52、束の間の休息
色々なことが起こったグレードウォール学園体育祭であったが、昨日をもって無事に終了することが出来た。
本日から5日間はその振替休日だ。多くの生徒はこの機会に実家へと顔を出すことが通例となっており、特別な理由がない限りほとんどの生徒が学園からいなくなる。私も例に漏れずにただいま実家へ帰省中だ。馬車に揺られながら窓の外を見ると慣れた街の景色が流れていく。
懐かしいというか、入学してから一回も実家へ帰ってなかったからね。学園に来る前は休日に顔を出すなんて両親と約束をしたが、忙しくてそれどころではなかったのだ。そもそも外出申請が面倒くさかったというのも原因の一つではある。
馬車が家の前に止まると、そこにはずらっと懐かしい面々が一列に並んでいた。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
大袈裟だなぁ…。わざわざ外まで出迎えに来なくたっていいのに。
「ただいま戻りました。ところでお父様とお母様は?」
「奥でお嬢様をお待ちしています。こちらへ」
我が家の執事が丁寧な所作で案内してくれる。今日までずっと学園で生活していたからか、こんな大層な待遇は久しぶりでなんだかむず痒くなる。応接室へと向かうと、そこには前となんら変わらない仲睦まじい両親の姿が。我が親ながら本当にすごい。あの年齢まで普通のカップルみたいにイチャつけるなんて。
「お父様、お母様、只今戻りました」
「あら、アイリス。意外と早かったのね」
「久しぶりだなぁ。アイリス、少し背が伸びたんじゃないか?」
一息ついてから私は学園に入学してからの話を簡単に報告した。それを聞いた両親はどうにか娘が上手くやっているようで安心したようだ。私が学園生活に馴染めるかどうか、私以上に気にしていたくらいだから今回きちんと報告出来る機会があって良かった。
一通り話終えた後、そろそろお開きにしようということになり席を立った瞬間、私の服のポケットからハンカチが落ちた。そう、あのハンカチである。急いで拾おうとすると、私の手より先にお母様がそれを拾い上げた。
「あら、アイリスちゃんってこんなハンカチ持っていたかしら?」
「えっと、それは貰い物で…」
なんだか気まずくなって語尾を濁す。その様子を見たお母様は、途端に目をキラキラと輝かせて、
「あらあらぁー!まぁまぁそういうことなの!?で、お相手はどこの誰!!??」
とんでもない勢いで食い付いて完全に恋バナを楽しむ乙女モードへと突入した。嬉しそうなお母様とは対照的にお父様の顔は引き攣り、固まってしまう。
「やっぱりアイリスちゃんが学園に通うことになって正解だったわねぇ。このまま婚約者が出来なかったらどうしようかと思っていたところだわ!」
「…有り得ない。うちのアイリスに…恋人??そんな訳ないだろう!アイリスにはまだ早いっ!!」
現実受け入れられないお父様はとうとう発狂してしまった。…こういうことになるのが予想出来たから交友関係はかいつまんで話をしたというのに無駄だったみたいだ。
一度席を立ったお母様は再びソファへと座り直し、お父様は顔を青くして部屋から出て行ってしまう。
その後は皆も大体想像がつくだろう。お母様の質問攻めに合い、根掘り葉掘り聞かれてもうクタクタだ。
ようやく解放されて自室へと戻ると今度は私の契約精霊のライファがプンプンした様子で現れる。全く次から次へと…。
〈アイリス〜僕ずっと一人で寂しかったんだよー?なのになんでこういう時まで構ってくれないのさ!〉
「ごめんごめん、ちょっと忙しくてさ」
〈忙しくてさ、じゃないよー!今日という今日はちゃーんと僕と遊んでもらうからね!!〉
そうして午後の自由時間はライファとくたくたになるまで魔法を酷使して遊んであげた。大精霊であるライファについていけるのは私くらいなもので実質的にライファの遊び相手は私以外いないから仕方ない。
こうして私は体育祭以上にぐったりして帰省初日を終えた。
翌日の朝。小鳥の囀りを聞きながら優雅に起床した私だったが、そんな気分をどん底に叩き落とすような知らせを私付きのメイド、マリンが運んできた。
「アイリス様ー!!既にお目覚めですか?大変です!今朝方、王宮からアイリス様宛のお手紙が届いておりまして!」
…王宮から、私宛の手紙?思い当たる人物なんてあの人しかないだろう。せっかく学園のいざこざを忘れて家族との時間を過ごしていたというのに何水を差してくれてるんだ、あの王子様は。
若干不機嫌になりながらも無駄に豪華な便箋の封をペーパーナイフで丁寧に開けると、やはりルーク様からの手紙だった。
「親愛なるアイリス・アルベルン伯爵令嬢へ。
今回は体育祭の運営にご協力いただき、誠に有難うございました。つきましてはこの振替休日の間に、皆様の奮闘を讃え、王宮でのお茶会にご招待いたします。当日は生徒会メンバーと親しい者のみの気楽なお茶会にする予定です。ぜひご参加下さい。
ー追伸ー
君の親友であるソフィアさんからは既に参加の意思表示をもらってるよ。君が来なかったら彼女も悲しむと思うから、来てくれると嬉しいな。
ルーク・センシア」
…これは新手の脅迫か何かか?ソフィアを人質に取るなんてあんまりだ。そうやって書けば私が絶対来ると分かってるような文章も鼻につくし。なーにが来てくれると嬉しいな、だよ。
心の中でぐちぐちと文句の言葉が溢れるが、とりあえず行くことは確定した。そうと決まれば思いっきり楽しんでやろうじゃない!!
何気に他所のお屋敷へお邪魔すること自体が初めてなのだが、その初めてが王宮からなんて、誰が予想出来ただろうか。




