婚約破棄された公爵令嬢のわたしは新たな地で生きていく
婚約破棄ものを初めて書きました。最後にざまぁ要素は入れてますが、ややテンプレとは違う展開になっています。どうぞお楽しみください。
「フランソワーズ・トレーディア。汝との婚約を破棄することとする」
何の前触れもないルビー王国王太子からの発表に、場内は騒然となった。学院のパーティーで婚約者本人から突きつけられた、公爵令嬢であるわたしへの突然の婚約破棄。こんなこと常識ではありえない。わたしはいきなり頭の中が真っ白になった。
「そんな莫迦な! このような非常識な発表は前代未聞ですぞ!」
わたしの父のトレーディア公爵が口を荒らげて抗議した。当然だろう。ルビー王国屈指の名門であるわがトレーディア家。わたしは未来の王妃として輿入れするはずだったのだ。
同じパーティー会場にいる、子爵令嬢ドロテアのニヤリとした顔が目に入ってきた。あの女の仕掛けなのか。実は事前に彼女の動きに関して、王太子に接近を図っているという、いろいろと不穏な情報が入ってきてはいたのだが、王太子を信頼するあまり、一笑に付していたのだ。
「訳をお聞かせ願いましょうか」
父は激しく詰め寄ったが、王太子は冷笑を浮かべ
「お嬢様の名誉のためには公表しない方がよろしいかと存じますが、敢えてと申されるなら、お話ししましょう」
王太子は、わたしの罪状なるものを並べ立て始めた。まず上がったのが、子爵令嬢ドロテアへの、不当なイジメだった。彼女の人気に嫉妬してという理由が挙げられていたが、どういうことなのだろう? 彼女なんか眼中にはなかったのに。
続いて、学院内でのわたしの不品行、不行状が次々と並べ立てられたが、いずれも身に覚えがないか、事実を激しく歪曲されたものであった。つまり冤罪だった。そして、最後はわたしへの人格攻撃で終わった。
次期国王としては、やや能力には欠けるけど、優しい人物だと思っていた王太子の変節ぶりには驚かされた。やはりドロテアにたぶらかされているのだろう。
にわかに信じがたい、あまりにひど過ぎる内容の発表に、人々は発表を信用できず、場内の雰囲気は、わたしへの同情へと変わっていったのだが、何とも厚顔無恥なことに、わたしへの告発が終わると、なんと、王太子とドロテアの婚約が発表されたのだった。
「ひどいわ、やめて! 全部嘘よ、濡れ衣だわ!」
あまりにひど過ぎる一連の出来事にいたたまれなくなったわたしは、立ち上がって叫ぶと、部屋から走り去ったのだった。
「フランソワーズ、待ちなさい!」
背後から止める父の声を振り切って、駆け出したわたしは、学院のすぐ傍の暗い森の中を1人で走っていた。
「姫、お待ちを!」
わたしの後を追いかけてきた公爵家の女騎士シルビアだった。わたしと同じ17歳で、わたしが最も信頼する側近で、親友でもあった。わたしは追いついて来た彼女の胸に飛び込んだ。そして泣いた。
「シルビア、悔しい、悔しいわ!」
「姫……」
長身で美貌の女騎士は、何も言わず、わたしの体をしっかりと抱きしめてくれた。
そして、いつの間にか、シルビアを含め、わたしの親衛隊をもって任ずる4人の女騎士たちが、わたしの周りに集まっていた。全員がわたしとほぼ同じ年代だが、わたしに深い忠誠を誓っている。わたし自身も姫騎士として、彼女たちとともに戦う戦士でもあった。ルビー王国の5騎士として名前が知れ渡っているわたしの自慢の仲間たちだ。
時間が経つと、ようやくわたしは話ができるようになった。
「これは罠よ。わたしは罠に嵌められたんだわ」
「罠? 誰でしょうか?」
いつも明るい、年下の女騎士クラリスが尋ねてきた。
「ドロテアよ、子爵令嬢の。あの女が、王太子妃の地位をわたしから奪い取るために、わたしを陥れたんだわ」
「子爵令嬢⁉ おのれ、許せない!」
クラリスと同じ16歳で高い戦闘力を持つ優秀な戦士のアデルが怒りを露わにした。だが、彼女達を統率する立場のシルビアが大事な事を尋ねてきた。
「姫、これからどうなさるおつもりですか?」
「どうしたらいいかわからないわ。わたしはもうダメだわ。王室から婚約を破棄された上に、公衆の面前で、あんな風に嘘を並べて公然と罵られて……。もうキズモノという訳よ。どこにも行くところはない。何も希望はなくなってしまったわ。いっその事、ここで皆で抗議の集団自決を……」
