23、新クラス
翌朝。目覚まし時計が鳴るよりも前に目が覚めた私は、すぐに朝の支度をし食堂に降りていった。なんでも寮母のハンナさん曰く、ピーク時(7時半過ぎから8時くらい)は食堂が混み合って座れないほど人でぎゅうぎゅうになるんだとか。私はその時間帯を避けるべくこうして早起きして食堂に向かっているというわけ。
今の時刻は6時半。この時間帯は席もまばらで人気がない。狙い通り。次からもこの時間に食堂に来よう。しかし食堂は男女兼用なのか。男子寮と女子寮のちょうど真ん中に位置してたから予想はしてたけど。
…いくら人が少ないとはいえ、他の生徒の視線が痛くて居心地悪いからさっさと食べて退散しよーっと。
出来る限り他の生徒から離れた場所にトレーを持っていき食事を開始する。みんなお友達と楽しそうに会話していて私の浮いてる感がすごいな。ぐるりと見渡すとほとんどの生徒が数人で固まって食事をしている。
ああ、なんてぼっちに生きづらい世の中なんだ…。
そんな中、私みたいに一人で食事をとっている子を発見した。
雪のように真っ白で美しいストレートの髪を腰まで伸ばし、淡いピンク色のぱっちりした瞳はずっと下を向いている。か、可愛い…。ウサギさんみたいでいつまでも見ていられる。
食事が終わったのか彼女はそっと席を立ってトレーを返しに行く。すると返却場の近くで談笑していたグループがさっと移動するのを目撃した。
…なんか、既視感あるんだよなあこの光景。
気になってじっと見ていたせいか彼女が顔を上げた瞬間ふいに目が合ってしまった。そのまま見つめ合うこと数秒。その空気に耐えきれなくなったのは私の方だ。気まずい沈黙を埋めるように微笑み返すと、彼女はビクッと肩を震わせそのまま寮の方向へと去って行ってしまった。
え、なんかごめん。怖がらせる気はなかったんだけど…。
そういえばあの子は私と同じ赤いリボンをつけていた、ということは1年生だ。怖がらせちゃって申し訳ないし次に見かけたら声をかけてみようかな。いつの間にか空っぽになっていた食器に気づいた私はそのまま食堂を後にした。
少し自室で休憩してから学園に向かう。といっても寮の隣だし数分で着くんだけど。学園の昇降口前の掲示板に人が集まっているのが見える。
なになにー?あっ、あれは!待ってましたクラス発表!そこには大きな紙が張り出してあり、そこにクラス名と生徒の名前らしきものが書かれている。
私のクラスは…αクラス?へー、A・B・C順じゃないだ。α・β・Γ…って感じ?分かりづらっ!そんなことを思いながらもαクラスの教室に入る。
その教壇に立っていたのは…試験官をしていたあの時の先生だった。まじですか。新クラス早々目を付けられるなんてことはさすがにない、よね?
「席は黒板に座席表が書いてあります。その座席に座りなさい」
言われた通り席を確認する。やった!一番後ろの窓際だ!うきうき気分で席に向かうといつものごとく人が道を開けるように去って行く。…私、毎回この儀式を行わないといけないの?
ついには私の隣の席に座る男子生徒のみがその場に残る形となった。
「やあ」
…見間違いかな、うん。昨日の疲れが抜けきっていないんだ。私もついには幻覚を見るようになっちゃったのか。
出来るだけ隣を見ないようにして席に着く。
「おーい。聞こえてる?」
再びかけられた声にこれは私の疲れが見せた幻でないことを理解した。
「…何でしょうか」
嘘だ、どうか嘘だと言ってください。恐る恐る隣を見ると私の想像通りの人物が。それは紛れもなくあの新入生代表挨拶をしていた彼。
「よかった、聞こえてたんだ。初めまして、僕の名はルーク・センシア。気軽にルークと呼んでもらって構わないよ。これからよろしく」
「……」
よろしくしたくないんですけど…。えっとルーク・センシア様ね。センシア、センシア…センシア!?
嫌な予感がする。もしかしなくてもこの人って。
「ルーク様を無視した挙句自己紹介もまともに出来ないんですか貴女は。この国の第二王子に対して礼儀がなっていないですね」
隣人の声とは別の低音が私を咎めるように言う。…うん、誰だ?というかそんなことよりとんでもないことを聞いたような…。第二王子って言った?言った、よね?通りで聞いたことある家名だなって思ったよ!
