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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第三部 海辺の町と潮風編
37/60

第七話 月夜のテラスで

事件そのものは前回までで一区切りです。

襲われたフォルトが目を覚ますと、状況は一変していて……。

「とー、フォルトぉ」

「……うわっ」


 ぺちぺちと頬を叩かれる感触に覚醒すると、イリスの顔がどアップだった。びっくりして立ち上がろうとしたら、ぐらりと世界が歪んだ。酷い眩暈がする。


「よぉ、寝坊助。起きたか?」

「は? る……ルーシュ!?」


 ここのところデジャヴが多いものだ。それとも、これは夢か?


「まだ寝てるのか? ボケるにゃまだまだ早いぞ」


 いや、この腹の立つ皮肉は現実だった。確信した俺は改めて事態を把握しようと試みるが、今度はそれを別の人物に阻害された。


「無事でよかったです!」

「サスファ。来てくれたのか? で、でも危ないんだ。ここには凶暴な吸血鬼が」

「ぎゃはははは!」

「な、何笑ってるんだよ! ……あれ?」


 ルーシュの笑いっぷりは見事なもので、腹を抱えてひぃひぃ言っている。あまりにおかしくて二の句が継げないようだ。

 改めて見回すと、そこは1階の応接間だった。ようやく、自分がソファに寝かされていたことを知る。テーブルの上に二つ並んだランプの中で炎が煌々と輝き、それによってお互いの顔もくっきりと識別出来ていることにも気付いた。


「凶暴な吸血鬼って、私のことかしら?」

「へ?」


 部屋にいるのが仲間だけではないことを感じ取り、声を頼りに振り向く。立っていたのは、自分を恐怖のどん底に叩き落とした美人だった。なびく金髪、見るものを凍り付かせる赤い瞳、白い指先。

 全てが恐ろしさとともに、鮮明に蘇ってきた。


「ぎゃー! やめてー!」

『あはははははっ!』


 首筋を押さえて逃げだそうとする俺の耳に、今度は二人分の大爆笑が木霊する。それによって、気絶している間に状況が一変したことを思い知るのだった。


「何が、どうなってるんだ?」



 ざわざわざわ。血生臭い話に花を咲かせる吸血鬼達の間を擦り抜けるように、手に銀盆とそれに乗った血やワインやジュースのグラスを持って、従者達が給仕に勤しんでいる。

 ここは城の大広間である。豪奢なシャンデリアの下には、ドレスにマントにスーツ。そんな色とりどりの衣服を纏った客人とは打って変わった黒が基調の従者服は、テラスからでも容易に見分けが付いた。


「ふぅ、やっと一段落……」


 俺はぐぐっと伸びをした。大きく開け放たれた窓から出られるテラスは、ピカピカに磨き上げられて白く輝いている。夜の月もその閃きに一役買っているだろう。


「疲れたな」


 今日は、長い時間をかけて準備が行われてきたイリスの母親の誕生会の当日だった。

 多方面から集まる吸血鬼達は贅を尽くした祝いの品と共に訪れた。今は、最も盛り上がる奥方の挨拶と乾杯も済み、楽団の奏でる美しい調べに誘われて歓談に突入したところだ。


 当然、娘のイリスにも多くの吸血鬼から声がかけられた。世話係である俺もそれに付き従うのだが、後ろで始終ニコニコ笑っていなければならないのには辟易した。

 本当に疲れた。先の予定を思い描きながら月を見上げて再度大きく伸びをしていると、疲労でツヤを失いかけている金髪を引かれる、いつもの「お呼び」がかかった。


「イリス様」


 イリスはフリルが付いた青いドレスを着ていた。小さなお姫様みたいで可愛らしい。頭の後ろで結い上げられたお団子頭もよく似合っている。


「フォルト、のどかわいたよー」

「はいはい。今持ってきますからね」


 ここで待つように言って踵を返す。すると、そこには幾らか酒が入ったらしきルーシュが、オレンジ色の液体が入ったグラスを両手に立っていた。


「ほら、イリス。ジュースだぞー」

「わぁ、お兄ちゃん。ありがとー!」


 幼い妹にそれを手渡し、満足げに笑う顔はいかにも兄らしい。イリスが持つと、ただのグラスもまるで大ジョッキのようで面白かった。ルーシュはもう片方のグラスを俺に手渡し、「お疲れさん」と言った。


