17、不審者?
※??視点。
誰視点か想像しながらお楽しみください!
痛い…。
体中が悲鳴を上げているのが分かる。食事の配布と見回りを兼ねて部屋を訪れる男に毎度のことながら憂さ晴らしのように体を嬲られる。
抵抗するすべを持たない自分はいいように殴られることを良しとするしかなかった。
そんな日々がどれくらい続いたのだろうか。時間の感覚が麻痺してきているから今が朝か夜か、何日ここでこうしているかさえも判断出来ないけど。今日もまたさんざん男にいいようにやられた。痛みを耐えながら体を床に横たえる。そのときだ。自分は妙な音を耳に捕らえた。
それはタンッタンッと軽やかに地面を駆ける足音。
あの男は今しがた部屋を出て行ったばかりなのに、なぜ?耳を澄ましてその音を聞くと明らかに今までの男とは違うのが分かる。いつもの男だったらドスドスと地面を派手に鳴らす音を立てるから。
その不思議な足音はどんどん大きくなり、自分たちの部屋の近くまで来るとぴたりと止んだ。
すると何やら話声のようなものが微かに耳に入ってくる。だが内容ははっきりと聞こえてこなかった。何やら言い争いをしていたその声は唐突に途切れ、キイと扉を軋ませながらその誰かが入ってくるのを感じた。
身の危険を感じて、
「誰だっ!!」
と、咄嗟に固い声が出た。そんな自分の反応は予想通りと言いたげにふっと笑う息遣いがする。
「しーっ!大きな声を上げないで。奴らに見つかるでしょ」
自分はそこで初めてその何者かの声を聞いた。
大人と呼ぶにはまだ幼く、子供と呼ぶには成長しすぎている声。
その誰かはさらに近くまで来て、自分たちがくくられている鎖をガチャガチャと鳴らしながらうんうん唸っている。
本当に何者なんだ。まさかこいつもあの男たちの一味なのか。しかしこの人物、奴らに見つかるとかなんとか言っていたし、別の賊か?
判断する材料が少なすぎるが故に、黙ってその人物の好きにさせることしか出来なかった。
鎖を調べ終わったのか、次は自分の近くにその気配を感じた。何だ?すると不思議なことに、体が突然熱を持ち始め、先ほどまで悲鳴を上げていたはずの体があっという間に楽になる。
どういうことだ。この人物が何かしたのだろうか。
今自分に起こった現象に頭が追いつかず混乱するも、整理する時間も与えられないまま目隠しを取られる。
ゆっくりと目を開いた先には…なんとも不審な人物が立っていた。
そこにいたのは町娘の恰好をした少女、なのだろうか。
かろうじて少女と判断したが、正直なところ衣服以外の外見の特徴からは性別が分からない。なぜならその少女は目が見えるか見えないかのギリギリまでフードを深く被り、髪の毛などその色や長さが見えないほど徹底的に隠されていたからだ。
怪しさ満点のその人物にはなぜか圧倒的な存在感があった。小柄ながらも背筋をすっと伸ばし堂々と立つ姿は立っているだけなのにこちらが気後れしてしまうほど。
町娘の恰好ではあるものの、衣服に目立った汚れがなく、平民の少女にしては少々違和感が残る。それくらいの年頃なら両親を手伝うため畑仕事をしたり、店の手伝いなどで汚れるはず。
その少女の姿は自分が見たことのある平民の娘と結びつかない。
おかしい…何か変だ。やはり賊の一味だったかと警戒を強める。
しかしその警戒はすぐ緩めることになった。
黙っていれば声をかけるのが躊躇われるくらいの品があるのに、口を開いたらその威厳は鳴りを潜めた。
彼女は敵意を一切感じられないなんとも気が抜ける発言を連発し、顔が分からずとも声で表情が感じ取れる。表情豊かという言葉があっているかは分からないが、明るい性格の持ち主なのだろう。
こんな子が賊なわけがないとすぐに確信した。嘘もつけなさそうな彼女が賊なら世界は終わっている。
彼女には自分たちの周りに群がる貴族のご令嬢たちと違って話しやすい雰囲気があった。
ご令嬢たちは自分たちの家柄目当てだったり、容姿目当てだったり、とにかく自分に気に入られようと様々な思惑をもって話しかけてくるから年頃の女子は苦手なのだが。
