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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第三部 海辺の町と潮風編
35/60

第六話 屋敷の持ち主

イリス達を探して歩き回るフォルト。しかしそこには新たな来訪者が。最後、少しだけ痛くて怖い展開になっています。ご注意ください。

 屋敷の闇はいよいよ濃く、孤独を一層際立たせる。俺はその中を歩きまわっていた。伊達に何年も吸血鬼の側で生きてきたわけではない。ほんの少し居ただけの館の中を、まるで我が家のような足取りで進む。

 しかし、理由は経験値だけではなかった。気付いていた。構造に、妙な馴染みを感じることに。


「血の匂いがする」


 口に出して改めて認識した。最後に住んでいたという金持ち夫婦と美しいお嬢様、そしてイリスの母親に似た女性。

 周囲の建物とは明らかに異なる様子も合わせると、それらはここが、吸血鬼が建てた屋敷だという可能性を示していた。間違いだと誰か言って欲しいものだ。

 歩くたび、コツコツと靴の踵が鋭い音を立てる。


「吸血鬼の屋敷でユーレイ騒ぎに子供の消失か。とんだホラーだな」


 胃がぐっと押されるような不快感に呻く。一階は異常なし。開けられる扉は全て開けて調べたけれど、何も見付からなかった。

 続いて重い足を引きずりながら二階へ上がる。キルイェの足音がないかと耳を澄ましつつ、例の肖像画の横を過ぎた。その先には静かに扉が並んでいる。


「誰もいなかったら、本気で帰る方法を考えないとな」


 呟いてから、一番手直な扉の前に移動した。深呼吸し、ノブに手をかける。冷や汗で滑りそうになるのを堪えて開く。――ばたん。


「っ!」


 心臓が口から飛び出すかと思った。


「な、何だ? この扉じゃなかったぞ……」


 物音一つ立たない場所で必要以上に大きく聞こえたそれは、俺が立っている場所の下で鳴ったように聞こえた。考えられるのはキルイェか、彼らが探していた「幽霊」か、もしくは……。


「さて、どうするか」


 ひとまず目の前の部屋に入り、誰もいないことを確認する。いずれにしても、イリス達を攫った犯人の仲間という最悪の筋書きを前提に行動するしかない。

 手元にはランプが一つきり。武器も何も持たない間は、身を隠す方が安全だ。

 持っていた灯りのガラスを開き、ふっと息を吹きかける。弱々しくも最後の味方であった炎に別れを告げ、部屋の隅に置いた。


「よっと」


 それからベッドへ近寄り、その下に広がる狭い空間へ体を滑り込ませる。自らの長身を恨みながら、最後にだらしなく床に垂れた髪を引き寄せ、改めてコートの中へ押し込んだ。

 気がかりなのは幼い主人のことだった。外の世界の危険を何も知らないイリスは、同時に周りにとっても危険な存在でもある。

 カタ、ガタガタ……ぎし、ギシギシ。数分もしないうちに、床の軋みが伝わってきた。まだ影も確認していない「誰か」は、三人はいそうな気がした。


「……我ながら、ホントに情けない格好だな」


 遠くで囁きあうような息遣いがしたかと思うと、コンコンというノック音に変わった。だが、この部屋ではないようだ。

 敵か、味方か。思考は堂々巡りを繰り返す。それが途切れたのは、迫ってきた足音と振動のせいだった。


「っ」


 次はこの部屋を調べるらしい。鼓膜を刺激するノック音を聞きながら、来ないでくれと願う。小さく息を吸って吐いたその時、扉が開いた。

 灯りを持っているのだろう。ベッド下という特殊な位置からは、「彼ら」の黒光りする靴らしきものが見え隠れする。その手を伸ばせば届く距離に、心臓が早鐘を打つ。

 数えると、やはり「彼ら」は三人組らしい。うち一人は女か。細い足首が見え隠れしている。


「……」


 ノックをするくらいだから、探しているのは人なのだろう。まさか、怪しげな取引き現場に居合わせた? それとも殺人? 間を取って人身売買……!?


「ひっ」


 顔が赤くなり、青くなるのを感じた。闇の向こうから、白く浮かび上がった手が伸びてくる。ずるずるずるっ! 凄まじい力で引っ張られる恐怖心で、頭がおかしくなりそうだ。


「やっ、やめてくれ。売らないで殺さないで食べないでー!」


 自分でさえ驚く、大の男の口から発せられたとは思えないカナキリ声だった。


「あ? 何言ってんだ、この兄ちゃん」

「へっ?」


 目に飛び込んできたのは、闇の中にあって更に深い黒。それは24、5歳ほどの男の髪と瞳だった。高そうな装飾が施されたランプの、オレンジ色の光に照らされた肌は、その髪などとは対称的に白く透き通るようだ。


