05、辿り着いた場所
ガタゴト、ガタゴト
(…う、うーん…あれ?ここは…どこ?私あの後どうなったんだっけ)
ぼんやりした頭で何が起こったのか、今の状況を整理する。
そうだ、私はライファと一緒に下町リコーラに来ていたんだった。
それから、大通りを外れて路地裏に入って後ろの足音に気づいた途端、急に意識が飛んで…
後ろから襲われたために犯人の顔を見ていなかったのが悔やまれる。しかしあの人気の少ない道で子供を攫ってやることは一つしかない。犯人の目的は人身売買だろう。まさか私が襲われるなんて思わなかった。
普通の人はこんなことになったらパニックになるだろうけれど私の懸念事項はそこではない。
(お母様、きっとものすごく怒るだろうな…なんとかして言い訳を考えないと)
なんでこんな時まで冷静でいられるかって?理由は簡単。
私は子供といっても魔力量が人より多く、それなりに魔法が使えるからだ。いざとなったら犯人を軽くぶっ飛ばして家に帰ろうとすることも不可能ではない。
ではなぜそうしないかというと…私の体はロープのようなものでグルグル巻きにされていて口はテープを張られており、挙句に目隠しまでされている始末だ。これでは魔法を使うに使えない。
そしてさっきからガタゴトガタゴトと伝わってくる衝撃から、私は今何かの乗り物で移動中ということがかろうじて分かった。
(ていうか、ライファは!?こんな時までどこに行ったのよ)
自分の相方の不在にグチグチ心の中で文句を言いながら待つ。体をよじったりして何とか拘束を解こうと試みるが無駄だった。むしろロープが余計食い込んで痛かったから、諦めた。
ーその数分後ー
<あ、アイリス、やっと起きた~。僕、待ちくたびれちゃったよ>
のん気に欠伸をしながら声をかけてくる精霊がいた。
『待ちくたびれたじゃないわよっ。私が大変な目に合ってるときにいないなんて。ありえないんだけど』
心の中で強く念じてライファと会話する。
この技は精霊と契約している者にしか使えないもので、自身の契約精霊以外とは出来ない。ついでに、精霊は普通契約者以外が目視することは叶わず、その精霊が自ら姿を現すとき以外は一般の人には見えない。だからこうして犯人の目を盗んで会話できる訳だけど。
<そんなに怒んないでよー。お詫びに僕の眼、貸して上げるからさ。その状態じゃ何も見えないでしょ?>
『言われなくても借りるつもりでいたわ。じゃ、遠慮なく』
体内にある魔力の流れを感じてライファのそれと結びつけるイメージをする。
『‟マッチ・ザ・ワールド”』
詠唱を心の中で唱え終わった瞬間、視野が高くなり開ける。
これはその者の視界を共有する術。つまり私は今ライファの視界を借りている状態にあり、ライファが目に映した全てが私の目にも映るということだ。
魔法が使えなければ代わりのもので状況を打破するしかない。
そこで私が使ったのはライファと私の魔力を合わせて使う精霊術である。そして精霊を通して魔法を使う人のことを精霊術師と言う。
私はこれでも精霊術師の端くれだから、同じく精霊術師のウォーレンさんに習った。こんな時に役立つなんて、ありがとうウォーレンさん。
っと、そんな場合じゃないんだった。ライファの視界から素早く周りの様子を観察する。
えっと、犯人らしき人物は三人組で大柄な熊男とヒョロヒョロのっぽ、後は荷馬車を操縦する老人。私の予想通り荷馬車の裏に私が転がされている。
それにしてもここはどこだろう。見たことない道だしおそらく都心から遠ざかっているんだろうな。
さっさと魔法をぶっ放して帰りたいけど、私の体がもう少し自由にならないと厳しそう。仕方ない、こうなったら大人しくアジトまで連行されるしかないか。
だからと言って大人しく連行される気は毛頭ない。よーし、ここはあれの出番ね。
『‟メモリアル・ブック”』
再び心の中で詠唱を唱え、頭の中に分厚い本をイメージする。
要するに辞書みたいな本だ。それをパラパラとめくり、新しい白紙のページを開く。そして今私がライファの眼を通して見ている風景をそのページに強く記憶する。
魔法は想像力が全てといっても過言ではない。だからこの風景をどれだけ細かくはっきりイメージ出来たかでこの術の完成度が決まる。
まあ、それについてはあまり心配はしていないけど。小さい時から読書は好きだったし、そのおかげで鍛えられた創造力は人並み以上だと自負している。
ようは帰り道が分からないのでこうして来た道を記憶しておくのだ。この道を真っすぐに戻れば、無事元の場所に帰れるはず。
…でも、私が気絶している間のルートは分かんないんだけどね。まあ、何とかなるでしょ。
ちなみにさっき使った‟メモリアル・ブック”は私のオリジナル魔法だから、他の人には使えない。物理攻撃系の魔法はこのグルグル巻き状態じゃ使えないだろうけど、これは自分の精神に作用するものだからね。
やっぱり当たり、か。試してみてよかった。
<アイリスー。もうそろそろ敵のアジトに着くみたいだよ>
そんなこんなで数時間荷馬車で移動した後、ガタンッと大きな音を立てて止まった。
ひっそりとした山奥、小鳥の鳴き声が聞こえる。
うーん、長閑でいいところだ…
じゃなくて!何、ここ。
ライファの眼を借りて見た光景は私の予想を遥かに超えたものだった。
そこにあるのは見渡す限りの石、石、石。石が所狭しと綺麗に並んでいる。
正確な長方形で出来た無機質なそれは、一つ一つに人名と思われる文字が刻まれていた。
『ねえ、ライファ。ここってもしかしなくても…』
<うん、墓地だね>




