人数が捕らえられていると考えて正解だと思う。それにあの子たちもちゃんと家に帰してあげたいし。
<ねえ、一応聞くけど、まさかさっきの子たちも助けてあげたいって思ってる?何人捕まってると思ってるのさ。自分のことだけで精一杯なんだからやめときなよ>
(確かにライファの言う通りだ。全員を助けるなんて無茶に決まってる。そうだとしても、私は…)
「そうね。全員を助けるなんて不可能に近い。でも私はあの子たちが捕まっている所を見て、泣いていたあの顔がもう頭から離れなくなっちゃったわ。だから、見て見ぬふりをすることはできない。自分の手で出来ることをやる前から諦めるなんて私の選択肢にはないの。ライファが協力したくないっていうなら私一人で何とかして見せる」
<…はぁ、分かったよ。でも、これは貸しだからね。利子もつけて返してもらうから>
やれやれ、という顔をして根負けしたライファが言った。
「ありがとう!ライファならそう言ってくれると思っていたわ。また力を貸してね」
<はいはいーっと。帰ったらアイリスの手作りチョコレートケーキも作ってよ。この僕が協力してあげるんだからさ>
渋々ながらもライファの協力も得られたことだし早速行動開始だ。善は急げっていうもんね。