ルークの後ろから一人の男子生徒がこちらに近づいて来た。アメジスト色の冷たげな瞳と、それより少し薄い紫のやや長めの髪を後ろで結んだその少年は試験の時にルークと一緒に教室に入ってきた男子生徒の一人。
「…も、申し訳ありませんでしたわ。少々驚いてしまって反応出来ませんでしたの。私はアイリス・アルベルンと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
「僕のことは気にしないでいいから。ちなみにこちらの彼は」
「ディラン・キャンベルです。以後お見知りおきを」
キャンベル…。入学前にお父様から「覚えておくと便利だよ」と言われていた貴族の家名と階級を脳内辞書もとい‟メモリアル・ブック”から探し出す。
キャンベルはたしか…侯爵家のご子息ね。しかもキャンベル家と言えば知る人ぞ知る名家の一つ。貴族社会に身を置くものが知らないはずがない。なにせこの国の宰相を務めているのは稀代の天才的頭脳でこの国の安寧をもたらしてきたと名高いバベル・キャンベル様。つまりこの男子は宰相様の息子ということ。
そりゃ王子と仲良しなはずだわー。
入学早々災難すぎる。私の中の絶対関わりたくないランキングトップスリーに入ってるよ。この人たち。
「よろしくお願いしますわ…」
顔はかろうじて笑っているはずだが内心は冷や汗がだらだらと流れている。
それにしても私、この国の第二王子の顔とか名前をまるっきり知らないなんて世間知らずなんてものじゃないな…。まあ社交場に一切顔をださないからこういうことになるんだけど。自業自得すぎて笑える。
その会話を途絶えさせるかのように教室にチャイムが鳴り渡った。
ーキーンコーンカーンコーンー
それを合図に皆が各々の席へ着き教室が静まり返る。その沈黙を破るように声を発したのは教壇に立つ男の先生だ。
「今日からこのαクラスな担任を務めます。ワイアット・バーンです。このクラスは昨日の試験で良い成績を修めた者ばかりが集うクラス。つまりここにいる生徒はこの学年の中で最も優秀でありということ」
何ですと?このクラスは成績優秀者が集うクラス?
先生の説明によると、クラスは一クラスあたり40名ほどで成績優秀順にα、A、B、C…と下がっていくらしい。しかし魔法科は生徒数が少ないため一クラス30人で二クラスしかない。つまりルークやディランと同じクラスになる確率は5割。
「αクラスになったからには他クラスの生徒から羨望と期待を一身に注がれることになります。くれぐれもその大きな期待を裏切ることにないように日々精進しなさい」
ようするにαクラスってだけでそういう色眼鏡で見られるっていう解釈でいいのかな。そもそも私は何でこのクラスになったんだ?魔力量は測定できなかったし、筆記試験だってそれほど難しいものではなかったよね。まあ今更それを考えても私に分かるはずないんだけど。
「それでは次にクラスメイトの名前と顔を覚えるために自己紹介を一人ずつしていって下さい。では、端の席のあなたから」
それをきっかけに自己紹介が始まっていく。脳内辞書にある家名と顔を一致させるべく、一言も漏らすことのないように集中する。何せ私にはこのクラスに知り合いは一人もいない。こんなことなら嫌でも貴族のパーティーに出席しとけばよかったかも。
あっこの子は話しかけやすそう。この子は大人しい感じがする。
自己紹介を聞きながら私の独断と偏見でお友達候補を絞っていく。あれ、あの子って。
「…ソフィア・ミッチェル。よろしくお願いします」
それだけ言って席に座る彼女。
そうだ、今朝食堂で見た可愛い子だ!こんなところでまた会うなんて。これは嬉しい誤算だ。今朝は怯えられてしまったけど、今度はちゃんと話せるといいな。
嬉しさに頬を緩める私と対照的にクラスメイトの反応は冷たいものだった。
「あの髪の色と目、嫌ね。ほんと‟裏切りの聖女”とそっくりじゃない」
「汚らわしいわ」
‟裏切りの聖女”?なんだそれ。よく分からないがソフィアと名乗った彼女のことをよく思ってないのはその雰囲気だけで分かった。こそこそと噂話でもするようなトーンで皆が口々に声を潜める。
しかしそんな嫌な空気は一瞬でなくなることになる。次の男子生徒によって。
※修正報告
αクラスの人数を一クラス20人としていましたがさすがに少なすぎると感じたので30人に直してあります。




