42、体育祭開幕
忙しく働いた甲斐あって今日という日を無事に迎えることが出来た。最初はどうなるかと思ったが、ここまで来てみるともの凄い達成感がある。
さて、本日の私の仕事は救護班のテントでひたすら待機することだ。怪我人さえ出なければ基本テントの下で涼むだけだし楽な仕事である。
「宣誓!!!我々生徒一同は、正々堂々戦い抜くことを誓います!!」
元気な選手宣誓から始まり、ついに始まった運動会。私とソフィアにとっての一大イベントでもあるから気合いが入る。忘れていたかも知れないが、私たちはまだ正式な生徒会メンバーじゃないからね。今日明日の働き次第ではどうなるか分からない。
体育祭1日目の運動会はクラス対抗で行われ、各種目ごと勝利すればポイントが得られる。そのポイントの合計得点で優勝クラスが決まるのだ。しかしクラス対抗ということもあり、体格差的に優勝するのは毎年三年生のクラスらしい。
各クラスごとにテントが張られていて、その下で皆が自分たちのクラスの応援をしている。基本はそこで自分の出番まで待機するのだが、私のように救護班だったり、得点を記録する係だったりはそれぞれ専用のテントで待機することになっている。
まあ、クラスに友達なんてソフィアとカイルくらいしかいないし、そもそもソフィアは私とは違う自分の係のテントにいるから、逆に救護班でよかったかもなぁ。
私は数名いる他の救護班の生徒と喋ることもなく、ただぼーっと競技が行われているのを眺めていた。
それにしてもみんな気合いが入ってるなぁ。
特に騎馬戦なんかは男子達の熱量が凄まじく、女子の黄色い歓声が耳にうるさい。ちなみにカイルやホーシン先輩もこちらに参加しており、彼らのようなイケメンが登場するとさらに会場が盛り上がった。
順調に競技が行われていく中、ようやく私の出番が来た。駆け足で待機場所まで向かうと、ルーク様は既に到着していた。参加する生徒が続々と集まったため、足を縛って準備する。
はぁ、心なしか緊張してきた。いくら目立たない競技と言っても相手がこのルーク様だし、もしこけるようなものならクラス中の女子から非難されることは間違いない。というか既に突き刺さるような視線をビシバシと感じるし…。
こうなったのも全部貴方のせいですからね、という意思を込めてジト目で彼の横顔を見ると、
「頑張ろうね!」
という爽やかな笑顔で返されて思わずため息をついた。
よーいスタートの合図でピストルがパンっと打たれると、一番手の生徒が皆一斉に駆け出す。私たちが走る順番は最後の半周なのでまだ先だ。
大した急展開もなく着々とレースが進み、一つ前のペアがバトンを渡してきた。現在の順位は下から数えて2番目。そりゃ運動が得意なクラスメイトが派手な種目に流れたらそうなるよね。
「お願いっ!!」
「後は任せた!!」
そんな言葉とともに受け取ったバトンは心なしか練習の時より重く感じる。そうして走り出した私たちだが、いくら練習通り走っても前の生徒に追いつけそうにない。
「アイリスさん、少し飛ばすから足の力を抜いて僕の腰にしっかり抱きついててね」
耳元でそう声が聞こえた気がした。いやいや、まさかここからの逆転は無理だ、ろう…と思った矢先、彼が急にスピードを出し始めたではないか。
まじですか…。私は抱きついて走るというより彼に体をおいていかれないように、半ばしがみつくみたいな形で腰に回した手に力を込めた。
ねえ!!練習でしてないことをしないでってば!!!!
そんなルーク様の一生懸命な走りの甲斐あってか、私たちは驚異的な巻き返しを見せ、なんと二位まで順位を上げた。
いやほんとに半ば引きづられながら走った私を褒めて欲しいくらい。普段の私なら男子とこんなにくっついてドキドキ、なんてしてたかもしれないが、そんなことを考える余裕はなかった。
「アイリスさん、惜しかったね」
「ええ、そうですわね。それにしても練習にないことをするのはやめてくださると助かりますわ。今日はなんとかなったみたいですけど、危ないでしょう?」
「そうだね、今度から気をつけるよ」
遠回しにルーク様を咎めるような言葉をかけたのだが、全く効いていない。私の言葉の裏の意味に気づかない訳ないだろうに。
続いての競技は借り物競走だ。お題が入ったボックスから紙を一枚取り出し、それに沿った物なり人物なりを審査員の生徒の前に連れて行く。審査員から合格をもらえたらそのお題の物、または人を連れてゴールまで走るという、いたってシンプルな競技だ。
たしかこの競技の担当はオーネット先輩だったな。あの人の考えたお題なんてどうせろくでもないお題ばっかりに違いない。お題を探している生徒が苦戦しているのが目に見えて分かる。
面白い特技を持っている人いませんかー?、だったり、外国語が三か国語以上話せる人いませんかー?だったり、今日が誕生日の人ー?、お気に入りのティーカップかしてくださーい!!なんていうお題も…。わざわざ運動会にティーカップ持ってきてる人なんていないでしょ…。なかなかの難易度のためにお題の人物や物が見つかると大きな盛り上がりを見せていた。
そんな中私たちのクラスの代表者数名のうち、カイルが挑戦する番になった。まさかカイルもこの競技に参加することになっていたのか、ご愁傷様…。憐みの目をむけながらも私はここで優雅に高みの見物である。ピストルのスタートの合図を聞くと、生徒が一斉に走り出す。
まずは順調にお題ボックスのところまでたどり着いたカイル。ごそごそっと手を動かして紙を一枚取り出した。他の生徒は既にお題に沿ったものを見つけるために客席の方へ向かっているというのに、どうしたことだろうか、彼は固まったようにその場から動かなかった。
ん?何をしているんだ、早くしないと負けちゃうぞ?おそらくクラス中の皆がそう思ったことだろう。すると彼は何を思ったのか、覚悟を決めたように顔を上げて走り出した。
そう、私が待機しているテントの方に…。気のせい、だよね?勘違いだろう、むしろそう思いたい。私の思考がくるくるしているうちにも彼は一直線にこちらに駆け寄ると、あろうことか私に向けて手を差し伸べたじゃないか!
「アイリスっ!一緒に来いっ!!」
「ええ?本当に私なの?」
思わず嫌そうな声が出た。躊躇う私に焦れったくなったのか、少しばかり強引に私の手を取ると、審査員の方へ走り出した。おいおいちょっと待ってよ!!私を連れて行くお題ってなんだ??何も言われず審査員の前へ連れて行かれる。
このレースの審査員は、お題を考えた張本人、オーネット先輩だ。先輩にお題の紙を手渡すカイル。先輩はお題を見ると、
「ふーん?そういうこと。アイリスちゃんもなかなかやるねえ」
と、にやにやしながら意味深な言葉を残して、
「オッケー!行っていいよ!あ、ちゃーんと手をつないで走ってねー?じゃないと失格だよー」
なんていう指示を残して私たちの背中をポンと押した。とりあえずお題に沿っていたのだろう。許可をもらった私たちはそのままゴールテープまで走り見事一着を取ったのだった。走り切った後、
「ねえ、それでお題はなんだったの?」
「なんでもいいだろ!別に!」
少し赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いたカイルは、ゴールした生徒が並ぶ列の方へ足早に行ってしまった。
何その反応…。言えないようなお題なのか?余計にお題が気になったが、あの様子では教えてくれないだろうな。
モヤモヤとした気持ちのまま私は席に戻るしかなかった。




