44、剣技大会
このように様々なことが起きた運動会ではあったが、無事に全ての種目が終了した。結果は言わずもがな。三年生の生徒会長が属するクラスが優勝したようだ。
後片付けをしながら今日一日を振り返ると、私の黒歴史が増えただけで何の成果も得られなかった気がする。まあ初めから優勝できるとは思ってなかったけどね。
私たちのクラスはというと、1年の割には健闘したようで、なんと4位という順位に落ち着いた。1、2、3位は3年生が独占する形にはなったが、よくやった方だと思う。
昨日の興奮が冷めやらぬまま、本日のメインイベントは、腕に自信がある生徒が参加する剣技大会である。カイルのご両親が所有する闘技場に観客が続々と集まる中、私の仕事は昨日と変わらず、待機場で怪我人が運ばれてくるのを待つだけ。
今年は参加人数もとても多かったらしく、なんと事前に予選大会を行っており、本日はそれに勝ち残った強者だけが集まっているのだ。その中には私の知り合いもチラホラいるが、なんせ私はこの待機場から動かないので、試合を見ることは叶わない。
別にいいけどね、剣の試合って見てるだけで怪我しそうでハラハラするからさ。
そんな訳で大会開始の花火の音を遠くに聞きながら、することもないため保健医の先生とお喋りに花を咲かせた。
「本当に悪いわねぇ、アイリスさんも大会見たかったでしょうに」
「いいえ〜全然平気ですよ。実は私この学園に入るまでこの大会のこと知らなかったので。そこまで興味ないです」
「あら、そうなの?なら尚更見てみてほしかったわぁ〜。意外と迫力があって面白いのよ?」
ほわほわした雰囲気の先生と他愛ない会話をしていると、早速初めの怪我人が訪れた。
「すみません、救護班の待機場はここであっていますか?」
なんと現れたのはサークル長だ。話を聞くと、初戦の相手が運悪くあの生徒会長だったらしい。サークル長の怪我を手当しながら話を聞くと、会長は去年もこの大会で優勝しているくらい強いんだって。やっぱり王子様ともなると頭も良いし顔も良いし、おまけに運動もできるんだね…。
そうしてここへ訪れる怪我人も、そこまで大きな怪我ではなく、比較的落ち着いた待機場でサークル長やサークルメンバーとわいわい話をしていると、
「アイリスちゃーん?いるー?」
呑気な声で私の名前を呼ぶ人がいた。どうせろくな要件ではないだろうと無視を決め込んだものの、ズカズカと乗り込んできたオーネット先輩が近づいてくる。
「あれ、意外とみんな暇そうにしてるね?」
「はい、そうですね。有難いことに皆軽傷で済んでますので」
「そっかそっか。じゃあさ、次の試合は一緒に観に行かない?面白い物が見れると思うよ」
「いや、私は救護班の仕事が、」
「あらぁ〜!いいじゃない!そういえばアイリスさんは大会見たことないって言ってたし、こっちのことを気にしないでいいから。行ってらっしゃい!」
「そうだな、こちらは問題ないから気にするな」
そんな風に言われてしまったら、もう行くしかないのだろう。快く送り出してくれた皆に後ろ髪を引かれながらも、鼻歌を歌いながら上機嫌で歩く先輩の後ろを一歩下がって着いていくしかなかった。
「それにしてもオーネット先輩は試合に出ないんですね?」
「え、そりゃあそうだよ。怪我とかしたくないし、俺、ああいう熱血っぽいノリ苦手なんだよね〜」
だろうな。想像通りすぎた。思わず顔に出ていたのか、先輩は少しムッとしたようにこう言う。
「なにそのやっぱり、っていう顔は。別に剣が弱い訳じゃないからね!?」
「いえ、もちろん理解しておりますけど」
「ふーん?そんな嘘をつくワルイ子はお仕置きだー!」
先輩がこちらに手を伸ばしたのを見て思わず目を瞑る。
ーあんたなんて、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!!!ー
見覚えのない小さな部屋と、知らない女性のつんざくような声。床には物が散乱しており、怒りで顔を歪ませた女性が振りかぶった手を下ろす。
頭に急に流れた映像に戸惑い、背筋から冷や汗が流れる。
なんだ、これ…。私はこんなの、知らない…知らないっ!!
するとそんな私の思考を止めるかのようにむにっとほっぺたをつままれた。
「アハハッ!何されると勘違いしてるの?一応俺は紳士だよ?女の子に手なんかあげないってばw」
そりゃ本気で叩かれるなんて思ってない。しかし体が勝手に反応したのだから仕方ないだろう。
ひとしきり先輩にからかわれた後、一際前方の会場に近い席に案内された。
「さ、ここだよ〜。こんなに良い席を確保するの、すごく大変だったんだよね!アイリスちゃんは運がいいよ、初観戦がこんな間近で見れるなんて」
「そういえば先輩、面白い物が見れると先程仰っていましたけど、面白いものってなんですか?」
オーネット先輩の扱い方にも慣れたもので、押し付けがましいことを言う先輩をフル無視して話を強引に変えた。
この先輩の話をまともに聞いていたらそのペースに呑まれて疲れるからだ。
「ほら、前見て。ちょうど始まるみたい」
そう促されて前方の会場を見ると、ちょうど二人の生徒が両端から中央へ進んでいくところだった。
「え、あの二人ってルーク様とカイル!?なんでまた」
「トーナメントでちょうど当たっちゃったみたいだね。アイリスちゃんは二人と仲良かったよね?どっちが勝つと思う?」
そんなこと言われても二人が剣を持ってるところは初めて見たし、予選を突破してるってことはそこそこ強いんだろうけど。
「そうですね…。お二人の実力は知りませんのでなんとも」
「じゃあ聞き方を変えようか。どっちに勝って欲しい?」
この人は本当に意地悪だ。私が困るようなことばかり言う。
でも実際問題どうだろうか。私が勝って欲しい人、か。初日から何かと気をかけて、私の見た目に臆さずに話しかけてくれるルーク様と、最近気心が知れた関係になったカイル。
「別にどちらでも構いません。私には関係ないことですから」
二人のことを考えたらとある感情の一線を超えてしまいそうになる。そうなる前に引かなければ。何故かは分からないけど、その先を考えようとすると、私を引き留める暗い感情の波が押し寄せるのだ。先が見えない谷底の深淵を見たような気がして、脳がこれ以上進むなと警告を出す。
「アイリスちゃんって意外と冷たいよね〜、まあいっか!せっかくだからしっかり見てあげてね」