「……まだ仕事中なんだがな」

「安心しろ。アルコールも変なものも入ってない」

「知ってる」


 伊達に長い付き合いじゃない。ルーシュが悪戯をしかけてくる時くらいはピンと来る。今はどうやら世間話がしたいようだ、ということも分かった。


「それにしても、あいつには参ったぜ」

「お前でもそんなことを言うんだな」


 美味しそうにジュースを飲む幼女から、二人は再び月に目線を移す。ここは天空に浮かぶ城で、外界からは完全に遮断された空間だ。あの月も星も夜空そのものさえ、全ては作り物である。


「俺だって全知全能じゃないからな」

「別にそこまでは言ってない」


 受け取ったジュースはキンと冷えていて、口に含むと静かにのどを滑り落ちていく。涼やかで気持ち良かった。


「あいつ、どうなったんだ?」

「謹慎中」


 多数の吸血鬼による、人の町への急襲という大事件。俺には全容は分からないが、彼らにとっても不文律を犯す行為だったらしい。連中を先導していたイルヤは拘束され、罰としてひとまずは自宅謹慎を命じられた。

 もっとも、今回が初めてではないともルーシュは言う。


「もっと痛い目に遭わせても無駄だろうから、謹慎で終わりかもしれないがな」

「なんだよ、それ」


 二人は自然と、あの屋敷での一件へ意識を飛ばしていた。



「なんだよ、それ」


 あの時の応接間で、俺は同じ言葉を吐いた。様々な思惑が複雑に絡まっているような、実はそうでもないような事情説明に、口がいつの間にか開きっぱなしになっていた。

 黒髪のやたら軽い男――イルヤとルーシュが知り合いだったことは納得したが、最も驚かされたのは別のことだ。


「なんで、こんなことに」


 何もこんな暗い中で話をしなくても良い気がする。そんな居心地の悪さを感じているのは自分だけなのかと思いながら、横に座って前のめり気味に話に聞き入る人物を見た。

 その人物は紛れもなく、姿を消していたはずのディーリアだった。どこから出してきたのか、手には冷えた飲み物がある。向かいのソファにはキルイェがしおらしく頭を垂れて座っていた。


「……」


 イリスとディーリアは別の部屋に閉じ込められていた。縛られていたわけでも、まして拷問を受けたわけでもない。ただ、放り込まれて鍵を閉められていただけだった。


 何故そんなことをしたのかとイルヤに訊ねると、答えは「邪魔だったから」という単純極まるものだった。そもそも、初めに捕らえた時は血が目的だったらしい。

 わらわらと集まって遊んでいる子ども達の中で、イリス達は特に美味しそうだったから、他の者から離れた隙を狙って捕まえた。が、そこで誤算が生じたという。


「まさか、こんなところにイリス嬢が来るとは思わなくってさ」


 イルヤは言葉とは裏腹に楽しそうな声だった。実際、この手のハプニングは楽しんでしまう性質たちなのだろう。

 とにかく、本当に美味しいかどうか検分しようとよく見れば、知った相手だったというわけだ。仕方なくディーリア共々丁重に軟禁して、後で返すつもりだったらしい。


「辻褄が合わないんじゃないか? そっちのひとは、俺のアレを見て驚いてたじゃないか」


 子どもの前だから言葉を濁したが、「アレ」とは首の後ろの傷痕のことだ。イリスが来ていることを知っていたなら、あの反応はおかしい。

 言われた美女はくすくすと笑った。


「だって、その方が楽しいじゃない?」


 演技かよ、なんて趣味の悪い連中だ。


「このオニーサン、ほんとに面白いね。ウチにくれない?」

「だめ。フォルトはイリスのなのー」

「ちぇー、駄目かぁ」


 事ここに至っては隠し通せるものではない。俺はディーリアとキルイェにこちらの正体を含めたあらかたの事情を話して聞かせた。逆にこちらが驚かされたのは、ある人物のことだった。


