50、初恋
※カイル視点続き
この不思議な感情に確かな名前がついたときは、とある一場面を目撃した時だろう。
それは、体育の授業で体育祭に向けての練習が行われるようになった時だ。俺は騎馬戦と借り物競争に出場するのだが、借り物競争は当日にならないとお題がわからないため練習する必要がない。なので騎馬戦の練習に参加していた。
ちなみにアイリスは男女混合二人三脚だ。その時点で少しモヤっとしたものの、アイリスのペアのクラスメイトはなんだかパッとしないような奴で、ギクシャクとしているのが目に見えて分かり少しほっとした。
そんな俺の安寧も束の間、ルークが俺の横を通り過ぎ、彼女の方へ歩いて行ったではないか。目の前の光景に激しく動揺し、固唾を飲んでその様子を見守る。ここからでは遠すぎて、何を話しているのか分からない。しばらく会話をした後に戻ってきたのは、先ほどまでアイリスのペアだった男子だ。そいつに話を聞くと、ルークと種目を交換したんだとか。
練習を再開しながらもずっと二人の様子が気になってまるで集中出来なかった。ちらちらと視線を送ると、ルークは見るからに楽しそうな表情を浮かべており、あいつが言ったことに対して彼女は顔を歪ませた。基本人前で猫を被っている彼女は、常に笑顔を絶やさないはずだがルークの前では違った。抱いた嫌悪感を隠そうともしていない。彼女のああいった顔を見れるのは俺だけだと思っていたのに。…俺だけじゃなかった。
頭を殴られたような衝撃が走ると同時に、得体の知れないドス黒い感情が沸きだした。此れを嫉妬と言わずしてなんていうのだろう。彼女の言葉一つで気分が浮き沈み、彼女の一挙一動が気になって仕方ない。俺に向けられる優しさに胸が熱くなり、他の男と話しているとムカつく。
俺は気づいてしまった。この感情の名前を。そう、これが恋だ。
…俺はアイリスのことがどうしようもなく好きだ。そう認めてしまえば喉につっかえていた何かがストンと落ちて途端に呼吸がしやすくなった。
…恋ってもっとキラキラとした美しいものだと思っていた。だというのに実際のところはそんな綺麗な感情だけで成り立つものではなく、黒い感情も含めて恋なのだろう。憧れ、嫉妬、羨望、憎悪、独占欲…。あげればきりがないほどの沢山感情で溢れているのだ。
加えて俺の初恋の相手ときたら…。なんて無謀な恋をしてしまったものかと乾いた笑いが漏れた。ライバルは多いし家庭も複雑、おまけに世間知らずな箱入りお嬢さまだぞ。もっと他にあっただろうに…。だからといって好きになってしまったものは仕方ない。
体育祭の開催日が近くなると、アイリスは本来の生徒会の仕事に戻り、サークルに顔を出さなくなった。少し寂しく感じるが幸いにも同じクラスだった俺は毎日彼女に話しかけた。
アイリスは目立つことを嫌いに思う傾向があり、俺が教室内で話しかけると少し困ったように眉を寄せる。しかしここは耐えてもらうしかない。俺のこの行動には他の男子に対する牽制の意味もあるのだ。特にルークには。
ルークという男はクラスの人気者であるが、あれでいて周りとは一定の距離を保っている。そんな風に踏み込むことを怖がっている奴なんかに負けてたまるかよ。俺が彼女と話している時には常に不安そうな顔をしているくせに、ふと目が合うとにこっと笑い返してくるんから、ほんとに何がしたいのやら。
そうして日々は過ぎあっという間に体育祭当日を迎えた。今日は二日目の剣技大会の日である。大会に備えてウォーミングアップをしている時、ふと昨日の運動会での出来事が脳裏によぎった。
それは借り物競争での出来事だった。俺が引いたお題はなんと、気になる人だったのだ。ここでアイリスを連れて行けば、好きだといっているようなものだろう。かといって他の生徒を連れて行ってあらぬ誤解が生まれることは避けたい。一瞬悩んだものの、その躊躇いを捨てて迷わず彼女の元へと駈け出した。
驚く彼女を無視して連れて行ったのだが、少し強引すぎただろうか。いや、強引という意味では俺よりもあの先輩だ。あろうことか彼女を横抱きにしてゴールした様は一気に他の生徒の注目を集め、俺の脳裏にもその姿は鮮明に刻まれている。
…はぁ、知ってはいたが、彼女はあれでいて結構モテるらしい。どんだけ俺を不安にさせれば気が済むんだよ。
しかし今日はそれどころではない。父の手前、負けられないし、集中しなければ。俺の父は聖騎士団の元騎士団長なのだ。父の息子として周りの期待をかけられている分、中途半端な事は許されない。
だというのに初戦の相手の名前を見て頭を抱えた。俺の相手はまさかのルークである。…これはまずい。なぜなら俺は今までで一度もこいつに勝てたことないのだ。
どことない不安を覚えながらも時間は経ち、気づくと俺たちの試合が始まろうとしていた。観客席のどこがで見ているであろう父のプレッシャーを背中に受けながら前方へ進み出る。
審判の合図とともに俺は勢いよく飛び出しルークへ切り掛かったが上手くかわされてしまう。そのまま拮抗した試合がしばらく続いたが、その終わりは唐突に訪れた。抉れた地面に足を取られ、俺が大きく体勢を崩したからだ。こんなチャンスを見逃すようなルークではなく、一気に距離を詰められた。
ああ、終わったな…。諦めかけてそのまま身を任せようとした時、
「危ないっ!!!」
聞き覚えのある声が聞こえて、反射的に顔を向けると、一番試合を見て欲しかった人がそこにいた。不安そうな顔をしている彼女を見て、ここで負けらんねーと思った。こんなカッコ悪いとこなんて見られてたまるか!
「くそっ!!」
気合いでルークの攻撃を交わした。その後のことはあまり覚えていない。無我夢中で剣を振り、気づくと彼の剣は地面に落ちていた。
「勝者、カイル・フレディクト!!」
…俺が、勝ったのか。あのルークに…!嬉しいはずなのにその余韻に浸る間もなく観客席の方を振り返る。するとそこにいたはずの彼女はもう席を立っており、その後ろ姿が遠くなっていく。俺は急いでその後を追った。
※カイル視点もう少し続きます




