表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

ルピナス

「瑞穂!」


 あの幽体が居憑いてから、数週間の時が経ったある日の事。授業と授業の合間の休憩時間に、瑞穂を呼ぶ明るい女子の声がクラスに響いた。


「あー、美咲」


 彼女は、瑞穂の親友の鈴木美咲(みさき)で、二枚目に弱い女子高生。瑞穂は自席を立ち、教室の入口に立っている彼女の元へ行く。


「どうしたの? 美咲のクラス、次は移動教室じゃなかった?」

「そうなんだけど、教科書忘れちゃって。貸してー」

「良かったね、私が置き勉主義で。ちょっと待って」

「ありがとー!」


 くるりと方向を変え教科書を取りに行こうとした時、窓の外に居る存在に気付いて固まった。いきなり行動が止まった瑞穂を、クラスの男子が茶化す。


「おい三村、なに固まってんだよ」

「もしかして、なんか見ちゃった系? いつも見てんじゃねーの?」

「ぎゃははは、言えてる!」

「あー、うん、いつも見えてはいるんだけどね……」


 盛り上がる男子に引き攣った笑みを浮かべて応答するが、視線は窓の外から外していない。彼らの言う通り、普段から浮遊霊や地縛霊など視ている。だが〝見た何か〟――それが自室に居憑いたあの幽体だったら、衝撃で止まるしかないだろう。


「瑞穂ぉ! ごめん、急いでぇえ! 授業、始まっちゃーう!」

「あっ! ごめんね、いま持ってく!」


 急いで机の中から目当ての教科書を取り出し、美咲に渡してやる。彼女はお礼を言って、駆け足で移動教室で使う教室へ向かっていった。


「はああああ……」


 体育も無いのに無駄に疲れた、と瑞穂は思った。もう一度外を見る。決して目を合わせないように。視界の中にやっぱり映った、あの幽体。いったいなんなのか、と頭を抱えたが、授業を知らせるチャイムが鳴り響き、瑞穂は彼を頭の中から追い出した。授業に集中せねば。

 しかし――。


「終戦後の日本は荒地と化していた。当時の食生活は、非常に貧困していて――」

  ――うんうん、確かに貧しかった。ぼくなんか、ネズミ食べてたもの。これがまたちゃんと火で焼かないと、やっかいでさぁ。

「……」


 窓の外から教室内に入り込み、更には、彼女の真横を陣取って共に授業を受け、


「木の皮だったり、ネズミだったり、色々なものを食べていたそうだ。ネズミの中の細菌で中毒になって、亡くなった人も多いと聞く」

  ――あっ、ぼくの友達、それで死んだ。あの先生、よく知ってるねえ!


 と、ケラケラ笑い、終いには教師のケアレスミスを指摘する始末。授業に全く集中できずに、思わず溜息が零れた。


「三村ー、聞いてるかー? テレパシーしてんのか?」

「シテマセン、先生」


 教師の一言でクラス中がどっと笑った。瑞穂はやれやれと再び息をつく。

 彼女の体質は口コミで学校に広まっていた。もちろん気味悪がる人も居るが、大抵は冗談で信じていたり、本気で信じていたりしていて、交友関係は広かった。


  ――先生、面白い人だねえ。君が霊と話してる状態を、テレパシーって言うの? ははっ。


 瑞穂が、そもそも言葉を交わしていない、とげんなりしていると、じゃあ先生からプレゼントだ、と指名を受けてしまった。


「当時の子供は、ネズミのほかに何を食べていたでしょうか!」

「……は?」


 それに対して、予習をしてきたらしい生徒がブーイングを出す。今日の授業範囲であろう教科書のページのどこにも、具体的な食糧など書かれていないのだ。


「せんせー、そんなのわかるわけ無いじゃーん!」

「いじめ、ダメ、ゼッタイー! きゃはははっ」

  ――虫を捕まえて食べてたよ。イナゴとか。今でも残ってるよね。佃煮って。


 思わぬカンニング法だ。


「どうだ? 三村。あてずっぽうでもいいんだぞ? まあ、正解したら平常点七点プラスな」

「七点!? イ……」


 イナゴのイ、まで言って瑞穂は答えるのをためらった。ここで答えたらこの幽体の言ったことを聞いた、ということになる。今まで以上に、憑きまとわれるかもしれない。しかし、平常点七点は美味しい。瑞穂の天秤は、どちらへ傾くか。


