10、出会い
それにしても。この頑丈そうな鎖、どうやって外そうかなぁ。試しに引っ張ってみるけれど壁にしっかり固定されていて抜けそうにない。明らかに人間に使うための鎖じゃないように感じる。仕方ない、鎖は後回し後回し。
とりあえずこっちを優先しよう。彼らの目隠しを取ってあげるべく静かに近づいて屈みこむ。
(うわー、間近で見ると結構痛そう…)
犯人集団にやられたと思われる傷は肉眼で見るとその加減のなさが見て取れる。
破れた衣服からのぞく肌が、見るに堪えない紫の痣になっていたり、皮膚が切れて赤い鮮血がにじんでいたり。
他の子供たちでさえここまでのケガを負わされていなかったのに。これは目隠しを取る前に治療してあげる必要がありそう。さすがの私も同じ年ごろの男子三人を担いで逃げるのは無理だもの。
(‟オーバー・ヒール”)
みるみるうちに痣が薄くなり、流れていた血も止まって皮膚を再生し始める。
いやあ、こんなこともあろうかと思って治癒魔法だけはしっかり教わっといて正解だったな。私自身魔法の練習でケガをしていたから、普段から使い慣れている治癒魔法はお手のものだ。
しっかりと傷が塞がったのを確認してから、一人づつ順に目隠しを取る。そこへ現れたのはこちらが思わず息をのむほど整った顔立ちの三人組。三人は困惑と安堵が混じった表情をするも、すぐ警戒するように鋭い目でこちらを見ている。
彼らの立場にたってみればその反応は至極真っ当なものだ。自分の身を脅かす存在かもしれない新しい敵が現れたかと思いきや、その人物が自分たちの手当てをしだしたのだから、助けが来たのかとさぞ期待に胸を膨らませていたことだろう。
しかしそこにいたのは騎士団なんかではなく、髪を一房も外へこぼすことなくしまい、目が見えるか見えないかのギリギリまで深くフードを被った年齢不詳な怪しげな町娘風の少女。
うん、自分でも滅茶苦茶怪しいだろうという自覚はある。視界が暗くなるし前も見にくいから私だって出来るならフードを取りたいけど、こちらにだって取るわけにはいかない理由がある。
痛いほどの視線を全身で受け止めつつ、私も同じだけの熱量で視線を返す。
いつも思うけどこの世界の人って絶対美男美女じゃないといけない決まりでもあるの?我が家も顔面偏差値がインフレしちゃってるし。
お父様とお母様が美しいのは当たり前としても、私付きのメイドや護衛ですら皆よく整った顔をしているのだから不思議だ。
それでもこの三人は別格というかなんというか…。
ってそんな余計な事を考えてる暇なんかないんだってば!!集中力が足りてないって屋敷でさんざん言われてきたのに。
「あなたは一体…?」
「どうやってここに来た」
「お気を付けください。ルーク様」
「……」
三人の問いかけなど、私の耳には全くと言っていいほど届いていなかった。今はただ、この状況を切り抜ける方法を考えるだけで頭がいっぱいになる。
『ライファ、この鎖、どうやったら切れると思う?』
<そうだなぁ、熱で溶かしちゃえば?>
『もう、ライファはすぐそーやって簡単に言うんだから。私の魔力も無限じゃないのよ』
ライファのやり方は単純だけど力任せすぎてよくない。もっと効率よく最小限の力でどうにかしたいんだけどな。
「もしかしなくて君、精霊術師かい?君の目的はなんだ?」
三人の中で一番豪華な衣服に身を包んでいる少年が言う。それも今となっては彼らが受けてきた暴力の悲惨さを強調するための道具でしかない。
「目的によっては君が子供であろうと容赦はしないよ」
あー、はいはい。捕まってるご身分で何を言ってるんだか。その状態で何ができるっていうのよ。
…ちょっと待って。この少年、何か聞き捨てならないことを言ったような?精霊術師って言った?あれ、なんでわかったんだろ。普通の人にライファの姿は見えないはずなのに。
「…根拠は?」
「僕自身も精霊術師だからだよ。君ほど強力な精霊とは契約していないけどね」
そういうことか。確かに同じ精霊術師ならライファが見えてもおかしくはない。
「ところで、さっきの質問の答えは」
私が精霊術師だと分かったからなのか、彼らの視線は一層鋭さを増した。もう、こんなところで敵認識されてる場合じゃないんだけど。
「私は決して怪しい者じゃない。安心していいわ」
そうそう、このセリフ、一度使ってみたいと思っていたんだよね。まさかこんなところで使うことになろうとは。今の私、世界の平和を守るヒーローみたいじゃない?
「「「……」」」
おかしい。かっこよく決めたつもりのセリフに対して何も反応がない。
「あ、あれ?私、何か間違った?じゃ、じゃあ、えっと…あなたたちを助けに来たわ!」
「「「………」」」
これでどうだ!
