黄色いゼラニウム
――オ姉チャン……アソボ?
――あの人が私を捨てるからよ! だから殺して、あたしも死んでやったわ!
――おれは…あいつと子供が生きてればそれでよかったんだ……。なんで後追い自殺なんか……おれのせいで
――殺してやる……殺シテ……
――ネェ、聞いて? 今までみんなと仲良くしてたのに、最近誰も話しかけてきてくれないのよ? 朝いっしょに登校してた子だって、おはようって言っても素通り……。わたし、いじめにあってるのかなぁ? どう思う?
逢魔が時、ひとり下校途中の女子高生の周りを、複数の幽体が取り囲んでいた。しかし、現世の者と黄泉の者。双方の眼と言の葉が交わることはない。
「……はあ…」
基本的には。ただ、盛大に溜息を吐いた彼女は、それに当て嵌まらない体質をしている。己が〝聞こえてる〟と黄泉の者に悟られないよう、真っ直ぐを見据えて自宅を目指した。
「ただいまぁ」
四角い箱の様な一戸建てに、明るい声が響いた。ここの住人の一人、三村瑞穂。三村家の長女である。
「おかえりなさい」
そう出迎えたのは母親の鏡子。今日は何かあった? と優しい声で尋ねる。
「いいや、特に無かったよ。いつも通り」
「……えっと、アレも?」
「うん、アレも。っつか、お母さん、慣れようよ」
苦笑いしてそう言うと母親は、だけど、と言葉を濁した。〝アレ〟とは瑞穂の体質を示す。彼女は祖母からの隔世遺伝で、霊感がとても強かった。隔世遺伝なので、母親には霊感はない。
「お父さんは開き直ってるのに……」
最初こそ怖れていたが、父親の雅弘は幽体が見えても、多少の驚きのみで騒ぎ立てることはなくなった。霊感の強い者の近くに居ると、霊感を持たない者でも時折幽体が見えることがある。
瑞穂は二階の自室へ戻るため、階段に足を掛けた所、こう母親から返ってきた。
「あの人は子供だから。そういう無邪気っぽい所があるから素敵で――」
「うん分かったよ、ノロケはいいや、お母さん」
子供が高校生の歳にもなるのに、未だに夫婦円満。そんな三村家は、中学生の弟をいれて四人家族だ。
「そういえば、律紀は?」
「まだ部活よ」
「サッカー部、長いなぁ……。もうすっかり暗いのに」
と、今度こそ階段を登り始める。ガチャリと自室のドアを開けたところで、寝台付近に、一体の幽体が浮遊しているのを発見してしまった。
「……」
その幽体は、瑞穂と年齢がそう離れてなさそうな男の子だった。一瞬目が合った気がするので即座に逸らす。目が合うと執拗に憑いてきてしまうから合わせるな、と祖母から念を押されている。意志の弱い幽体なら、今の一瞬交わった視線でも、憑かれるような事態は回避できる。
――あ、ひどいな。目、逸らしちゃうなんて。
「……」
そう……弱い幽体なら……一瞬くらいなら回避できた筈なのだ。しかし、この幽体は。
――ここっていい家だよね。デザインが面白いよ。
瑞穂は、帰宅中と同じように深い溜息を吐いた。一応、幽体が入ってこられない様に結界を張っていたのだが……。とにかく、黄泉の者としゃべる事は祖母とのルールに反するので無視をした。
――何より居心地がいいんだ。
そう言われて、ギクリと瑞穂の肩が揺れる。居憑かれちゃ困る! でも話すと逆効果だし……、と鞄を勉強机の上に置きながら、どう対処しようかと脳を働かせていると、幽体がこう告げてきた。
――そういえばね、そこにいる猫、君に飼ってもらいたいらしいよ?
部屋に入った時に気付かなかったので死角にいたらしい猫の幽体が居る所をちらりと一瞬見ると、確かに猫はいた。しかし車に轢かれたのだろう……そういう状態だった。その姿で、ニャンッ、と可愛く鳴かれても……。瑞穂は頭痛を覚えた。いくら霊は見慣れてるからってこういうスプラッタはいつまで経っても慣れない。むしろ、慣れたくない、というのが彼女の本心だ。
後日、時間を作って虹の橋へ案内しようと手帳に書き込んだ。
「ただいまあぁ! 母さん、飯ぃ!」
「あ、律紀が帰って来た……。ご飯ご飯」
――いってらっしゃい。
「……」
ガチャリとドアを閉めて寄りかかる。変なの居憑いちゃった……、と三度目の大きな溜息を吐く。時は既に遅し、というところだろうか。瑞穂の部屋に一人、住人が増えた。
花言葉【予期せぬ出会い】