その場に緊張感が走った。わたしが動揺のあまり、あらぬことを口走ってしまったからだ。わたしが死を持ち出したことで、ただならぬ雰囲気になったのだった。だが、そこで15歳で最年少の女騎士シモーヌが、表情一つ変えず、片膝を地面につける臣従礼の姿勢を取って、恭しく語り出した。
「わかりました。姫が我らに、ここで死ねとお命じになるなら、よろこんでわが命を……」
わたしはシモーヌに最後まで言わせず遮った。彼女が本気で言っていることはわかっていた。彼女のわたしへの一途な忠誠心は知り抜いているつもりだ。このような忠実な者を死なせてはならない。
「わたし、どうかしてるわね。ごめんなさい。こんなこと口走るなんて恥ずかしい。でも、あなたたちの気持ちは充分わかったわ、ありがとう。あなたたちの命を無駄に捨てさせるなんて事は絶対にしないから」
「姫……」
わたしの言葉を聞いた全員の目に涙が浮かんで、皆で泣きじゃくった。ひとしきり泣きまくった後、一番気が強いアデルが口を開いた。
「それにしても憎っくきは子爵令嬢ドロテア。このまま子爵邸に乗り込んで、ぶち殺してやりたいけど」
物騒な事を口走る、血気にはやるアデルを、いつも冷静なシルビアが窘めた。
「短慮に走ってはダメよ。それこそ相手の思うツボ、そのくらい百も承知で厳しい防御を敷いてるわ。そんなところにうかうか乗り込んで、捕まりでもしたら、それこそ公爵家が取り潰されてしまう」
「でも、それでは姫のお気持ちが!」
意気盛んな闘将アデルは、なかなか納得しなかったが、その時だった、天然娘で、いつも突拍子もない事を言い出してみんなを驚かせるクラリスがサプライズな提案をした。
「そうだわ! みんなで異世界に行ったらどうかしら? 異世界で出直すのよ」
「ええっ、異世界⁉」
クラリス以外の全員が驚いて一斉に叫んだ。しかし、クラリスは本気だった。ふざけているように見えても、彼女はいつも本気なのだ。
「わたしは真剣よ。みんなで行けばなんとかやっていけるわ」
クラリスの言葉を、わたしが引き取った。
「いいアイデアかもしれないわ。もうこの王国に居場所はないもの。他国へいったところで婚約破棄されたレッテルはつきまとう。誰も知らない新しい場所で出直すのよ。行きましょう異世界に」
「はい!」
この騎士団の中では、わたしが決めれば最終決定になるのだ。これで決まりだった。
「公爵閣下には、何とご説明を?」
さすがはシルビアだ。大事なことが抜けていた。彼女は父公爵からの信任も篤かった。
「手紙を書くつもりよ。あなたたちと一緒に遠い所に旅すると。いつか戻るから、探したり、後は追わないように付け加えるわ。もう1つ、ルビー王国から離脱して、隣国のダイヤ王国に移籍するようにと助言しておくわ」
「わかりました」
こうして、わたしたち5人は異世界転移することを決めた。悪くない5人だ。自分で言うのもなんだけど、わたしを含めて皆、水準以上の美少女ばかりだった。
わたしの信頼が篤い、思慮に富んだ知将シルビア
仲間たちの中で最も気が強く、優れた戦士アデル
わたしたちの中のムードメーカーで天然娘のクラリス
汚れを知らぬ清純派で、わたしを一途に慕うシモーヌ
彼女達と一緒なら何でもやれるような気がする。わたしにとっては大切な、大切な宝物だ。なまじの王妃の椅子なんかより、彼女達の方がわたしには大事だった。ドロテアへの復讐など、もうどうでもよくなっていた。
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わたしたちは、王国で名前が知られている年老いた女の魔法使いの前にいた。公爵家との付き合いは古く、今回もあらかじめ多額の報酬を前払いで払っていた。
「ふーむ、異世界転移ですと?」
「はい、お願いします」
世故に長けた老婆は、理由を尋ねるような野暮なことはしない。いきなり本題に切り込んでいった。
「異世界転移の術を操れる者は、王国でも数人しかおりませぬ。我にも可能ですが、いくつか問題が」
「問題とは?」