「……あう………イナゴっ? とか……?」


 すると、教師はニヤニヤしていた顔を固まらせた。そこで瑞穂は思う。デマだったのではないかと。


「ファイナルアンサー?」

「え、ふぁ、ファイナルアンサー……」


 番組司会者よろしく〝溜め〟を作る教師に、クラス中が固唾を飲んで、答えを待った。たっぷりの沈黙ののち、「正解! 七点追加な」と告げられれば、隣の席の男子生徒が瑞穂の肩をバシバシ叩きながら称賛してきた。


「すっげええ! ミムランよくわかったな!」

「いたた。ありがと……」

  ――よかったね。

「もう諦めたよ」

「は? あきらめるってなにを?」

「なんでもない」


 幽体宛の言葉を、その男子生徒・諏訪(すわ)大雅(たいが)が、己への反応だと勘違いをしたのだが、誤魔化して、再開している授業に座り直した。


  ――あきらめるって?

 ――おばあちゃんに言われてたの。霊と話すと、その霊が憑いて来るって。


 不思議なことに、生者は死者の音を拾えないが、死者は生者の音を拾える。瑞穂は霊力が高いゆえ死者の音を拾えるが、さきの通り、生者の手段のまま応えると、周囲の一般的な生者からは独り言を口に出しているように映ってしまうため、彼女は〝言霊(ことだま)〟を扱い、この幽体との会話を続けることにした。言霊(ことだま)が扱えるのは無論、修行の賜物(たまもの)である。


 ――喜ばしくないことだから、喋るな眼を合わすなってね。

  ――ぼくと会話してる今、君は言い付けを破ったことになるんだ。

 ――そうよ……平常点のために……。


 幽体は平常点という単語が分からないのか小首を傾げて、大切なの? と聞いてきた。


 ――成績の為に必要なの。成績は良いほうがいいしさ。

  ――時代は変わったねえ。

 ――オヤジくさい。

  ――実際おじいちゃんな歳だもん、ぼく。きみがいま勉強してる時代、ぼくが生きてた時代だよ?

 ――それにしてもなんで今更来たの? 今までずっと動かなかったのに。

  ――んー? なんとなく、かな。


 しばらくして、チャイムが学校全体に鳴り響き、


「授業終わり! じゃあ、復習しとけよー」


 と、教師の〆の言葉と、学級長の号令で授業は終わった。次は、昼食だ。教室を移動しても良いということになっているので、生徒は各々好きな場所で昼食を取れる。瑞穂は、馴染みの仲間たちと自分の教室でいつも取っている。


「もう化学いやぁぁ、食欲が出ないい……」


 移動教室の授業だった美咲は、自分の弁当箱を開けたはいいが、箸が進まないようだ。そんな彼女の様子に、黒田(なお)が笑って言う。


「ははっ、鈴木も物理にしときゃ良かったのによ。解剖、おつかれさーん」

「他人事だと思って……! 理解できませんよ、物理なんて。なんなのワイだのシータだの!」

「私も中学のレベルで精一杯よ。鈴木さんの意見に、さんせーい」


 おっとりとして浅井(あさい)陽菜乃(ひなの)が、美咲に同意した。


「おほほっ支持者確保ーっ」


 彼女にとっての勝利を声高に言う傍ら、大雅(たいが)(なお)に尋ねる。


「黒田は、なんで化け学にしなかったんだ?」

「そりゃぁアレだ。化け学は生物について学ぶ教科だ。なら、あの分野も絶対通るわけで、授業中になったら大変だろ?」

「あん?」


 (なお)は、クラスの中でクールだという評価を受けている男子だ。そんな彼が大雅(たいが)の耳に顔を近づけて何かを伝え、それに対して大雅(たいが)が大笑いをし共に笑ってるとは意外な光景で、瑞穂、美咲、陽菜乃(ひなの)の女子三人は疑問符を頭の上に浮かべた。


