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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第一部 幼女に仕える従者編
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第三話 やっと辿り着いたオアシス

幼女の遊び相手を務めて一息ついていたら別の誰かがやってきた。フォルトは一時仕事から解放されて。

「さぁ、イリス様。今日は算数から始めましょうね」

「はーい」

「もうそんな時間か」


 イリスの部屋へ再び戻り、冷えた体を暖炉の火で暖めていると、朝に食堂で別れたきりだったルフィニアが数冊の本を抱えてやってきた。

 重要な忠告をしてくれた眼鏡の女史は俺と同じくイリスに仕える人間だが、彼女の役目は勉強や作法を教える教育係である。

 ルフィニアは本のページを示し、努めて明るい声で話しかけた。


「ここからですよ」


 教育係が引いた椅子にイリスがちょこんと座る。机の上は、本以外には羽根ペンとインク壺と羊皮紙が数枚並べられている。


「それじゃ、あとは私が引き継ぐから。あなたは何か食べていらっしゃい」


 ルフィニアに言われて、ふと朝食を取っていないことに思い至る。途端、急に空腹感が襲ってきた。

 何も食べずにイリスに血を飲ませた挙げ句、雪の降る中で遊ぶとは、我ながら自分の体力に感心してしまう。でも、さすがにもう保ちそうにはない。


「じゃあ、ちょっと行ってくるかな」

「え~、フォルトも一緒にいてくれないのぉ?」


 席を外そうとする俺を見て、イリスが残念そうな声を出す。俺はたとえ同席しても勉強には一切口を出さないことにしている。仕事は適材適所、他者の領域に踏み込まないのは暗黙のルールだ。

 それに今は食事を優先したかった。この分では空腹感がむかつきに変わるのも時間の問題だろう。


「すみません。勉強が終わったら、また遊びましょうね」

「……ぜったいに戻ってきてね」

「分かってますよ」


 笑って頷く。納得しきらないまでも、聞き入れてくれた幼女の様子にホッとし、部屋を後にする。

 邪魔をしないよう静かに扉を閉めると、寒く張りつめた空気の中、すぐさまカリカリという物を書く音が聞こえてくる。少しずつ遠退くその音を耳にしながら階段を下りていった。


「さてと」


 自分の住居がある従者塔へ戻ってみると、同僚達は仕事時間中とあって、ほとんど人気がなかった。食堂入口を入って右奥、広いフロアを見回して、ようやくぽつん人影が座っているのを発見する。

 覚えず安堵した。いくら静けさに慣れていても、さすがに一人きりは気持ちのいいものではないからだ。


「……」


 決められた昼休憩の時間まではあと数十分といったところか、そうなればここも人で溢れかえるだろう。

 従者は基本的には皆自炊だ。少なくない料理好きの者達が、料理番を自称して大量にスープを作ったりしてくれるものの、特に他者と生活サイクルがずれる俺は自分で作る機会も多い。


「どれどれ?」


 フロアの更に奥にある、かなり大きなキッチンに入った。料理台に食器棚、フライパンや鍋などが所狭しと並んでいる。入口にかけられた白いエプロンを首からかけて腰の紐をきゅっと結び、食料庫の扉を開く。


「外と変わらないな、これだと」


 すわっと漏れ出る冷気に身震いした。せっかく止まりかけたのに、吐き出す溜息がまたも白く煙る。

 食料庫はひとつの部屋くらいの広さがあり、様々な食材が詰め込まれた場所だ。半ば諦めの気持ちで入り、食材を端からチェックしにかかった。贅沢品はなくとも、肉に魚に野菜にと、一通りのものが揃っている。


「さっと作れて、なおかつ腹が膨れるものは……っと。うわっ!?」


 空腹具合と相談しながら悩んでいると、ふいに後ろから誰かに肩を叩かれた。食材選びとメニューの構築に集中していたせいで、文字通り飛び上がるほど驚いた。


「そこまで驚かれると傷つくなぁ」


 振り返ると、そこには幾つか先輩にあたるシリアが笑顔で立っていた。俺と同じように制服の上から白エプロンを纏い、明るい茶髪を左手で払いながら右手でフライパンを弄んでいる。


「し、シリア先輩。どうしたんですか?」


 正直いうと、俺はこの先輩に会うたびに狼狽えてしまう。見た目はどちらかというと楚々とした印象の、綺麗な女性そのものなのだが、実は男だったりするのだ。それでも外見を裏切らない身振る舞いをするなら納得するのだが、この人は違う。


「お昼、一緒にどうかと思ってね」


 声は高く、物腰は上品。ぱちくりと瞬きをしてみても、頭のてっぺんから足の先まで、やはり女の人にしか見えない。けれど、口を開けばがらりと印象を変えてしまう。


「はぁ。それは構いませんけど」

「良かった。で、何を作る?」


 明るくさばさばした彼女(?)はにこりと笑った。その仕草もどちらかといえば「男勝り」で、俺は毎回「ボーイッシュな女装美人とは成立するものなのか」と首を捻ってしまうのだった。


 しかし今はとにかく飢えて仕様がない。些末な悩みは脇に置いて、食料庫から適当に食材を引っぱり出し、二人はキッチンに戻った。ふと、台の隅で寸胴鍋を見付けた。来る時には見逃していたらしいが、朝食の残りのようだ。


「ああ、スープだよ」


 シリアが鍋の蓋を開く。コンソメのいい香りにつられて覗き込めば、澄んだ液体の中に、細かく刻んだ野菜がしっかりと煮込まれているのが見える。量も十分だ。


「決まりだね」


 従者は基本的に物を残さない。大量に作っても、煮込んだ方が旨いもの以外は一日の終わりには大体誰かが食べて片付けてしまう。つまり、無断で食べてしまって問題ないというわけだ。