彼女は自分たちの正体を知らないからか、言葉に遠慮がなく、自分の周りに今までいなかったタイプの人間だ。なんだか新鮮な感じがする。多くの人は自分が名を名乗るだけで機嫌を取ろうとへりくだった態度を取るから余計に。
彼女に驚かされたのはその性格や態度だけではない。
何と彼女は精霊術師だったのだ。精霊術師は精霊に気に入られなければなることが出来ない希少な人材。なんでたかが平民の町娘が精霊と契約することが出来たのだろうか。
その上彼女は見たこともない魔法でいとも簡単に自分たちの体を縛る鎖を溶かした。精霊と契約しているだけでなく、自身の力で魔法も使えるなんて。驚きすぎてもう言葉が出ない。
彼女からここに捕らわれている子供たちを全員助ける旨を伝えられた時は、なんて無謀なことを言い出すんだろうと思った。
ここにどれくらいの人数が捕まっているかは知らないが、一刻も早く逃げることがその他大勢の子供たちを助けることに繋がると信じて疑わなかった。
自分たち三人がこのことを報告すれば、ただちに騎士団が動いて救助に向かうことが分かっていたからだ。
「あなたたちの判断は正しいと思うわ。でも、知ってる?ここにいる子のうち明日奴隷として売られていく子が何人いるか」
すぐに答えることは出来なかった。
「そんなんじゃ間に合わないの。今ここで助けに向かわないとその子たちの将来が取り返しのつかないことになるのよ」
彼女の言う通りだった。確かにこのことを報告すれば騎士団が動いてくれるのは間違いないが、それでは間に合わない子がいるということが自分には頭の片隅にもなかったのだ。
正直頭をガツンと殴られた気持ちだ。自分の考え方は、自分が一番嫌いな貴族らしいそれだったことに気づく。
それからの行動はもちろん彼女についていき、子供たちの救出を手伝った。
ここでも彼女はその常識外れの魔法をばんばん使っていく。こんなに魔法を連発して大丈夫なのか。どれも見たことがないような魔法ばかりだったが、上級魔法であることは何となく分かった。
最後の最後で敵の男に見つかったものの、自分たちは無事に外へ出ることが出来た。
外へ出た後、どうやってこの人数で移動するのか話し合う。
すると彼女は敵が使っていた荷馬車を探してほしいとお願いしてきた。荷馬車ではこれだけ大勢を乗せて移動することが出来ないが、それを今質問することは憚られた。
やはり魔法を沢山使ったことで魔力が底をついているのだろう。見るからに足元がおぼつかず、具合が悪そうだったから。
他の二人を見ると、自分と同じ気持ちだったのか二人とも無言で頷く。自分も探しに出かけようとする彼女を強引にその場に休ませ、荷馬車とやらを探しに行く。
それは意外とすぐに見つかった。森に少し入ると少し見えづらいが馬の蹄のような跡が地面に薄く残っている。足跡を注意深くたどった先に、二頭の馬と車輪のついた乗り物が止められていた。
馬を引っ張って帰ると子供たちに囲まれ楽しそうに話に花を咲かせている彼女の姿が目に入る。彼女はこちらに気づくと、お礼を言ってから立ち上がり、何やらまた不思議な魔法を発動させる。
彼女は自分たちが引っ張ってきた荷馬車そっくりなナニカを作り上げた。おそらく土魔法の一種だろうと思われるそれについて説明されたときは唖然とした。
彼女はなんてことないように、それをゴーレムだと言い切ったのだ。自分が知っているゴーレムと全然違う。そもそもゴーレムはでかくてごつごつした岩の塊のはずなのに。
もう彼女の魔法について難しく考えないことにしよう…。
今日この短期間で何度彼女に自分の価値観をひっくり返されたことだろう。それを思うと、自分たちが見てきた世界がどれほど狭い限定的なものだったかが思い知らされる。
本当に面白い…。今まで自分が出会ったどの女性よりも。
誰視点か分かりましたか?出来る限り誰か分からないような表現をしたかったので一人称は‟自分”となってます。




