40、二人の距離感
翌朝教室の中へ入るとカイルはもう先に着いていて、私の姿に気づいたのか昨日のことなんてなかったかのように元気な挨拶をしてきた。
「よう!おはよっ!!」
「お、おはよう」
私たちの関係性の変化に気づいたのか、隣のソフィアがツンツンと腕をつついて小声で話しかけてくる。
「アイリス、いつのまにカイル様と仲良くなったの?サークルでは結構苦戦してるって話だったのに」
「まあ色々あったんだよ、色々」
話を聞かせろと言わんばかりに興味津々な目をしたソフィアを軽くあしらいながら席に着く。ちょうどそこへ私を助けるかの如くチャイムが鳴り、ワイアット先生が教室へ入って来た。ナイスタイミング!!!
「皆さんおはようございます。皆さんも知っているかと思いますが、近々学園で体育祭が行われます。そこで今日の6限目に、1日目の運動会で誰がどの種目に参加するか決めたいと思います。自分がどの種目に参加したいかそれまでに考えておいて下さい。
一人で何種目出ても構いませんが、一人一種目は必ず参加です。詳細は後ろの掲示板に貼っておくので確認しておくように。」
先生の話が終わると同時に教室が一気に騒がしくなり掲示板周辺に人が集まる。入学してから初めての一大イベントだもんね、そりゃあ楽しみだし気合が入るってもんよ。
しかし私たちには他のクラスメイトのように純粋に楽しむことは出来ないだろう。当日はもちろん運営側に回ることになるからだ。
昼休みの人がいなくなる時を狙って掲示板を確認する。
えっとーなになに?そこには種目と参加人数が書かれていた。王道にリレーから始まり、玉入れ、棒引き、借り物競争、騎馬戦、男女混合二人三脚…。うん、思ったより多いな…。中には貴族のご子息ご令嬢がやれるのか…?というものまで含まれている。
とにかく簡単で楽そうなものを、と思ったがどうせ生徒会の関係で出れるのは一種目だけだろうしなんでもいいやと言う気持ちになってきた。
よし、この際人があんまり集まらなかったところに入ろう。そうして考えることを放棄した自分を恨むことになろうとは、誰が予想出来ただろうか。
参加種目の決め方は至ってシンプルだ。第一希望の種目で票を取り、多かったところは抽選。少ないところはそのまま確定、というように、これを何回か繰り返していく。
こうして私が参加することになったのは男女混合二人三脚だ。人気のない理由は明確だろう。こんなパッとしない競技はあまり見せ場という見せ場はないし、何よりペアになった異性によっては好きでも無い人とくっついて走ることになる。αクラスのイケメンたちトップ3でもいない限り、この種目は誰もやりたがらないんだろうな。
補足をすると、男子は自分の見せ場を作って女子の関心を引きたいらしい。騎馬戦やリレーはこぞって男子がやりたがっていた。
思ったよりも早く種目決めが終わったため、余った時間を使って早速運動会の練習をしようという流れになった。更衣室で運動着に着替え、体育館に移動する。
私と同じ二人三脚の担当となったクラスメイトは何と言うか、やはりどこか運動に自信がない子だったり自己主張の弱そうな子たちが集まっていた。幸先がとても不安だが、決まったものは仕方ない。ペア決めを簡単にジャンケンで済ませる。
こうして決まった私のペアの男子は見るからに大人しそうで、そもそも私に怯えているような…。
この子本当に私とペアで大丈夫かな??
「よろしくお願いしますわ、では時間が勿体無いですし足を縛って歩く練習でもしましょうか?」
「は、はいぃぃっ!!」
片側の足首を紐でキツめに縛ってから掛け声をしながら歩くことを試みる。だが、やっぱりというべきか、歩くことすらままならない。
こちらが合わせようと努力しても相手側がカチカチになっていて動きがぎこちないのだ。別に取って食いやしないのにね?
そんな調子で時間いっぱい練習したものの、全く上達せず…。こんなんでは走るなんてもっと先の話だろう。
ーキーンコーンカーンコーンー
6限目終了のチャイムが鳴ったため、今日はその場で現地解散となった。
「おい、アイリス!一緒に運動場までいこうぜー」
「分かった、今行く!」
そのやり取りを見た女子たちの視線の痛いこと痛いこと…。それもそのはず、今まで彼がクラスメイトの女子と仲良く会話している所を見たことがないからだろう。
はぁ…。彼のような女子人気の高い人と関わるとこういうことになるから人前で話すことを避けていたというのに。
そんな努力も虚しく、私の気持ちを知ってか知らずかこちらの方にずんずんと近づいてくるもんだから、慌てて支度をして逃げるようにその場を後にした。
そのままサークル活動を行う運動場に二人で到着すると、先輩方は驚きに目を丸くした。まあ、普通そうなるよね。昨日あれだけの大怪我をしたカイルが、何事もなかったかのように動いているなんておかしいもの。
先輩に精霊の力を使ったことを正直に話し、後で生徒会長に謝りに行くつもりであることを伝えると、
「俺たちのサークルで起きた事件だっ!俺たちにも説明責任がある!」
「そもそもあの倉庫に物を置き過ぎた俺たちのせいだ」
などと色々な理由を並べた先輩たちは自分たちも一緒についていくと言って聞かなかった。
根負けした私を先頭にして、大男たちをぞろぞろと引き連れて歩く様は、さながらハーメルンの笛吹きだ。他の生徒に異様な目で見られた甲斐あって、生徒会長のお許しを無事に頂くことができ、厳重注意で事足りてしまった。先輩方、着いて来てくれてありがとう…!
* * * *
「カイル、それをこっちまで運んでくれる?」
「ああ、分かった。これ全部か?」
その様子を見たサークルメンバーがこそこそ話をする声がする。
「それにしてもカイルとアイリスが普通に話しているなんて」
「むしろ仲が良いというか、熟年夫婦みたいな安定感だぜ…」
「俺もそう思った!」
「先輩、先を越されちゃいましたねw」
私は綺麗にスルーして自分の作業を続けたが、
「う、うるせえ!!あいつに聞こえるだろ!!!」
「何焦ってるんだよ~」
「まさか図星!?」
「顔が赤いんじゃないか?」
カイルがおもちゃにされていた。
まあ思春期の男子だからね、そういうことには敏感なんだろう。可哀そうに思ったけど、私が出ていくと余計面倒になりそうなのでカイルには悪いがそのままいじられていてもらう。
そんな風に和気藹々としていると、何の用事だろうか、ルーク様が顔を見せた。
「アイリスさん、今ちょっといいかな?」
「え?ええ、構いませんわ」
「おいおいライバル出現か?しかもあれって第二王子だよな?」
「こりゃあうかうかしてると彼女、取られちゃうかもな…」
「カイル、残念だったな…でもお前には俺たちがついてるからな!」
「だから!そんなんじゃねえって!!!」
もうほんと黙っててくれ、お願いだから。この場で話すのにはあまりにギャラリーがうるさすぎたため、彼らから少し離れたところまでルーク様を引っ張って行く。内容は予想通り生徒会での重要事項の連絡と、こちらの現状報告だ。
「…大体把握しましたわ。わざわざありがとうございます。それでは私、まだやることがありますので」
足早に戻ろうとすると、
「ちょっと待って!」
思いの外強い力で腕を掴まれた。




