12、勝負の行方
金髪の少年は、不安そうな顔をしながらも連れのもう一人の少年と一緒に幼い子供たちの手を取って出口へと走り出した。その姿を見届けてから、銀髪の少年が私の隣に立つ。
「俺も一緒に戦う。足手まといにはならないから」
(いやいやいや、ちょっと待って。狙われてるのあなたたちだよね!?最優先事項で逃げなきゃいけない人達でしょうが!)
内心で盛大にツッコミを入れる。想定外のことになってしまった。一人で足止めする予定だったのに。というか私一人じゃないと危ない。私は魔法の力加減が壊滅的に下手くそだから隣に人がいると、その人まで私の魔法の餌食になってしまう可能性がある。
黙っている私に不信感を覚えたのだろうか。銀髪の少年が再び声をかけてくる。
「どうした。俺じゃ不服か」
「いえ、そういうんじゃないけど…あなたも先に行ってて大丈夫よ。私一人で何とかできるもの」
そう答えると、銀髪の少年がムッとした顔をして言い返してくる。
「こんな時に女一人置いて逃げられる訳ないだろ。俺だって普段から鍛えているんだ。もう少し信用してくれもいいんじゃないか」
「そういわれても…初めて会ったばっかの人を信用する方が難しいんじゃ…?」
そんなやり取りに口を挟むように、ヒョロヒョロのっぽがイライラした口調で声を荒げる。
「さっきからゴチャゴチャうるさいんですよ。あなたたちのせいで大事な大事な商品たちが全員いなくなってしまったではないですか。仕方ありませんね。この際多少強引な手になっても連れ戻すことにしましょう。痛い目を見たくなかったらさっさと捕まりなさい!」
男が右手をこちらに向けてかざす。また魔法を使う気か。
困ったなあ、人相手に魔法を使ったことがないから手加減できる気がしない。
えっと、多分初級魔法なら大丈夫よね?初級魔法、初級魔法…って何があったっけ?初級魔法を使えるようになったの、大分前だしなぁ。覚えてない…。
「‟ウィンド・ブレード”」
考え事をしていたら、急に力強く腕を引っ張られた。直後にヒュンッと風の音が聞こえ、見ると私がさっきまで立っていた床に大きな亀裂が入っている。
「っぶねえな!どこ見てるんだよ!」
どうやらこの銀髪少年が助けてくれたみたいだ。ぼんやりしていて相手の攻撃に気づかなかった。
「ありがとう!助かったわ」
ここは素直にお礼を言っておこう。あの攻撃が当たっていたら足が使えなくなって逃げるのが困難になっていたところだ。
「お前よくそんなんで一人で大丈夫とか言ったな。危なっかしくて見てらんないんだけど。よし、決めた。俺があいつの間合いに入れるようにお前は後方で援護を頼む」
そう勝手に役割分担を決めると、少年は勇敢に目の前の男に立ち向かっていく。
確かに魔法を使えるものにとって接近戦ほど分が悪い勝負はない。なぜなら魔法を発動させるためには詠唱が必要ですぐに発動できない上に、自分の近くで魔法を使うことで上手くコントロールできなかった場合、その攻撃の矛先が自身にも向きかねないからだ。
自分の間合いの内側に入られてしまったら為すすべもないだろう。
その隙を突いての案なのだろうが、一応相手は大人だよ?いくら弱いとは言っても、身長差もあるし大丈夫かな。
不安になりつつ少年の方を見ると、やはり相手に近づくのに苦戦しているようだ。間合いに入ろうとしても魔法を使われて思うように動けない。
そりゃあそうよね。遠距離攻撃が魔法の強みなんだから、そう簡単に近づけさせてくれないか。
でも接近戦に持ち込む為の手助けくらいなら私にも出来るはず。
<ねえ、アイリス。僕の存在忘れてない?僕があいつの隙を突くから、アイリスはあの少年のカバーをしてあげて>
そうか、ライファがいたんだった。さっきからあまりにも静かだから忘れてた。
「分かった、それでいこう!」
<そうそう、なんでもかんでも一人でやろうとするのはアイリスの悪い癖なんだから。頼ってくれないと困るよ!>
私を狙って放たれた風の刃を華麗に止めながら余裕の表情を浮かべながらライファが言う。
攻撃を防ぐのはライファに任せるとして私は…決めた!あれを使おうか。
「何っ!?私の‟ウィンド・ブレード”が急に消えただと!なぜだ、魔法を使わずに止めることなんてできないはず!」