「まず、どのような世界に行くかわかりませぬ。人の住む世界には行けますが、行先をこちらから決める事は出来ぬわけでして。更にもう1つ、一度異世界に行ってしまえば、もう二度とこちらへ戻ることはできませぬ。お嬢様にその御覚悟がおありかどうか?」
わたしの脳裏に両親の公爵夫妻の顔が浮かんだ。大いなる愛情で今まで育ててくれた。ルビー王国の王妃となり、何不自由ない生涯を送れる手筈まで整えてもらっていたのに、寸前で挫折してしまった。
置き手紙にはいつか戻るとは書いたが、異世界に行ってしまったらもう戻れないのだ。たとえ婚約破棄されて行先がなくなっても、これまで通り公爵領の中で、庇護された生活を送らせてもらえるだろう。だが、これからは自分の力で生きていくのだ。もう決めたのだ。
「はい、覚悟の上です」
わたしは老魔法使いにはっきりと返事した。
「うむ。わかりました。では、始めまする」
わたしたち5人の仲間に、異世界転移の魔法がかけられた。いよいよ異世界に行く事になったのだ。徐々に意識が薄れていく。行く先に何が待っているのか、期待と不安が相半ばしていた。
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異世界転移は見事に成功して、わたしたちの新しい場所での新しい生活は始まっていた。ここではわたしは、ただの一市民だ。
わたしは民情視察と称して、一人であちこち街を見回っていた。といっても、実際には自分が楽しむためでもあった。だが、そこへ
「うわあ、助けてくれえ!」
助けを求めて逃げる、何人かの声が聞こえてきた。見ると奇怪な怪物と戦闘員が、人々を追い立てていた。怪物は背中から何本もの触手が伸びている不気味な姿をしていた。
「妖魔だわ!」
こちらの世界では、妖魔と呼ばれる怪物が一般市民を苦しめているという話は聞いていた。だが、実際に遭遇するのは初めてだ。姫騎士としての本能が蘇ってきた、罪もない人々が襲われている時に、逃げることはできない。
ブローチを取り出す。変身アイテムだ。それを掲げて、変身! と叫ぶと、全身が光の帯に包まれた。わたしはバトルモードのコスチュームに変身した。魔法少女だ。
「待て、妖魔!」
わたしは、妖魔らの前に仁王立ちになった。全身赤を基調にした戦闘スタイルで、両腕両脚には白いロンググローブとロングブーツ、上はドレス風、下はミニのフレアスカートだ。髪も真っ赤に変わっている。この姿になると、一般人の数倍の戦闘能力も持ち、必殺技まで出せるようになるのだ。
「なんだお前、そのコスプレ?」
「わたしは正義の魔法少女プリティレッド。妖魔、大人しく引き下がりなさい」
だが、敵がその程度で引っ込むはずはない。
「正義の魔法少女だと。本当にいたとは。俺は妖魔クラーケンだ。お前らやれ!」
クラーケンと名乗る妖魔の命令で戦闘員たちが襲いかかってきた。だが、下級戦闘員など敵ではない。わたしは4、5人の戦闘員をあっという間に片付けた。そして妖魔と1対1で対峙した。
シュッと、妖魔の触手が4本一度に伸びてきた。最初の3本は交わしたが、最後の1本が右腕にからみついてきた。
「しまった!」
動揺したわたしの隙をつくように左腕、両脚にも触手が巻き付いてくる。わたしは磔にされたような格好で身体を拘束されてしまった。
「ああっ、動けない!」
わたしは大ピンチに陥ってしまったのだ。すると妖魔の触手がもう一本スッと伸びてきて、わたしのミニスカートのフロント部分をペロッとめくり上げた。わたしが穿いていた白いショーツが露わになってしまった。
「きゃあっ!」
「グフフ、正義の魔法少女のエロい眺め最高。純白とはたまらんなあ」
「まあ、何見てるの! このエッチ妖魔!」
わたしは激しく怒ったが、両手足を拘束されているので、まったく反撃できなかった。
「いやっ! 放して!」
だが、わたしの身体は空中に持ち上げられ、両腕両脚は大きく大の字に広げられた。
「く、悔しいっ!」
わたしは歯噛みして悔しがったが、妖魔は調子に乗って来て
「フフ、エッチ妖魔と呼ばれたからには、エッチなことをしてやらねばならんな」