「それは言えてる! って、黒田ってそういうキャラだったんだ?」

「お年頃ですから?」

「だよなっ!」


 男子二人は何かに共感が持てたようだ。


「なぁに? 二人でコソコソ」

「男の会話ー」

「諏訪くん、ぶりっこキモーい」

「ミムランひでっ」

  ――ぼくは判ったかな。

「ほんとに? どんな事?」


 大人しくしていた幽体が、ごく自然に会話に参加したので、瑞穂もつい幽体の方に顔を向けて言葉に出して聞いてしまった。


「三村さん? どこ向いて話してるの?」

「俺が言ったことと、噛みあってなくね?」

「え……あー……」

「……何かいるのか?」


 陽菜乃(ひなの)大雅(たいが)の順に指摘され、(なお)には言い当てられる。美咲だって、瑞穂に視線で尋ねている。みんなの意識が向いてしまっては、話すしかあるまい。観念した彼女は、告白をした。


「えーっと、ね……実はここに、っつか私の真後ろに幽体が一人いましてね……うん」


 言った途端、その場が微妙な空気に包まれた。


  ――伝えない方がよかったんじゃない?

 ――やっぱりそう思う?

「幽霊……が、いるの?」


恐々とした陽菜乃(ひなの)に、瑞穂が苦笑いで頷くと、緊張気味に大雅(たいが)が更に聞く。


「まじでいる系? 俺、ちょっと見たいかも」

「いる奴って平気なワケ?」


 (なお)も、笑顔は引きつってはいるが興味があるらしい。瑞穂は一度幽体の様子を見るため見上げれば、視線の合った幽体は、人受けがよい笑みを浮かべた。


「危害加えない子だよ」


 すると今までの緊張した雰囲気が一気に解れた。全員から、ほぅ、っと息を吐く音がする。


「ま、瑞穂が普通な態度とってるし、悪い霊じゃないよね」

「そりゃね。悪かったらとりあえず教室から追い出してるもん」

  ――みんな、幽霊は悪いって思ってるの?

 ――心霊番組やホラー映画の影響よ。なんせ魂って見えないモノだから、作り話を受け入れちゃうってワケ。

  ――寂しいな……。

 ――うーん、仕方ないことかもね。見える人は、あなたみたいに危害を加えない霊も居るって知ってるけど。

「み、瑞穂ォー?」


 幽体と話していると、遠慮がちに美咲が瑞穂を呼んだ。突如会話が止まるも、瑞穂の表情や仕草は会話中のようであり、今までここまで彼女が体質を大っぴらにしたことはなかったので、戸惑ったのだ。


「ンん?」

「黙っちゃってどうしたの?」

「あっごめん、話してたー」


 てへっと柄にもなく可愛らしく言ってみると、呆れの声が上がる。


「そんな某お茶の奪っちゃったァみたいなノリで言う台詞か?!」

「諏訪、ナイス突っ込み!」

「なぁ、三村。幽霊と話すってどんな感じなんだ?」

「フツーだよ。みんなと話すときとおんなじ」

「……こわくないの?」


 いささかまだ少し怖がっている陽菜乃(ひなの)が言うと、幽体は腕を組んで、自信満々で言い放った。


  ――ぼくの姿みたら絶対思わないね。

「あははっ自信たっぷりだね」

  ――これでも当時は、女の子に凄い人気があったんだよ?

 ――ちょっとは想像つくカモ。

  ――え、ちょっとだけ?

「ミムラン! いきなり笑わないでくれ! 何が自信たっぷり? なにを交信したんだっ」


 幽体言い分が結構ツボにハマった瑞穂は、笑いながら伝えた。


「浅井ちゃんの言った事に対して反論してね」

「え……」

「ああ大丈夫、呪いとかじゃないから。ぼくの姿見たらこわいなんて絶対思わないってさ」

「ぼく? 男の子なの?」


 陽菜乃(ひなの)が聞くと瑞穂は、そうよ、と返した。人気があった、と伝えた時はそれはみんなで爆笑し、挙句の果てには大雅(たいが)がこう言い出した。


「やいっ! 俺の方がイイ男だ!」

  ――いいね、その活きっぷり。あははっ。

「諏訪くん、ごめん、彼に笑われてるよ」

「まじでっ!」

「諏訪っちアホ~! 幽霊にまで笑われてる」

花言葉【多くの仲間】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