47、会長の思い
「別に構いませんわ。そこまで気にしていませんから」
「いや、本当にすまない。レディに対して失礼だったな。これで許してはくれないか?」
今もなお笑いながらそう言った会長は、私の手をそっと取ると硬い金属製の何かを握らせた。開いてみると百合の意匠が施された小ぶりのブローチだった。シンプルなデザインだがそれが逆に洗練された雰囲気を醸し出している。それにしても今日は何かと物を貰う日だな。
「何か困りごとがあればそれを見せるといい。色々と役立つ筈だ」
「本当にこんな高価そうな物をいただいてしまってもよろしいのですか?」
「ああ、私が持っていても役に立たないからな。それにそんな物で君の機嫌が取れるならお安い御用だ」
少しキザな台詞も会長が言うと違和感がないから不思議だ。というかこのブローチ一つでそんな権限があるなんて、怖すぎて使うに使えないんだが…?使う時が永遠に来ないことを祈ろう。
「先程の話に戻るが、それで興味が湧いたんだ。話を聞けばルークと同じクラスだというし、頭脳明晰でもある。実力もなんの問題もない。
それともう一つ、君を勧誘したのには大きな理由がある。失礼を承知で言うが、君のその容姿だと、今までの人生なかなかに生き辛かったのではないか?それがどことなく私たちと似た物を感じたんだ。君の友人であるソフィア・ミッチェルに対しても、だ。
我々みたいな者たちは他の者には理解されにくいことが多い。だからそんな君たちの受け入れ先になればと思ったんだが、余計な気遣いだったか?」
こうして会長の意図を聞いたのは初めてだ。思いがけない言葉に多少驚いたが、彼の真っ直ぐな嘘偽りない想いは直接私の心に響いた。私の気持ちを少なからず理解できる会長が言うからこそ、その言葉一つ一つに重みが乗るのだろう。どこまでも優しいその心遣いになんだか胸がいっぱいになる。
それと同時に納得もいった。確かに今の私にとって、生徒会の仕事やその関わりは心の拠り所になっている。きっとソフィアも同じように思っているはずだ。全てが会長の予想通りってわけね。
「いえ、お気遣いありがとうございます。確かに生徒会のお手伝いをさせて頂いてからは毎日が充実しています。会長はなんでもお見通しなのですね」
「感謝されることは何もしていない。それにルークとも仲良くやってくれているようで安心した。あいつの周りには人が沢山集まるが、心を許せるような相手は少ないだろうからな。よければ今後も仲良くしてやってくれると嬉しい」
そういえば先日、同じようなことをカイルにも言われた気がする。実の兄弟である会長が言うんだから、私が最初に思った通り、ルーク様はどこか周りの人間に対し一線を引いている気がしたのは勘違いではなかったみたいだ。
「ええ、ルーク様さえ良ければ、ですれけど」
「それについては問題ないと思うが?まあいい。私はこれで失礼するよ、少々長居しすぎたようだ」
会長がいなくなった後、改めてルーク様について考えてみた。どうして今みたいな振る舞いをするようになったのか、理由がある筈だ。私がいくら考えたところで分かる訳がないが、それほど何か深い闇があるような気がする、ただの勘だけど。
それに人と距離を取っているとはいえど、私に対してズカズカとくる印象もあるしな。本当に何を考えているのやら…。
「ようやく見つけたよ〜!こーんなところにいた!!
早くしないと決勝戦始まっちゃうよ!」
一人考えに耽っていると、オーネット先輩がわざわざ私を迎えに来てくれた。言われるがままに連れられて、私は再び先程の観客席へと戻った。
「それにしてもアイリスちゃん、あの試合の後気づいたらいなくなっててびっくりしたよ!カイル君が慌てて探しにいったから合流してると思ったけど、全然帰って来ないんだもん。もしかして彼とは会えなかったのかな?」
「いえ、ちゃんと会えましたよ。あの後もう一度救護班の待機場へと戻って仕事をしていたんです」
「ふーん、それにしてはあんなところにいたけど?」
「それは、まあ、色々とありまして…」
「ま、別にいいんだけどさ。それにしてもアイリスちゃんって方向音痴だよねー。今度からどこか行く時は必ず誰かに伝えてからにしようね」
子供扱いされているようで腹正しいが実際その通りすぎて何も言い返せない。…うん、今度からは気をつけよう、という固い意思を抱いたところで会場のアナウンスが入った。
「只今より、決勝戦を開始する。両選手、前へ!!!」
会場の両端から現れたのは全大会の覇者である生徒会長と、宣言通り決勝まで駒を進めたカイルだ。
「へぇー、あのカイル君がねぇ。やっぱり血は争えないってやつか」
納得の表情でオーネット先輩は呟いた。
「………???
それってどういう意味ですか?」
「あれ、アイリスちゃんは知らないんだ?カイル君のお父さんはね、もう引退されているけれどこの国を守護する聖騎士団の騎士団長だったんだよ。そりゃあ息子であるカイル君も強いわけだよねぇ」
知らなかった。全く。私という人間はどうやら貴族間のそういったゴシップに疎いらしい。
それというのもこの年になって尚、私は社交界デビューをしていないため貴族同士のコネがまるでないからだ。そんな私に他所の家系のあれこれなんて知る由もなく。
一般的にほとんどの貴族は10歳前後で社交界デビューを果たすから、学園に入る前に既に顔見知り同士であるというのに、私の場合はどうだ。今までの暮らしを振り返って見ると、どう考えても普通ではない。これが理由で入学して早々に仲良しグループが出来上がっていたのは自然のことであり、私が孤立していたのも当たり前のことなんだろう。
どうしようもない疎外感を覚えて肩を落としていると、
「まあそんなこと知らなくたってどうとでもなるし大丈夫だよ!これから知っていけばいいんだから」
先輩がテキトーな励ましをしてくれた。今更何を思ってももう遅いのだから仕方ない。私は気を取り直して前を見つめた。
「それではオーウェン・センシア対カイル・フレディクトによる最終試合を行う。両者、構え!!開始っ!!!」