と言うと、さっきわたしのスカートをめくって触手を再びわたしの下半身に伸ばしてきて、あろうことか、パンツの上からわたしの股間をまさぐりだしたのだった。
「ああっ!」
たまらず、わたしは悲鳴を上げた。こんな暴挙を受けて、わたしは屈辱に身体が振るえた。妖魔からこのような辱めを受けたことで、わたしの怒りのエナジーが燃え上がったのだ。エナジーが強烈な電流に変換して、触手から妖魔の体に流れていく。
「ギャアアッ!」
電流で痛い目にあった妖魔は、たちまち触手を緩めた。わたしはなんとか拘束から脱出することができた。その時だった。
「レッド! 大丈夫ですか?」
「ブルー!」
青いコスチュームを先頭に、4人の魔法少女が飛び込んできた。青、緑、桃、白のコスチュームを着ている。
シルビアが変身したプリティブルー、アデルはプリティグリーン、クラリスはプリティピンク、シモーヌはプリティホワイトだ。
「おひとりで戦っては危ない、とあれほど言ってたのに!」
わたしはシルビアのブルーから怒られてしまった。
「後はわたしたちにお任せください」
というと、彼女たちは妖魔をボコボコにしていく。わたしの電気攻撃で萎縮した妖魔の触手はもう使い物にならなかった。
「子爵令嬢の代わりだ! ぶっ殺してやる!」
相変わらずアデルのグリーンは激しい。強烈なハイキックを何発も蹴りつけた。
「わたしの真剣さを証明する時が来たわ!」
とクラリスのピンクもパンチを繰り出す。シモーヌのホワイトと言えば
「姫に無礼を働くエッチな妖魔は許さないわ!」
嬉しい事を言ってくれる。もう妖魔はボロボロだった。
「5対1とは卑怯だぞ。貴様ら正義の味方じゃないのか? こんな汚いことしやがって!」
と妖魔はほざいたが、もう勝敗は明らかだった。いよいよ止めだ。
「ブレイクキャノンいくわよ。レッドも加わって下さい!」
ブルーが号令をかける。わたしも加わった5人の力を合わせた必殺技ブレイクキャノンが炸裂した。妖魔クラーケンは消滅したのだった。
「終わったわね」
わたしたちは変身を解除して、もとの姿に戻った。
「姫、お体を大切にしてください。姫に何かあったら大変です」
「わかったわ。これからは慎重にやるから」
異世界に来ても、彼女たちの忠誠心は揺らいでいなかった。リーダーとしていささか頼りないわたしを支えてくれる。どこの世界でも戦いはある。これからは、正義の魔法少女として、こちらの人々を守っていくのだ。
ルビー王国では、訓練を受けた10代の少女は、魔法少女に変身できる能力を持つことができる。わたしたちは、この能力を使ってルビー王国で、魔族の侵攻から人々を守っていたのだ。わたしたちがいなくなってルビー王国がどうなったか考えないでもなかったがもう知ることはできない。
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異世界に転移してしまった公爵令嬢と女騎士たちは知る由もなかったが、母国、ルビー王国は大変な事態になっていた。例の婚約破棄からほどなく、魔族に王宮を急襲されたのである。
それまで、王国を守っていた姫騎士と女騎士を失って、守備力が大きく低下したルビー王国は、なすすべなく魔族に蹂躙され、王室は追放されてしまったのだ。
トレーディア公の領土は、直前にルビー王国から離脱して、強力な軍事力を持つダイヤ王国の傘下に入っていたので、危うく難を免れることができた。
旧王室は、辺地に逃れたが、王太子は廃嫡され窮乏生活を余儀なくされている。そして子爵令嬢だった婚約者は、子爵領も失い、結婚も雲散霧消して行方不明とのことである。
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わたしは、もう公爵令嬢でも、次期王妃でもなくなったけど、正義の魔法少女として、最高の仲間たちと共に、人々を守っている。
普段は一般市民として過ごしている。ルビー王国とは生活様式も文化も違うけど、ここの生活も、そんなに悪くない。
ここはこちらの世界の日本国という国の東京という都市だ。地元の数え方では、2020年代ということになるとの事だ。
わたしたちはこちらの人々からこうよばれているらしい。
――魔法美少女隊プリティファイブ