14、露見した姿
話がまとまったところで、子供たちを荷台へと乗せていく。子供たちの中には荷台に自力で乗るだけの身長がない子もいるから、私たちが荷台に乗って上から手を引いて引っ張り上げてあげる。それぞれの荷台に次々と乗り込んでいく子供たち。ここまでは順調だ。
私の前に並んでいた子供たちをだいたい乗せ終わり、最後の一人に手を差し出す。
「さあ、おいで」
「おねえちゃんありがとう!」
「どういたしまして。もうすぐ帰れるからね」
「うんっ!」
男の子は満面の笑みで私の手を取る。
その時だった。急な突風が私たちの体に容赦なく吹き付けた。森の木々が大げさなくらいにざわざわと揺れる。
まずい…!
慌ててフードを押さえつけようと頭上へ手を伸ばすも、気づいたときには私の薄暗かった視野が開け、フードの中にしまい込んでいたはずの髪の毛が、はらりと静かに音を立ててこぼれ出る。
「あ…」
時が止まった。一瞬のうちにあたりが静かになる。さきほどまで聞こえていた子供たちの声も、木々のざわめきも、この世の全ての音が消えてしまったかのように。私はフードを被り直すことも出来ず、体が石化して動けなかった。
みんなの視線が私に突き刺さるのを感じる。この時の私には直後にみんなが取るであろう反応がありありと想像できた。
ねえ、どうして今なの…。後は子供たちを無事に家に帰すだけなのに…。この姿を見たら、きっと、みんなは…。
せめてもの抵抗で少し目を伏せる。私の視線は縫い留められたかのようにただ静かに地面を捕らえた。
後ろを向くのが怖い。前を向くのも怖い。みんなの怯えた顔を見るのが怖い。あれ、おかしいな…怖がられることには慣れたつもりだったんだけど。…全然慣れてないじゃない。
それは時間にしてほんの一瞬のこと。目の前の幼い男の子は、軽く目をしぱしぱと瞬かせながら私の手を軽く握り直す。
「おねえちゃんのそれ、」
‟それ”という言葉が何を指すのか分からないほど鈍感ではない。お願い、言わないで、止めて、分かってるから…。
「とってもきれいだね!」
かけられた言葉の意味を理解するのに数秒を要した。何度も胸中で反芻してかみ砕く。この子はなんて言ったのか。綺麗、だって。私のこれが…?なんだかたまらない気持ちになっておずおずと顔を上げる。私と目が合うと屈託なく笑う男の子。それは100%の好意からくる純粋な笑顔だった。
「そう、かな…?」
「うん!すっごいきれい!ぼくはすきだよ!」
これほど言葉で言い表せない気持ちになるのは初めてだ。いろんな人から奇異の目を向けられる度、これは、この色は気持ちの悪いものなんだ、と感じるようになっていた。そういう目で見られるのが当たり前だとずっと思い続けてきた、のに。
…そうか、私はずっと受け入れてほしかったのかもしれない。この色はみんなと何も変わらない個性の一つなんだって。
だって私は…私は…この黒髪と黒目が好きだった。思い出した、ぼんやりとした懐かしい記憶が頭をかすめる。だって唯一■■■■から譲りうけた大切なものだもの。この色は■■■■と私のたった一つの共通点だったのだから…。いくら人から疎まれても、嫌いになんてなれなかった。
「ありが、とう…」
「あれ、おねえちゃんどうしたの?なんでないてるの?」
気づくと目から一粒の雫が零れ落ちていた。その雫がゆっくりと私の頬を伝い落ちていく。
「だいじょうぶ?」
不安げに揺れるおおきな瞳が私の顔を覗き込む。
「うん。大丈夫よ」
自分でもなぜ泣いているのか分からなかった。
少し強引に涙を拭くと、息苦しかった何かがわずかだけども消えてなくなった。涙の理由は考えれば考えるほど分からない。
先ほど頭をよぎった懐かしいもの、つかみかけた欠片は、あっという間に海の底に沈む。精一杯手を伸ばして引き寄せようとしたけど、伸ばした手は何もつかむことは出来なかった。今のは一体…?
暫くの間ぼーっとしていると、遠慮がちに声をかけられる。
「おい、ほんとに大丈夫か?」
声がした方を見ると、私と同様、子供を荷台に乗せるのを手伝っていた銀髪の少年だった。
他にも私を気遣うような優しい視線が一心に向けられていることに気づく。その中の誰一人として、怯えた目をしている子はいなかった。
「大丈夫って言わなかったっけ?」
返す言葉が皮肉気味になってしまうのは許してほしい。だって、こんなにも温かい気持ちは初めてで、気丈にふるまわないとすぐに声が震えるから。また理由もわからない涙がこぼれそうだから。私は顔を隠すようにもう一度深くフードを被り直す。
「そうか。ならいいけど」
「それよりも急がないとでしょ?みんな準備はいい?」
出来るだけ声が明るくなるように努めながらなんでもないように振る舞う。
そのあからさまな私の態度にわざと気づかないふりをして、金髪の少年が答える。
「ああ、問題ないさ。早速出発するとしようか」
「ですがどちらの方角に進めばよいのでしょう?」
「それなら心配いらないわ。私が道を覚えてるからついてきてちょうだい。ゴーレムちゃんたちは私が動かすから一番後方は本物の荷馬車を動かせる貴方ね」
今後の方針を軽く決め、それぞれの荷馬車の御者台へと乗り込む私たち。町へ帰るため、ゴーレムちゃんに魔力を込め、動かそうと試みた。
…うん、動かないんだけど。まさか私の魔力切れ…?