「それじゃ、そっちはよろしく」


 彼女にしておくは言って、脇にあった小麦粉の袋を手にとった。窯に火を入れて用意をしているところを見ると、パンでも焼くらしい。今から寝かせている時間はないからパンもどきか。


「はぁ」


 俺は空腹のせいで気の抜けた返事をして、メイン料理の候補を思い浮かべた。サラダなら簡単だが、パンもどきとスープとサラダなどというヘルシーメニューでは、この空き具合はおさまりそうにない。ここは肉か魚を……。


「あれ、二人ともこれから?」


 耳慣れた声に、厨房の入口へ目を遣る。シリアと同じくらいの背格好の男性が、驚きと嬉しさを混ぜたような表情でこちらにやってくるところだった。緑の髪に茶色の瞳をした、この青年も先輩にあたる人物である。


「そ~いうこと」


 一目瞭然という体で、シリアが言う。やってきた彼とは一緒に食事をするかどうか、訊ねるまでもなく、互いに会話の必要性さえ感じていないらしい。


「そっち」

「分かってるよ、兄さん」


 手振りで手伝えと示されても、青年――ウィスクは笑って「はいはい」と応えただけだった。二人が並ぶと、髪の色の違いなど瑣末なことだと思えるほどそっくりだ。当然といえば当然だ。シリアとウィスクは双子なのだから。

 仲はご覧の通り良好で、女装姿のシリアが「兄さん」と呼ばれても怒らないところが、俺にはその証明のように感じられた。


「はい、これお願い」

「は、はい」


 後輩である自分は、自然な流れで彼等の助手を務める格好になった。スープ鍋をあたため直し、窯の温度を確かめ、足りない調味料や食材を食料庫から持ってくる。


 これはこれで結構忙しく、動き回っていると体から熱気が溢れてくる。

 調理台に乗っているのは耐熱皿と作りかけのホワイトソース、そしてマカロニ。グラタンを拵えるつもりなのだろう。


「……」


 それにしてもウィスクとは笑顔の耐えない人だなと思った。きっと、そうでなければ、あれの相手など務まりはすまい。


「イリス様はお元気?」


 どきりとした。この先輩はニコニコと笑っていながら、人の思考を敏感に感じ取る力を持っているのだろう。


「えぇ、まぁ。ルーシュ様もお元気そうで」


 のどの当たりに蕁麻疹が出そうになったが、顔には出さないように努力する。何しろ、ウィスクの主人はあの悪魔・ルーシュなのだ。この苦労性の先輩の前では、あいつを詰る気にはなれない。

 しかし、「ルーシュ様」という単語のなんと現実味のないことか。先輩は「無理しなくてもいいですよ」と苦笑する。やはり見抜かれている。


「ほら、そこ! サボらない!」

「あっ、はい。すいませんっ」

「ごめんごめん」


 シリアの檄が飛び、それぞれの作業に戻った。彼女もパン作りの最終段階、つまり焼くところまで漕ぎ着けており、腕っ節を褒めようとして口を押さえた。言葉にすればきっと殴られる。



 食堂のテーブル群の一つに座り、ウィスクが鍋掴みで湯気の立つグラタン皿を置き終えたところで、ようやくの食事となった。もう空腹も限界だ。これ以上我慢したら気絶する。


『さ、どうぞ』


 双子の声がユニゾンする。傍目にも分かったのだろう。頬が紅潮するのを無理矢理にでも意識の外に追い出す。向かいに座る先輩二人に礼と「いただきます」の挨拶をして、アツアツのパンを手に取った。


「どう?」


 薄っぺらいけれど、適度に焦げて艶も良い。かぶりつくと香ばしさが口いっぱいに広がり、鼻をすぅっと抜けていった。美味い。


「んまいです」


 耳の後ろへ髪を払いながら笑いかけてくるシリアは、時には正体を知る者にさえ色気を感じさせるが、食い気の勝る今の俺には効果がない。


「そんなに急いだら、ノドを詰まらせますよ」


 根っからの世話焼きであるウィスクが、手でスープのカップを示して「飲め」と合図する。慌ててあおったせいで逆にのどを痛める羽目になったものの、予想通りスープもまずます……いや、悪くない。


「すいません。今朝から何も食べて無くて」

「育児なんて忙しい仕事の代名詞みたいなものだろうからねぇ」

「いやいや、お二人よりはずっと楽させて貰ってますよ」


 聞き様によっては嫌味に聞こえそうな謙遜に、シリアがくすくす笑いながらパンをちぎって口に放り込む。

 俺はぱちん、とスケジュール帳の留め金を外し、スプーン片手にこれからの予定に目を走らせた。とりあえず急ぎの仕事はないようだ。


 若い従者達がほとんどの中で、彼等はベテラン勢にあたる。シリアは当主の秘書を、ウィスクは先も言ったようにルーシュの側近を勤めている。

 どちらも容易な役職ではないが、なにより「食料として扱われないこと」が、従者の中での地位の高さを表していた。二人はそんな苦労をおくびにも出さずに、笑顔を浮かべて口を揃える。


「そんな凄くもないって。旦那様はお優しいし」

「ルーシュ様も、気を遣って下さる方ですし」


 旦那様はともかく、あの俺様至上主義者が気を遣う? 思わず吹き出しかけ、俺は再びスープをぐっと飲み下した。

ちょっと一息、休憩回でした。書いているとお腹がすきますね。次回は再び騒動の渦へ巻きこまれてしまうフォルト君の図。

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