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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第一部 幼女に仕える従者編
7/60

閑話1 琥珀の時は動き出す

夜にこっそりやってきて酒の相手を押し付けてくるルーシュと、無理に飲まされるフォルトとのやりとり。ややシリアスです。

「あのなぁ」


 不機嫌な俺の目の前には、赤色の細長い瓶とグラスを持ったルーシュの不適な笑み。


「なんだよ」

「いい加減、俺の部屋で酒を飲むのはやめろっ!」



 従者には飲酒禁止などといったお堅い決まり事は存在しない。ただ、暗黙の了解で大人になるまでは飲まないことになっている。それは、従者としての自覚を促す為だけではなく、血を汚さない為でもある。

 俺も多分に漏れず、所謂「大人」になるまでは酒の類に手を出したことがなかった。


「いいだろ、他じゃゆっくり飲めないんだよ」


 そんな自分が晴れて成人してから、こうして酒瓶を片手に夜中に部屋を訪れるようになったのが、主人であるイリスの兄・ルーシュだった。

 こいつは昔からこうなのだ。俺が小さな時からちょっかいばかりかけてきて、まるでオモチャ扱いだ。人間の子どもなんて、城には他に何人もいただろうに、何故かイジられてきた。


 金髪で目立ったからだろうか? まぁ、だからこそイリスの世話係に推薦されたという経緯もあるのだが、喜ぶべきかは微妙なラインだ。

 しかし、さすがは吸血鬼と褒めるべきか。金持ちかつ長生きだけあって、庶民が嗜むような安物から、一本で一生遊んで暮らせそうな値段の一品まで、それこそ古今東西の様々な酒を知り、所持している。


 そして「面白いもの」を見付けては、俺に酒と酒の相手を押し付けに来るのだ。何度断っても全く解する素振りがなく、非常に困っているところである。


「なんでだよ。意味が分からん。ウィスク先輩のところは?」


 すでに二つ並んだグラスは赤い液体で満たされている。夜中ゆえに簡素な室内は薄暗く、窓から入る細い月明かりだけを頼りに水面を眺めると、まるで――血のようだ。


 あぁ、気分が悪い。目の前のコイツの顔に、盛大にぶちまけたい衝動に駆られる。そんなことをこちらが考えていると知ってか知らずか、ルーシュは俺の椅子を占領したまま一口飲み下して「あぁ美味い」と呟いた。


「そりゃあ、ウィスクともたまには飲むけど、お前を肴に飲むのも面白いからな」


 くつくつと笑う。銀の髪と紅い瞳が輝きを増している気がして、本能的に寒気を感じた。


「俺はツマミじゃない」


 というか、答えになっていない。心の中でまたも呟き、ベッドに腰掛けた格好で半ばヤケ気味に渡されたそれを煽る。するりとのどを抜けて一瞬は胸を熱くするも、すぐに消えてしまった。


「そういう飲み方をする酒じゃないんだぜ?」

「はん、知ったことか」


 色と香りからして、彼の言うとおり上等な酒なのだろう。改めて注がれた液体は、ただ酔うためでなく、匂いを楽しみ、舌触りと味を楽しめる類の雰囲気を放っている。決して素直に従ってはやらないが。


「ま、好きにすればいいさ」


 製造者や愛好家からは顰蹙ひんしゅくを買いそうな素っ気無さに、ルーシュは別段怒りもしない。くいっと自分も飲み、そしてこちらの様を眺める。

 そうやって眺めてくるからこそ、俺がひたすらグビグビ煽るのを知っているのだろう。これでは完璧に見世物ではないか。


「んで? ホントになんで俺のところに来るワケ?」


 何杯目かを胃に流し込み、顔が赤らんでくるのを自覚する頃、グラスを置いた俺が言った。弱くはないつもりでも、つまみも無しでは結構きつい。明日の朝は辛いかもと薄々覚悟し始めていた。


「面白いから」

「それはさっき聞いた。一体何が面白いってンだよ」


 駄目だ、体は重いし舌も回らなくなってきた。あとどれくらいもつだろう? ルーシュの酒の強さは良く知っている。吸血鬼特有の白い肌には未だ朱が射した気配がない。人間とは体の作りと年季が違うのだろう。


「無駄に一生懸命なところ?」

「皮肉を言いに来たなら、出口はそこだ」


 彼が「冗談」と笑い、こちらも聞き流す。しばらくは酒を注ぐ音も聞こえなくなり、狭い部屋が静寂に包まれた。


「……時間がさ」

「あ?」

「時間が、消えていくんだよ」


 いきなり何を言うのか。俺は突然喋り始めた飲み相手の顔色を窺った。暗くてよく見えないが、実は酔っているのかもしれない。


「今度は哲学か? そんな話じゃ腹も胸も膨れないっての」


 毎日、年端もいかぬ幼女の世話をするのは、生半可ではない。日々を生きるのに精一杯で、余計なことを考えている暇もない。いや、あえて考えないようにしている。この仕事をする上では大事な心構えだ。


「何百年も生きているとさ。たまに、時計の針の動きを見ても実感出来ない瞬間がある。すると、どこまでも同じことの繰り返しに思えてくる。ループだな」


 好きに喋らせておくことにした。口調にはいつものような「からかい」の色は混じっていない。ただ、珍しく心の内を吐き出したいだけなのだろう。


「そんな瞬間、お前にはないだろ?」


 ほんのりと光る紅い瞳でこちらを見遣り、どこからか出してきた二本目の口を差し出す。睨み返してグラスを傾けると、今度は琥珀色の液体が注がれた。


「勝手に決め付けるなよ」


 生まれた瞬間から永遠に続く、吸血者の従者としての生活。かごの鳥のような囚われの日々の連続は、時に気が狂いそうになる。俺が正気を保っていられるのは、一日一日と成長していくイリスがいるからかもしれない。


「俺はお前みたいに暇人じゃないから、黄昏てる時間なんてないんだよ」

「そりゃ、そうだ」

「だから決め付けるな」

「どっちなんだよ」


 何しに来たのか、なんとなく解ってきた。向き合っていると、お互いの差に嫌でも目が向くのだ。それは、いつもなら意識の外へ流してしまう、住む世界のズレと重ねてきた年月の隔たりだ。

 きっと、彼にとってその差をくっきりと感じさせてくれるのが俺なのだろう。全く、大いに迷惑だ。


「お前は、死ぬなよ」


 ルーシュは呟き、ゆるゆると楽しんでいたグラスの残りを一気に飲み干す。


「は? 何無茶なこと言ってんだ。さぁ、酔っ払いは帰った帰った」


 手でひらひらと追っ払う仕草をして、こちらもグラスを空にする。瓶にはまだ酒が残っている。深夜の飲み会は始まったばかりだ。

本編とは違った雰囲気でお送りしてみました。

色々と考えて、やっぱり最初のこの二人かなと。

シリアスを書こうと思ってもどこかギャグにしかならない辺りが「らしい」ところなので、なんだかんだでライトになっているのではないかと思います。

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