37、波乱の予感
という出来事があって現在に至るのだが…。
「よし!みんな集まったか。それではいつもの体力作りから始めるぞ、剣技大会が近いから怪我だけはしないように。それと、今日から大会当日まで、救護班の実習として生徒会からこちらのアイリス・アルベルン嬢が来てくれることになった!!短い間ではあるが、彼女もサークルの一員として動くことなるから仲良くするように。では、走り込みから開始!!!」
「「「「「はいっ!!!!」」」」
おおう……すごい迫力だ……!
いかにも体育会系の男子が集まったこのサークルは、なんというか一言で表すとむさくるしい。私、ここでうまくやっていけるのかしら。今から不安でしかないが、ここまで来たらやるしかないと腹を括った。
ここでの主な私の仕事といえば、メンバーが休憩時に飲む経口補水液を作って専用のボトルに補充したり、トレーニングに使う道具を出したり、汚れたタオルなどの洗濯、もちろん怪我の手当も行う。
あのーすみません、これって怪我の手当以外のことは救護班の仕事に含まれないんじゃないですかね…?
思わず愚痴がこぼれそうになるが、そう頻繁に怪我する生徒がいるわけではないし、他にやることがないから仕方ない。
とは言ってもこちとら長年温室育ちの箱入りお嬢様だよ!?こんなハードな仕事を急に任されて、テキパキと動ける方がすごいってなわけで…。
今も大量の洗濯物の抱えて水場まで運ぶだけで汗がダラダラと滴ってくる。…だめだ、もう限界だ……。
「何サボってんだよ。まだやること終わってないだろ?」
風当たりの強い言葉をぶつけてくる声の主は、昨日の礼儀知らず野郎、つまりカイル・フレディクトだ。
「サボってないし!あんたこそこんなところで何してんの?早く練習に戻れば?」
基本人前でこんなに悪態をつくことはないのだが、礼儀知らず相手に使う敬語は持ち合わせていない。絶対下手になんて出てやるものか!
このサークルの臨時マネージャーになることの最大のバッドポイントは、こいつが所属しているってこと。こいつがいるって分かってたら断固拒否して引き受けなかったのに…!今更後悔してももう遅いんだけどね…。
しかし数日もすれば他のメンバーとはかなり打ち解けてきたと思う。最初こそ私の容姿を怖がってあまり話しかけてくれなかったけど、怪我の手当をしてあげたり、真面目に働いている様子を見て考えを改めてくれたみたい。
純粋にこんな大勢の人と関わる機会が初めてで、新鮮な気持ちになる。
「アイリスちゃん!今日もよろしくね!」
「アイリス〜、悪いけどこれも洗濯してくれないかな?」
「その荷物重いでしょ、俺が半分持とうか?」
などなど。ハッキリ言ってすごく充実した学園生活そのものっていう感じ。
「ハッ!それくらい一人で持てないのかよ。これだから女は」
「カイルったら男女の筋力量の違いも知らないわけ?ごめんね?無知なことに気づいてあげられなくて」
「なんだと!?」
「まーたやってるよあの二人…」
「仲がいいんだが悪いんだか…」
こいつと口喧嘩をするのも慣れてきた。馬鹿の相手をするのは疲れるが、向こうから噛みついてくるんだから仕方ないでしょ?
