45、試合開始
「これよりルーク・センシア対カイル・フレディクトによる第五回戦を開始する。両者、構えっ!開始!!」
審判の掛け声と共に先陣を切ったのはカイルだ。強い踏み込みでルーク様の眼前に迫ると容赦なく剣を振りかぶる。反対にルーク様はどこまでも冷静で、カイルの先手必勝の攻撃を華麗に受け流した。
ーーカキィーン!!!ーー
剣と剣がぶつかり合う激しい音に空気が振動し耳が痛い。そうして両者一歩も引かず、拮抗した戦いが続いた。
そんな勝負の天秤が傾くのは一瞬の出来事だった。激しいぶつかり合いのためにえぐれた地面に、カイルが足を取られてバランスを崩したのだ。そのチャンスを見逃すようなルーク様ではない。今までこれといって攻めなかった彼が体勢を整え一気に距離を詰めたのだ。
「危ないっ!!」
思わず声が出た。別に大会で使われる剣は真剣ではないことは分かっていたし、あの一太刀をまともに受けたところで大怪我はしないだろう。でも何故だか反射的に大きな声を発していた。
そんな私の声が届いたのか否か、カイルのコバルトブルーの瞳がこちらの姿を捉えたように感じた。
「っくそっ!!!」
上手い具合にその攻撃を避けたカイルが受け身を取って躱した。
…良かった、無事で。
そこからの展開は早かった。ルーク様渾身の一撃を躱したカイルは即座に身を起こし、反撃に出たのだ。心なしかカイルの勢いが急に増し、一太刀一太刀の重みが増す。ついさっきまでは余裕で攻撃を受け流していたルーク様が、次第に受け止めきれなくなり、ついにカイルの剣がルーク様の剣を弾き飛ばした。
「勝者、カイル・フレディクト!!」
ワァーッと言う歓声が上がる中、カイルはすぐにルーク様に近づいて手を差し伸べる。そんな二人の勇姿を讃えるように、観客たちの拍手で会場が包まれる中、私は一人静かに席を立って会場を後にした。
一人であてもなくフラフラと歩いていると、どうやら迷子になったらしい。重度の方向音痴である私は、待機場への帰り道が分からなくなってしまった。
…そういえば前にもこんなことがあったような。本当に学習しないな、私は。
自分自身に呆れながらもとりあえずどう戻るか冷静に考えることを試みた。腰をかけられそうな窓枠の凹みに飛び乗って一息つく。
それにしてもなんで私はあの時声を出したのか、なんで二人の姿を見て心が騒いだのか…。自分の行動が理解出来なくて、不安になった。考えることは山程あるが、どれから手をつければいいのかわからない。
しばらくそうして一人でいると、
「こんなところにいたのか。探したぞ」
気づくとカイルが私の目の前に立っていた。なんで探していたのか定かではないが、ようやくこれでもとの場所に戻れそうだ。
「探したってどうして?」
「そりゃアイリスが試合の後フラフラどこかへいくのが見えたから。心配になってアイリスと一緒にいた先輩に聞いたら知らないっていうからさ。それに俺、少し話したいことがあって」
普通に考えたらルーク様に勝利したカイルはまだ試合が残ってるはずだ。だとというのにわざわざ探しに来てくれたのか。なんというお人好しだろう。
でも、何も言わずにいなくなった私も悪いから私のせいでもあるか。少し反省。
「そっか。探させて悪かったね。それで話って?」
謝罪の意味を込めて真っ直ぐ彼の目をみて話すと、ふいっと視線を逸らされた。
「あの、さ。今日の大会、まさかアイリスが見にきてくれるなんて思わなかった」
そりゃ救護班の仕事があるからね。本来なら見に行けないはずだし。
「救護班の仕事が一段落ついた時、先輩が迎えに来てくれたんだよ」
「そっか、じゃあその先輩には感謝しないとだな」
そう一言ポツリと漏らすと、カイルは過去を懐かしむような遠い目をして語り出した。
「知ってると思うけど、俺、ルークとは幼馴染でさ、昔からよく手合わせしてたんだ。でも勝てなかった。いつも俺が無鉄砲に突っ込んで、ルークに冷静に躱されるのがいつものパターンで。
今日も俺、バランスを崩したときもうダメだって思ったんだ。でもその時アイリスの声がして。なんだか負けるなって言われてるような気がしたんだ」
ありのままの心情を吐露するカイル。あまりにも真剣な様子にこちらも真面目に耳を傾けた。
「それで、さ。アイリスにはかっこ悪いとこ見られたくねーなって思って。無我夢中で剣を振ったんだ。そしたらいつの間にかルークの剣を弾いてた。だから今日の勝利はアイリスのおかげ」
「そう、かな。カイルが諦めずに頑張ったからだと思うけど」
「いいや、誰が何と言おうと俺がそう思いたいんだからそうなんだよ」
カイルはそう言うと、ポケットの中に手をやり、向日葵の刺繍が小さく入ったシルクのハンカチを取り出した。
「俺、今回の大会、絶対に優勝するから。だからこれ、持っててくれないか?ほら、汚れたりするとイヤだろ?だからアイリスに持っていて欲しいんだ」
「そういうことなら預かるよ。試合、頑張ってね」
ハンカチを手渡したカイルはなぜかほっとしたような表情になり、
「決勝戦はまた観に来いよ、約束だからな!」
なんて朗らかに笑った。
カイルはまだ次の試合が残っているということで、私はそのまま途中まで道案内してもらい、そこで彼とは別れた。
ちょうど私が選手控室の前を通りかかった時、ルーク様が出てくるのが見えた。
「あ、アイリスさん」
「ルーク様!お怪我は大丈夫ですか?もしよろしければ救護班のところへ、」
「いや、それほどの怪我ではないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
私を安心させるように微笑んだルーク様だったが、私の手元に目をやると、一瞬で険しい顔になった。
「ところで、それ。誰にもらったのかな?」
それとはおそらくカイルのハンカチのことだろう。
「えっと、先ほどカイルから…。これがどうしましたか?」
「へえ、あのカイルが、ねえ」
含みのある言葉になんだか背筋がゾワっとする。それになんだか、ルーク様の様子が変だ。浮かべている表情は笑顔なのに、まるで怒っている、かのように感じた。
「まさかとは思うけどさ、アイリスさんってそのハンカチの意味、知らないわけじゃないよね?」