「じゃあ、私達がここを出入りしている大人達と会わなかったのは、キルイェのせいだったの?」

「……悪かったよ」


 少年は頭を抱えていた。ことの真相が暴かれるにつれて青ざめていく様子は年齢相応に見えて、少し安心させられる。


「金をくれるって言うから、見張りをやってたんだ。でも、まさかこんなことになるなんて思いもしなくて」

「だから、怒ったふりまでして俺から離れたのか」


 彼はこくんと頷く。思い出してみても、あの激昂は不自然だった。その理由も今なら想像することが出来る。

 怖かったのだろう。ただ居場所を男へ知らせるというお遊びみたいな「手伝い」をしていただけなのに、友人が突如消えてしまったのだから。


「ディーリアもイリスもいなくなって、屋敷から出られなくなって……何が起こったのか全然分からなかった。だから、このひとに聞けば分かるって思ったんだ」


 そう言って、イルヤを仰いだ。

 あの場面で俺に事情を説明すれば、友人への裏切りとも取れる自分の行いが明るみに出てしまう。

 これまでの関係が壊れてしまうのを恐れたキルイェは、咄嗟に思いついた演技で連れと距離を取り、雇い主に会いに行ったというわけだ。


「で? 一度閉じ込めて、さぞ今来ましたって素振りで扉から入ってきたってところか。ほんと、用意周到というか意地が悪いというか」


 呆れて諸々が億劫になる。まんまと罠にはまった自分への憤りもある。なにしろ、ずっと屋敷内に潜んでいた彼らに全く気付けなかったのだから、役立たずにも程があるだろう。


「別におにーさんが悪いんじゃないって。俺達が凄かっただけ」


 笑みは崩れない。心から楽しんでいるイルヤに反論出来ない自分が悔しい。


「……ごめん。ディーリア、俺、ずっと」


 重い口を開き、キルイェが呟いた。続きを遮ったのは、謝られている本人だった。


「怒ってないから」

「けど」

「皆さん、ちょっと二人だけにして貰っても良いですか? キルイェと話したいことがあるの。行こう」


 言って、ディーリアがキルイェの手を引いて退室していくのが見えた。

 その後はイルヤ達も連れて、何事もなく宿屋へ帰ることが出来た。途中、誰とも会わなかったことが気がかりではあったが、ヴァロアに無事を知らせてとりあえずは一息だ。

 首謀者達は、ルーシュが呼び寄せたらしき者達が引き取りに来た。人々も解放され、こうして事件は解決を迎えたのだった。



「あの時、ディーリアはどんな話をしたんだろうな」


 意識が手元に戻ってくる。予定を繰り上げて帰らざるをえなかったために、あの後、結局子ども達のその後を知ることは出来なかった。


「だいたい察しは付くだろ?」


 ルーシュはそれだけで済ませてしまった。こういう時ばかりは経験の違いを思い知らされる。

 酒が入ったわけでもないのに絡みたくなり、「そんなの、ただの想像じゃないか」と尚も食い下がってみた。


「知らなくても良いってこともあるんだよ」


 まるっきり子ども扱いだ。一体、いつになったら大人として見られるのか、これではそんな日が来るのかも怪しい。そこへ甲高い靴跡が響いてきた。


「フォルト、こんなところに居たの?」


 いつまでも遠い目でいたいような気持ちになっていたところへ、遮る声がかけられる。いつもより気合いを入れて身だしなみを整えているルフィニアが仁王立ちしていた。


「やぁ、姐さん。飲んでるー?」

「飲んでません。じゃなくて、その呼び方はやめてください」


 何度お願いすれば分かって頂けるんですか、と呆れている。


「今日は一段とキマってマスね」

「あなたまで……。まさか仕事中に飲んでるんじゃないでしょうね?」


 ピリピリとした空気が伝わってくるけれど、彼女の怒りをこちらも大して気にしてはいられなかった。何しろ、俺達が帰ってからずっとこの調子なのだ。


「睨まないでくれよ。そりゃ、大変な目に遭ったのは確かだろうけど、俺の方が何倍も苦労したんだから」


 帰るなり酷い剣幕で捲くし立ててきたルフィニアの顛末は、それなりに同情出来るものだった。

そろそろ第三部も終わりです。ルフィニアが巻き込まれた事件とは?

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