36、面倒ごと
翌日の放課後、
「ちょっと、いいかな?」
生徒会室へ向かおうとした時、ルーク様に声をかけられた。話の内容はおおよそ見当がついている。昨日の運動場での出来事のことだろう。それについては私も謝らなければならないと思っていたため、一緒に向かうつもりだったソフィアに断りを入れてから私たちはそのまま教室に残った。
「昨日は本当にごめん!僕の幼馴染がとんだ失礼なことをして…。それに僕も悪かったと思ってる。せっかく君についてきてもらったのに二人で話し込んでしまった。君の仕事を奪うようなことをしてしまったね」
まさかこんな直球での謝罪が来ると思っておらず、目を白黒させた。そもそも自分から会話に加わらなかった私にも非があるしね。
「謝らないで下さい。こちらこそ申し訳ありませんでしたわ。私も自分の仕事を放棄してしまいましたからお互い様です。それにもう気にしていませんもの」
それを聞いたルーク様は少し安堵したような表情を浮かべた。
「よかった…!もう僕とは口を聞いてくれないのかと思ったよ」
むむっ!ルーク様の中で私のイメージはどうなっているのだろう。心が狭い薄情な女に見えてるってこと!?
「ルーク様は私のことをそんな器の小さい女だと思っていたんですのね」
棘を含んだ言葉で返すと、何を思ったのか、
「そ、そういう訳では決してないよ!誤解しないでくれ!」
と、焦った調子で弁解する。
普段の作り物めいた人形のような顔と比べて、今の姿はどうだろう。すごく人間らしいというか、年相応というか。
なぁーんだ、ルーク様も王子様と言えども唯の人なんだな。そう思ったらなんだかおかしく思えてきて、
「ふふっ!何をそんなに慌てているのですか。ルーク様もそういう顔をするのですね。少し安心しましたわ」
込み上げてきた笑いに耐えきれずに自然と笑顔を浮かべると、ルーク様は一瞬呆けたような顔をして固まった。あまりにも直視されているのでなんだか居心地が悪くなった私は怪訝な顔をして、
「なんですの?」
と問いかけた。
「な、なんでもないよ。とりあえず誤解が解けたみたいでよかった!君さえ良ければこのまま一緒に生徒会室に向かわないかい?」
そうして取り繕うようにまたいつも通りの笑顔に戻ってしまう。
あーあ、勿体無い。ルーク様がずっと今みたいな感じだったら話しやすいのになぁ…。
そのまま二人肩を並べて歩き、生徒会室の扉を開けると、そこにはもちろんホーシン先輩とソフィアが既に書類の山と格闘していたのだが、加えて意外な人物もその場に同席していた。
「二人して到着だなんて、その様子だともう仲直りしたんだ?若い子の行動力ってすごいねぇ。俺が一肌脱ぐまでもなかったかー」
オーネット先輩が会長の机に軽く腰をかけながらこちらに手を振っている。おいおい、いくら副会長といってもそれは大丈夫なのだろうか?会長にバレたら怒られそう…。
「やっと来た!!テオ先輩がさっきから君たちを待つって言って聞かなくて!!それにさっきから僕らの邪魔ばかりしてくるし!早くコイツをなんとかしてよね!」
「先輩のことをコイツ呼ばわりなんて、エリーちゃんひど〜い!!そんなにプリプリしてると早く老けるよ〜?」
「だから!!エリーちゃんって言うな!!」
ホーシン先輩のキレ具合を見るに、相当ウザ絡みをされたのだろう、可哀想に…。もう少し早くくればよかったと、心苦しくなる。
「すみません、遅れてしまって」
「テオドール先輩、何か僕らに用事でも?」
するとよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに大袈裟な口調で先輩はこう言い放った。
「実は君たちに任せたい仕事があってね。ホラ、俺ってやることいっぱいで忙しいからさ。ついでに仲直りでもしてくれれば、と思ったけどそれは余計なお世話だったかなー?」
こうして忙しい(?)オーネット先輩に仕事を押し付けられた私たちは、再びあの運動場に足を運ばなければならなくなった。まさか昨日の今日ですぐここに来ることになるなんて。
放課後の運動場は多くの生徒がサークル活動に励んで賑わっていた。陸上競技サークルや、サッカーサークル、魔法の実験か何かだろうか、端の方で物を浮かせている集団など実に様々な活動を行っている。
その中でも一際目立つ、剣をもって模擬試合をしている集団に足を進めた。
「すみません、私たちは生徒会の使いで参りました。次に行われる剣技大会のことでこちらのサークル長の方にお話を伺いたいのですが」
すると筋肉隆々の体格の良い男子生徒が前に出てくる。おお…近くで見るとすごい迫力だな。ちょっと怖いかも…。
「私がサークル長だ。話はあちらで聞こうか」
そうして集団から少し離れたところのベンチで要件を端的に伝えた。
こちらの武闘サークルは、常日頃から剣の鍛錬を行ったり、定期的に試合を行ったりするサークルだ。つまり今回の剣技大会の運営に当たり、必要物品の確認や、万が一怪我をした際の救護班の動きなど、そういった事を相談するには打ってつけのサークルである。
大会で使われる剣の管理方法や、どの人数に大してどれくらいの備品を消耗するのか、などなど、サークル長に多くの質問をして、メモ帳にペンを走らせながら事細かに聞き取りを行う。
特に備品についてはより注意してメモを取った。備品発注はおそらく会計のホーシン先輩の管轄内だろうしね。適当にしてたら後で絶対文句を言われるだろう。というかそれ意外の想像がつかない。
「なるほど、大体分かりました。しかし、救護班は少し心配ですね。いくら担当の先生がいるといっても、救護班の生徒自身が手当に慣れていないのでは当日上手く機能しますかね?」
「ならば手当の練習とはいかないが、うちのサークルに来て実際にやってもらうのはどうだろう?一人でも冷静に動ける人がいれば混乱は免れるんじゃないか?」
「ではそうしましょう。しかし大会はもう少し先ですし、まだ救護班のメンバーが決まっていませんよ?どなたが練習に来られるのですか?」
そう尋ねると二人の視線が自然と私に集まった。まずい、この流れは…!
「それなんだけどね?すまないけどアイリスさんがやってくれると助かるな。僕らは剣技大会に出場したいと思っているし、大会には基本女子は参加しないだろう?生徒会の仕事の方は僕らで片付けておくからさ」
「その意見に賛成だ。それにこんな可愛らしいお嬢さんが来てくれたらうちのメンバーの士気も上がるだろう。どうだろうか、少しの間でいいから引き受けてはくれないか?」
はいはいどうせこうなると分かってましたよ!!
なんだかんだ言って私という人間はゴリ押しにとても弱いのだ。断りきれない自分の性格をここまで恨めしく思うこともそうそうないだろう。
心の中で涙を流しながらも、こうして武闘サークルの看護担当、もとい臨時マネージャーに就任してしまったのであった。




