第九話 赤いえきたい
第八話からの続きです。
「それで、この怪しげな液体は……」
結局フォルトは元の「イリスの世話係」という仕事に戻されることになりました。
今は、手にした小さなガラス製のコップを見て冷や汗をかいています。
「薬だ」
ルーシュはそう言いますが、注がれている赤い液体は、どう見ても薬には思えません。
「嘘つけ、血だろ!」
「そうとも言うかもな」
否定するつもりはないようです。フォルトは「ふざけるな」と怒りました。
「飲めるかっ!」
「なんでだ? 髪が伸びるんだぞ? 多分」
「伸ばす気はない! だいいち、『多分』て何だよ」
そもそもが、長い髪が嫌でストライキをして違う部署へと飛ばされたというのに、これでは全く意味がありません。
「はー? そんな昔のことをまだ覚えてるのか? 執念深いヤツ」
「一週間前だっ!」
「あぁもうウルサイな」
喧嘩はヒートアップする一方で、ちっとも収まる気配はありません。
そこへイリスがやってきて、あるものを見つけました。
「あ、血だ」
それは、フォルトの手に握られたままのコップで揺れている液体でした。
吸血鬼であるイリスにとっては、美味しそうな匂いがします。
イリスは二人の間にひょっこり顔を出すと、フォルトの髪……はないので、服をぐいぐい引っ張りました。
「フォルトー、それ、ちょうだい」
「え?」
フォルトはまだルーシュとの言い合いの真っ最中でした。
それに、イリスの命令に従う習性が身に沁みついていたので、思わずコップを手渡してしまいます。
「あ、はい。どうぞ」
「わーい、ありがとう!」
「って、え? わぁ、ストップストップ!」
はっとして止めに入った時にはもう遅く、イリスはコップになみなみと入っていた赤い液体をごくん! と一息に飲み干してしまいました。
その数秒後のこと。
イリスの肩を過ぎたくらいまでだった銀の髪が、さわさわっと膝小僧に届きそうなまでに伸びたのです。
「う?」
「い、一瞬で……!?」
「ほれ、伸びたろ?」
ルーシュは妙に自慢げでしたが、フォルトには恐怖しか感じられません。
「あんなの、人として認められるかっ」
そう叫ぶと、「そりゃあ吸血鬼用の薬だからな」と、さらりと言われてしまいました。
「俺は人間だーっ!!」
→「第一部 幼女に仕える従者編 プロローグ」に続く。
第七話からのエピソードは、第一部のプロローグの更に前のお話でした。
◇第八部はここで一区切りになります。お読みくださってありがとうございました。