そうこうしているとサークル長の号令がかかった。
「みんな!聞いてくれ!今日は練習用の剣を使って模擬試合を行う。安全に最大限に注意して取り組んでくれ!それでは用意が出来るまでアップを各自するように!!アイリスはこっちで手伝ってくれ」
サークル長に呼ばれて運動場の隅にある倉庫に向かう。いつも使っているトレーニング器具なんかが仕舞われている場所だ。今日の練習メニュー的に刃を潰した模擬剣を運ぶのだろう。
「いくら練習用の軽めの素材だからといっても剣は剣。女子には危険だから気をつけて運ぶんだぞ。無理して早く運ぼうとしないこと。いいな?」
「分かりました、気をつけます!」
指示に従いながら、サークル長と数名のメンバーと一緒に武器を運び出す。やっぱり女子の私にとっては一本でもめちゃくちゃ重い…。それに比べて男子たちは軽々しい足取りで3本4本と、抱えて運んでいた。
うぅ…これが男女の壁か…。
なんとか全ての武器を運び出したはずなのだが、
「あれ、剣が一本足りません!」
どういうわけか一人分足りなかったらしい。
「それなら私がとってきますよ。一本なら私でも運べますし、みなさん練習していてください」
「いや、しかし…」
「大丈夫ですよ。先程の私の働きを見てたでしょう?安全に気をつけて運びます」
「それもそうだな…じゃあ任せてもいいか?」
そうして他のメンバーが練習を再開し始める。私は急ぎ足で倉庫に向かい、残りの一本を探した。しかしどういうわけかなかなか見つからない。どこかへ潜り込んでしまったのだろうか。
しばらく探していると、ようやく残りの一本を見つけることが出来た。しかしその剣の前には、何に使うかもよくわからないような大きめの運動器具が置かれており、取り出すことが出来ない。
試しに動かせないか押してみるも、ぴくりともしなかった。
仕方ないので地面に這いつくばって手を伸ばす。あと少しで手が届くという時、私の体が硬い鉄の塊にぶつかった。焦って体勢を整えようと体を起こした瞬間目の前の巨大な器具がユラユラと揺れ、こちら側に倒れてくるのを見た。
「…あ」
スローモーションのように時の流れがゆっくりになる。動かなきゃ、助けを呼ばなきゃ、そう頭では理解していても体が動かず声も出ない。せめてもの抵抗としてギュッと固く目を瞑り、来たるであろう痛みを覚悟する。
「あぶねぇ!!!!!」
ーーーガラガラガッシャーン!!ーーー
鉄塊が周りに飛び散ったような音がした。体が痛くない。どうなってしまったのだろう?確認するために目を開けると、そこには私を庇うように手を広げたカイルの姿が。彼は顔を引き攣らせ、コバルトブルーの瞳は痛みをこらえるかのように歪んでいた。
「…カ、イル?」
彼の名を呼ぶ私の声はとても震えていた。
なぜ、彼がこんなところに。どうして私なんかを庇ったのか。私のこと、嫌いなんじゃなかったの?なんでとどうしてを交互に繰り返して様々な感情が入り乱れる中、彼の背中から流れる流血が私を冷静にさせた。
「お前、無事か…?」
強く頷く私を見て、安否を確認し安心したのか、彼が意識を失いこちらに倒れてきた。思わず両手で受け止めようと構えたが、想像以上の重みに絶えきれず、二人して床に倒れた。少し汗くさい運動着の背中がザックリと破けており、目を背けたくなるような傷からは絶えず鮮血が溢れていた。
それからのことはもう言うまでもないだろう。私の戻りが遅いことを不審に思った先輩が様子を見に来て、大慌てしたのなんのって。今日の練習は中止になり、皆でカイルを保健室まで運び込んだ。しかし保健医が不在であったため、浅い知識でどうにか応急処置を済ませるしかなかった。簡単な手当が終わった後、一部始終を先輩に説明する。
それを黙って聞いていた先輩は、私のせいじゃない、一人で向かわせた俺のせいだと言ってくれたけど、彼にはなんの非もない。誰の手助けを借りずになんとかしようとした私の責任だ。
「それじゃ俺たちは行くけど。あまり自分を責めないようにな」
罪悪感に胸が押しつぶされそうになり、先輩たちが帰った後も、一人で保健室に残って彼の横顔を見つめ続けた。
ふと治癒魔法を使えれば、という考えがよぎったがこれだけの大怪我だ。私の魔法では完治させることは出来ない。自身の不甲斐なさに情けなくなる。熱くなった目頭からは一雫の水滴が流れた。
どのくらいそうしていたのだろうか、気づけば窓の外はすっかり陽が落ちて暗くなっていた。
「…あれ、俺は、どうして…くっ!!!」
どうやら目が覚めたらしい。カイルが反射的に体を起こそうとして、痛みが走ったのかベッドに再び横たわる。
「まだ無理をしないで!私を庇って怪我したこと、覚えてる?」