「あの、えっと……これは、つまり」


 思えば恥ずかしいことこの上ない状況だった。ベッドの下から引きずり出され、誰とも分からぬ相手に勝手に妄想を繰り広げて命乞いとは。

 ルーシュの耳に入れば一生からかいのネタにされること請け合いである。

 男は笑いながら「安心しなって」と言った。漆黒の瞳が嗤っている。


「別に売ったり殺したりしないからサ」



 警備兵に見付かった犯罪者の気分で、立ち上がってみると、驚いたことに男はこの飄々とした人物だけだった。あとの二人は女性だ。


「あらあら、どなたかしら?」


 ゆったりとした服を纏った、儚げな印象の女性が微笑んだ。俺のよりも色素の薄い、ウェーヴがかった金髪を長く伸ばしている。

 こちらをはっとさせる美貌の持ち主だが、その笑顔には何処かで見たことがあるようなひっかかりを覚えた。


「ええっと」

「こんなところで何をしていた?」


 きつい視線で射抜くのは、もう一方の女性だ。こちらは隣の女性とはまた違ったタイプの美人である。くすんだ色のマントを羽織り、濃い茶の髪を肩で散らしている。三人の中では一番若そうに見えた。


「おいおい、そんなに睨んだらビビるだろ」

「……すみません」


 詰問してきた女性が注意されて一歩下がる。どうやらこの黒い男より低い立場にいるらしい彼女は、それでも視線を外さない。


「お、俺は、子ども達の……かくれんぼの相手をしていただけで」

「かくれんぼ?」


 咄嗟に言い訳に男達は揃って目を丸くした。大の大人が、廃棄された屋敷で子ども相手のかくれんぼのために、果敢にもベッドの下に隠れていたというのだから。自分でも無理があると思う。


「怪しい」


 きつい目付きの女性が言い、俺は肩を竦めた。安易に誤解を解く気にもなれない。ここでイリス達のことを持ち出せば藪蛇になる恐れもある。


「あ~、じゃあ余所でやってくれる? ここは俺達の家だからサ」

「えっ、空き家じゃないんですか?」


 返答はキン、という金属音だった。目の前にぶら下げられたのは鎖に繋がれ、緻密な装飾が施された鍵であり、男は銀色のそれを見せると薄く笑った。


「ちょっと前に買い取ったんだ。これで文句ない?」

「いえ。文句なんてとんでもない」


 これ以上の証拠品もあるまい。この屋敷に新しい持ち主が現れたのだ。突然の所有者の登場に驚きながら、俺は頭の片隅では別のことを考えていた。


「し、失礼しました。それじゃあ帰ります。子ども達も連れて帰るので、少し探させて下さい」


 小難しい話は後回しにしよう。扉は開かれ、正面から堂々と帰ることが出来るチャンスなのだ。かくれんぼという嘘も、こうなっては利用しない手はない。さっさと踵を返し、出入り口に向かって歩き出そうとした。


「ねぇ、待って下さらない?」


 それは、物静かな方の女性の声だった。振り返ると、そっと手を取られた。


「っ!」


 驚きが口から滑りそうになる。彼女の白い手はひやりと冷たく、氷のようだった。なんとか悲鳴を呑み込むと、今度は嬉しそうな瞳が俺を捉える。


「な、何でしょうか?」

「売ったり殺したりはしないわ。でも」

「……でも?」


 紅い唇の端が更に横に広がった。


「あなた、美味しそうねぇ」


 ぞわぞわっ。背筋に悪寒が走る。駄目だ、いけないと全身が訴えている。けれども固定されたみたいに目を外すことが出来ない。逃げようにも、何故か体も動かなかった。

 こちらを向いたまま、彼女が「いいでしょう?」と聞いた。それはこちらにではなく、後ろで笑っている男に向けられたものらしく、彼も当然のように「どうぞ」と言った。

 何の話をしている?


「な……」


 冷たい手が俺の服を這った。触れられたところへ不快感が走り、やがてそれは腕、肩と進んで首筋で止まった。かかった髪を払われる。


「あら」


 面白いものを見つけ、女性が声を発する。


「どうかした?」

「ねぇ、見て。通りで美味しそうだと思ったわ」


 何に興味を示されたのかに思い当たり、ぎくりとした。首筋にあるのは二つの傷……イリスに牙が突き立てられた痕だ。


「へぇ、これは珍しいや」

「こんなところに居るなんて、不思議なこともあるのねぇ」


 湿った息がかかるほどの距離で囁かれた次の瞬間、鋭い痛みに呻いた。それはいつもの場所には違いなかったが、いつも耐えているものとはまた別の感覚だった。


「あっ」


 鋭い痛みが奥深くまで響き、全てを持っていかれそうになる。視界が歪む。


「う、うぅ」

「ほらほら、お兄さん。しっかり立ってないと駄目だよ」


 それが最後に聞いた言葉だった。

怪しい3人組に捕まってしまったフォルトの運命は?

こうして二つのお話を同時に書いていると、彼の無防備さが際立ちますね……。


今年最初の投稿です!今年もよろしくお願いします!

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