「おいっ!後ろっ!!」
荷台に乗っている子供たちの叫び声と銀髪の少年の鬼気迫る声に反射的に後ろを振り返る。そこには思わず目を疑う光景が広がっていた。どこから生えてきたのか、謎の植物の蔓が私たちの行く手を阻むがごとく、荷馬車の車輪に絡まっている。
私がいくら魔力をこめても動かなかったのはこういうことか。同時に他の荷馬車に目を向けるも同じような状態に陥っている。そうしている間にも、どんどんと蔓は伸びて絡み合う。
これでは先に進むことも引き返すことも出来ない。一体何が起こっているの!?敵は全員倒したはずなのに。
…いや、全員じゃなかったー!!まだ一人残っていたか!
私をこのアジトへ連れ去る際に荷馬車の操縦を任されていたあの老人が。ここにきてあの老人も魔力持ちだなんて…笑えない冗談だ。
すると墓地の方からゆっくりこちらへ歩み寄る人影が見える。近づいてきたそれは紛れもなくあの老人であり、彼の周りには、まるで彼を守るかのように蔓がゆらゆらと揺れている。
「っふぉっふぉっふぉ。まさかここまでの魔力を持つ子供がいたなんて知らなんだなあ。どの子じゃ、ほれ正直に言ってみよ。正直に言えば手荒なことはせんと約束しよう」
嘘だ!!手荒なことはしないっていう輩は大抵悪いことをする大人の常套句なんだから。老人はそんなことを言いつつも視線をしっかり私の方へ向けてきている、ように感じた。
困ったなあ、あいつを倒さない限り前に進めないってこと?勘弁してよ、さっきのゴーレムちゃんを作るのにほとんど魔力使っちゃったのに。残り僅かな魔力はゴーレムちゃんを動かす用に取っておかないといけない。じゃあまた、ライファに魔力を分けてもらう?いや、それはダメだ。私に代わって今度はライファがダウンするかもだし。
悩み続ける私とは裏腹に、隣の荷馬車に乗っていた金髪の少年がひらりと地面に降り立った。
ちょ、何してるのよあんた…!!私の心配を見透かしたように少年はこちらを振り返り笑う。
「ここは僕に任せてほしい。僕の実力を君に認めさせるいい機会だ。さきほどは見せ場を他の者に取られてしまったからね。さあ、汚名返上といこうか!!」
…気のせいだろうか。彼は心底この状況を楽しんでいるかのようだ。それに、アジト脱出の際、私に弱い認定されたこと、根に持っていらっしゃいます…?
余裕の笑みを浮かべた彼は負けるなんてさらさら思っていないような好戦的な瞳をきらきらと輝かせた。他の少年二人はやれやれといった顔で事の成り行きを見守っている。
「ほお、お主が相手をしてくれるのか。良いだろう。じゃが手加減はできんぞ。死ぬ覚悟でかかってくるがいい」
「そこのご老体。手加減など不要さ。一瞬でけりをつけてあげよう」
お互いの視線が交差した後ー
勝負は唐突にして始まり一瞬にして終わる。それはわずか数秒のこと。
「‟コントロール・ヴァイン”!」
「‟インフェルノ・ソード”!!」
老人の周りをゆらゆらと漂っていた植物の蔓が少年めがけて一直線に伸びる。同時に少年は力強く地面を踏み込むと、その手を剣を持つかのように構えて飛び出していく。詠唱を唱えた瞬間、その何もなかったはずの空間に赤く燃え上がる美しい剣が現れる。目の前に飛び出てくる蔓を華麗な剣技でなぎ倒しながら一瞬で老人との距離を詰めた。
(は、速い!!)
これを素人目に見たならば、何が起こったのか分からないだろう。目が追いつかないほど、彼の動きは速くて無駄がない。私でさえ何が起こってるのか把握するのだけでやっとなほど。
ドスっという鈍い音と共に地面に崩れ落ちたのはもちろんあの老人だ。
少年は眩しいほどの笑みを浮かべて優雅にこちらへつかつかと歩み寄ってきた。
*作成秘話*
アイリスを救う言葉をかけたのは名前も出てこない脇役の男の子でしたね!実はこの「綺麗だね」というセリフ、誰に喋らせるか滅茶苦茶悩みました。
なんでこの男の子にしたのかというと…。少年たちのうちの誰かに言わせると、フラグがたってストーリーが分かりやすい展開になりかねないと思ったからです。メインヒーローたちの活躍が見たいというそこの読者の皆さん!もう少々お待ちください…。