…ねえ、やめて。その冷ややかな目を向けるのはやめてってば。あとなんか言いなさいよ!私が変な子みたいじゃない。
「すみませんルーク様。疑っているわけではないのですが、彼女は本当に精霊術師なんですか。ただのバ…いえ、変わった人のようですが」
「残念ながら事実だよ…お前たちにあの精霊が見えていないことが悔やまれる。僕が嘘をついているみたいじゃないか」
「もう!失礼な人達ね。私はれっきとした精霊術師です!おいで、ライファ」
パンパンッと二回両手を叩く。これは私が他の人にライファを見せてもいいと判断したときにやる合図だ。普段は屋敷の人にしか姿を見せないライファが普通の人に姿をみせるなんて滅多にないんだからね。こうでもして信じさせないと私はただの馬鹿認定されてしまう。それは誇り高きアルベルン伯爵家の長女として決して許されないことだ。
<アイリスったらどういうつもりなの。初対面の相手に僕の姿を見せるなんて>
「仕方ないじゃない、この人たちが全然信じてくれないんだもん」
私の右肩に座るライファが突然見えるようになった二人は、信じられないといった顔で唖然として私たちを交互に見た。
「「本当だったのか…」」
「何だい君たち、僕の言葉を疑っていたのかな?」
「いえ、決してそう言う訳ではなく…」
よほど精霊という存在が珍しいのだろうか。遠慮のない視線に耐えかねたのか、
<なーにー?僕は見世物じゃないんだけど。いくら僕が愛くるしい見た目をしていようとそれ以上見るなら拝観料とるよ?>
と、あからさまに不機嫌になったライファが言う。
「すまない…。俺たちは精霊を目にする機会がほとんどなかったから…許してほしい」
「…申し訳ありません」
ばつが悪そうに謝る二人。しかしその反応は無理もない。人は微精霊でさえ、姿を認知できないのだから。私たちのように精霊と契約していない者は一生その姿を見ることなくその生涯を終えることがほとんどだし。
「そんなことより、早くこれをどうにかしないと。追手が来るわ」
<まだ話は終わってないのにー。今回だけは見逃してあげるけど、次はないから>
「ああ、ありがとう」
そのやり取りを横目に再び私は鎖に向き直る。
「うーん、やっぱり固すぎるなぁ。‟ウィンド・ブレード”も使えなさそう。こうなったらライファの言う通りにしてみるしかないわ」
成功する補償はないけど何せ時間がない。急がないと。
「ちょっと危ないからできるだけ壁から離れて立ってくれる?」
三人は不思議そうにしながらも大人しく指示に従って鎖が伸び切る位置まで移動する。よし、これくらい離れてくれればいけそうかも。鎖に手をかざして意識を集中させる。
(‟アース・マグマ”)
私の手から赤い炎が飛び出し、壁につながれている鎖の先端に集中して炎がそれらを包み込む。目をとじて想像力を膨らませる。地中奥底から熱い熱い灼熱の塊が隆起しあふれ出す光景。沸々と煮立つような赤い液体。それらが私の瞼の裏に焼き付くくらい強く思い描く。
<アイリス!やりすぎやりすぎ!>
ライファの声で一気に現実に呼び戻され目を開くと、鎖はもう原型をとどめていないくらいにドロドロに溶けていた。
やば…もしかして私、またやっちゃった?
私の最大な欠点はこれだ。魔法の完成度は全て想像力によって決まるが、私は想像力がありすぎるのかいつも自分が思っているより強力すぎる魔法を発動させてしまう。今回は上手くいくと思ったのに…。
「…すごいな。ってか魔法も使えるのか」
「こんなの見たことないね…」
「どうすればそんなに完成度の高い魔法が使えるのでしょう」
感心したように声を上げる彼らは私の魔法をみても至って普通の反応をしている。珍しいな、私のやや強めの魔法を見て怯えちゃう人も結構多いんだけど。そのせいで私の魔法を指導するための家庭教師は何度入れ替わったことか。
「あとはそのロープを切るだけね。ライファ、お願い」
<任せて☆>
ライファが正確な風魔法で三人のロープを切った直後、この部屋に近づいてくる魔力を感じた。うん?この魔力、何か変な感じがする。でも、そんなことに構っていられない。早くしないと全員を助け出せなくなってしまう。想定よりもバレるのが早かったけど、仕方ないか。
「みんな、いける?追手が来てる。急いで脱出しましょう」
私の掛け声で、今自分たちが置かれている状況を思い出したかのように彼らの顔つきが厳しいものへと変わる。
「君についていろいろ聞きたいことはあるけど、今は脱出することを優先しよう」
「ここから出たら、あの魔法について詳しく教えてもらうから」
「そうですね…。なんだかおもしろいお話が聞けそうです」
腑に落ちない顔をしながらも、彼らは脱出に意識を集中させることにしたようだ。
「さあ、急いで!」
第二関門、突破。




