51、告白未遂
※カイル視点
しばらくの間彼女の姿を探してキョロキョロしていると、人気のない廊下の窓枠に座っている彼女を発見した。なんだか物思いに耽っているような、そんな浮かない顔をしている。
「こんなところにいたのか。探したぞ」
「探したってどうして?」
いつもの明るい表情ではなく、少し影がかった目を向けられて緊張感が走った。しかしそれに怯むことはせずに話を続ける。
「あの、さ。今日の大会、まさかアイリスが見にきてくれるなんて思わなかった」
聞けば救護班の仕事が一段落した後、生徒会の先輩が連れてきてくれたんだと。その先輩には全力で感謝するしかない。彼女のおかげで勝てたようなものだから。男の意地としてあそこで負けられなかったから。俺の身の上話を真剣に聞いてくれる彼女は、すっかりいつもの彼女だ。さっきの憂いのある表情の意味はなんだったんだろうか。わずかに疑問を抱いたが俺が首を突っ込むことではないだろう。
「俺、今回の大会、絶対に優勝するから。だからこれ、持っててくれないか?」
そう言って取り出したのは向日葵の刺繍が小さく入った綺麗なハンカチだ。受け取ってもらえるかどうかドキドキしていたのは俺だけで向こうはなんの気無しに普通に受け取った。
まさかとは思うが、これの意味するところを知らないのだろうか?…いや、アイリスなら有り得る。というかむしろ知らないに決まっている。知らないならそれでいいけど。
とにかく受け取ってもらえたという事実に安堵して、
「決勝戦はまた観に来いよ、約束だからな!」
と、ちゃっかり約束を交わした。そうして彼女と別れてから、頭を空にするためにも練習用の広場へと向かい素振りを続けた。
それからの俺は絶好調で、いくつかの試合を勝利で納めた。あと一つ、最後に残すのは決勝戦のみ。アイリスにああ言った手前、絶対に負けられない。そんな重要な試合の相手はルークの兄で生徒会長であるオーウェン・センシアだった。俺は精一杯の全力で挑んだ。
…だが、負けた。全然敵わなかった。あんな大口叩いといて負けるとか、まじで有り得ねー…。自分自身に失望して一人控え室に残った。俺以外誰もいないその空間にいると、本当にどうしようもなく惨めで情けなくなる。
すると、入り口の方に人の気配を感じた。
くそっ、こんな時に誰だよ。一人にさせてくれよ。そう思ったがそこにいたのは彼女だった。
「…ごめん、私。今大丈夫?」
正直に言うと大丈夫ではない。こんな姿、好きなやつに見られたくない。でも彼女の優しさにどうしようもなく縋りたくもなってしまう。反比例する気持ちとは裏腹に、俺は彼女を部屋へ招き入れた。
するとやっぱりと言うべきか、俺のつまらない愚痴を聞いた彼女は俺のやってきたことを肯定してくれた。それだけで、救われたような気になる。もし彼女意外の人物に慰められても、同じように素直に受け取れなかっただろう。
前向きになったところへ水を差すかのように、アイリスが俺が先程渡したハンカチを取り出してこう言う。
「あのさ、これの意味、カイルに渡された時は知らなかったんだけどね。ルーク様に...教えてもらったの。だから、」
話し出した彼女の心は既に決まっているみたいだった。やっぱそのことだよな、てかなんでバラしてんだよあいつ。NOの返事を聞きたくなくて、俺は半ば無理矢理その話を遮った。こんなところで終わらせてたまるかよ。
「ごめんだけど、俺、お前のこと諦めるつもりないから。だからここで返事はさせないよ」
思いがけず強い口調になってしまい、彼女の肩がビクッと震えた。怖がらせた、か…?
「それにアイリスが俺のこと、そういう風に意識してないことは分かってた。受け取ってもらえたのが嬉しくて、つい浮かれてたんだ」
男として見られたくて、意識して欲しくて。友達の距離では我慢できなくなってしまった俺は、彼女を壁際へ追い詰めそっと手をついた。その近さのためか、腕の中の彼女はいつもの友達としての顔ではなく、少し困っているような、緊張しているような、そんな表情を浮かべている。微かに耳が赤くなっているのは気のせいではないだろう。
…やばい、可愛すぎる。俺の言葉で態度で、思考を乱す様子が、頬を染める表情が。いつもの強い彼女が俺のせいでただの女の子になったみたいだ。なんとも言えない優越感に浸りながら、初めて見る彼女の姿を脳裏に焼き付けた。
今まで散々やられてきたんだ、このくらいの仕返しくらい許してくれるだろ?
「本当に一ミリも俺のこと眼中にない?」
「だって、カイルは友達で…」
今まではそうだったんだろう。でもこれからはきっと違う。変えてみせる。
言い訳めいた弁明をする彼女は、どことなくいつもより幼く見えた。友達でいることがどのくらい彼女にとって重要なことなのか俺には分からない。だが俺はその一線を超えたいと思ってしまった。彼女との幸せな未来を見たくなった。
こんな場面だというのに、彼女の瞳は俺と見つめ合っているようで、どこか意識を遠くへやっているようだった。
はぁ…こんな時まで他のこと考えるとか、有り得ねーんだけど。まぁ、アイリスらしいといえばらしいのだが。
なんだか悔しくて、それが俺の負けん気に火をつけた。絶対に振り向かせてやる。
「今はそうでも、これからはそういう風に俺のこと見て、ちゃんと考えて。ずっと俺のことだけ意識しろよ」
最後の一押しとばかりに彼女の赤くなった耳元でそう囁いた。するとどうだろう。焦点の合わなかった瞳に光が差し、本当の意味で目が合った。
「アイリスを困らせることは分かってる。だけどそれぐらい俺が本気なんだってこと、分かって。いずれまたちゃんと言わせて欲しい。そのときが来るまで、俺頑張るからさ」
俺の気持ちは届いたのだろうか?少なくとも俺の切実さは伝わっていると思う。
せいぜい俺のことで頭が一杯になればいい。それで上手くいくなら万々歳だ。
今は告白しないよ、まだ、な。
※次回から主人公視点へ戻ります