そっか、あの男にはライファの姿が見えないんだっけ。それなら好都合だ。
私は私のやるべきことをしないとね。
(‟パワー・アップ”)
銀髪少年の足に集中して、私の魔力を流し込む。魔法をかわすのに苦戦してるっぽかったし、脚力が強くなれば移動速度が上がって敵に近づきやすくなるだろうという予想から、私が使った魔法は筋力を高めるための魔法だ。
「っ!もういい!所詮は子供、すぐ魔力切れするでしょうから後でどうとでもなるはず。まずはあの男のガキを倒すことにしますか」
私に魔法が当たらないことでイライラした男は今度は銀髪の少年に的を絞るようだ。そのためこちらへの攻撃がぴたりと止んだ。男が気を取り直すように今度は少年に向かって魔法を放つ。
「‟ウィンド・ブレード”!」
「右によけて!」
少年に指示を出し私は事の顛末を見届ける。さて、私の魔法は上手くいったのかどうか…。普段使うことのないタイプの魔法だしあまり自信がないんだけど。
「うわっ!何だこれ!」
指示に従い素早く右方向に少年が走った…のだが、勢い余って壁に突進した。
「ってえな…」
(あちゃ~。またやりすぎちゃった…)
今度こそうまくいったと思ったんだけど。心なしか、この戦闘の中で一番のダメージを負っている少年に心の底から申し訳なく思う。
「何がどうなってるんだ…?」
「ごめん…。ちょっと足の強化をしてあげようと思ったんだけど。やりすぎちゃったみたい。今解除するから、」
「いや、これでいい。確かに少し驚いたけどこれなら近づくチャンスができる」
そう言いながら少年は不敵な笑みを浮かべた。なんだかすごくポジティブな子ね。あれを使いこなすの相当難しいよ?でも、自信があるみたいだしまあいいか。
ふと男の方を見ると、こちらは唖然とした表情で突っ立っている。今何が起きたのか、さっぱり理解できないという表情で。
もう、戦闘の最中でぼーっとしてるなんて、なってないんだから。
「ライファ!」
<任せて☆>
ライファの手から水の玉が現れ、そのまま真っすぐに放たれる。我に戻った男が慌てて風魔法で打ち消そうと詠唱を唱えたときにはもう勝負がついていた。
銀髪の少年が素早く懐に入り込み、男のみぞおちに華麗なフックを決めていたからだ。
「ぐはっ!」
軽くうめき声を上げながら男はその場に力なく倒れこんだ。それにしてもあの少年。いくら急所に当たったからと言って大の大人を一発で仕留めるなんて…どれだけ怪力なのよ。普段鍛えているという言葉はあながち嘘じゃないのかもしれない。
そして男が倒れると同時にライファが放った水の玉が少年に当たる寸前のところで、
(‟プロテクト・エリア”)
私の魔法により水が弾け飛んだ。
「よかったー、間に合って」
いくらライファが人間が死なない程度にかげんしてあるといっても、当たったら軽傷ではすまないだろう攻撃を間一髪で防ぐ。
「お前、無詠唱で魔法使えるのか。さっきは俺が聞こえてなかっただけかもしれないと思ったけど…どうやってんだ、それ?」
やっぱりこれ、普通じゃないんだなあ。
アルベルン家では誰もこのことに突っ込む者はいなかったけど、先ほども見た通り、皆詠唱をちゃんと声に出して魔法を発動させている。しかし私はわざわざ声に出さずとも心で念じるだけで魔法を発動させることが出来るのだ。
「そんなことはどうでもいいじゃない。さ、この男が倒れている間に外へ出ましょう!」
考えた挙句私は強引に話の方向を変えた。だって実際問題私にもその原因は分かっていないんだし、説明の仕様がないんだもの。
私たちはその後、ヒョロヒョロのっぽの意識が完全に失われていることを確認してから脱出を急いだ。外へと繋がる階段を駆け足で登るが、一向に先が見えてこない。どれくらい登っただろうか。息が切れてヘトヘトになったころようやく外の光が見えてきた。
もうすぐ外に出れる。その希望だけを頼りに言うことを聞かなくなってきた自分の足を無理やり動かしてまえに進む。
こんなことになるんだったらもっと普段から鍛えておくべきだった。それに魔力もだいぶ消費してしまったからなんだか頭が痛い。外へ出たらライファに補給してもらおう…。




