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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第三部 海辺の町と潮風編
33/60

第五話 町の子ども達

イリス達と再会出来たフォルト。怪しげな屋敷で、子ども達は何をしているのか。

 二階は個室が並んでいた。そのうちの一つへ入ると、ベッドにテーブル、クローゼットなど、高めの家具が一通り揃っている。


「うわっ」


 厚いカーテンの隙間から外の光が漏れているのを見てそっと捲ると、目を焼く眩しさに怯んだ。中がどれだけ暗いかを、改めて実感させられる。


「いつも、ここで何をしてるんだい?」


 自分には彼らの日常が全く想像出来なかった。遊び盛りの子ども達が、こんな暗くて怪しい館に集まってくるなど、理解に苦しむ。


「最初はキルイェがここの鍵が開いてることを突き止めてきて、探検しようって言い出したの」


 ディーリアが楽しげに話し出す。彼女が知る範囲では、何年も前から人が住まなくなったこの屋敷の最後の住人は、とある金持ちの親子だったらしい。


「綺麗なお嬢様が住んでたって、お父さんが言ってた。でも、お嬢様は不治の病にかかっていたんだって」

「そりゃ、また難儀な話だな」


 美しいご令嬢は命が尽きてしまい、夫婦もそれからさして間を置かずに引っ越した。その後に流れ始めたのが、こういう古い屋敷にはお決まりの噂話だ。


「屋敷から女の人のすすり泣く声が聞こえるとか、窓に人影が見えたとか」


 噂の現場で話すのは怖かったのか、ディーリアは辺りをキョロキョロと見回す。対してキルイェは鼻を鳴らし、「幽霊なんているかよ」と嘲った。つまり、霊の正体を突き止めるために彼らはここを訪れたわけだ。


「いるかもしれないじゃない、幽霊とかおばけとか」

「いねぇ」

「ねぇ、いるよね。フォルトさん?」

「え? さ、さぁ」


 幽霊がいるいないで口論を始めた二人は、俺に意見を求めてきた。ここは苦笑いするしかない。

 幽霊とお近づきになったことはないが、吸血鬼なら目の前に居るし、この世界にはどうやら魔法使いもいるらしい。ならば、幽霊くらい居てもおかしくはあるまい。


「フォルト。ここ、おちつくねー」


 笑っている幼女は闇の生き物だ。同じ場所にいて、一緒に遊んでいても、他の子どもとは別世界の住人である。そして、俺自身もそちら側の世界に身を置く存在だ。

 普段はあまり考えないようにしているが、それが頭をもたげてくると溜め息が出る。


「ねー、そろそろ帰らないと」


 誰かが言い出す。昼時だからと、子ども達は家に帰ることにしたらしい。心配した親に、探しに来られるのは困るのだろう。



 クモの子を散らすようにほとんどが帰宅すると、残ったのはディーリアとキルイェのみになった。


「『最初は』って言ってたけど、今は?」


 帰宅組を見送ったあと、四人は一階の応接間らしき部屋へ移動した。絨毯は厚く、足が軽く沈み込む。

 ソファが向かい合わせにあり、間に重厚な雰囲気のテーブルが置かれていた。子ども達が掃除したのか、埃気は薄い。俺はイリスとソファに腰掛けて訊ねた。ディーリアのセリフが引っかかっていたのだ。


『最初はキルイェがここの鍵が開いてることを突き止めてきて、探検しようって言い出したの』


 なら、今の目的は違うのだろうか。彼女は「今更隠したって仕方ないから言うけど」と前置きしてから話し始める。


「なんだかおかしいの」

「オレら以外にも、ここを出入りしてる奴がいるみたいなんだ」

「え……」


 誰かは不明だが、確かに存在するという他者の影。きっかけは子どものうちの一人が、大人の足跡を発見したことだったらしい。確かに、埃一面の床に真新しい大きな靴跡があれば目立つ。


「それを調べていたのか。恐ろしい綱渡りをしているもんだな」


 向こうだって、こちらに感付いているはずだ。なにしろ痕跡だらけなのだから。知っていて放置しているのだと考えるほうがしっくりくる。


「大丈夫よ。何もしてこないもの」


 ディーリア達が無事に屋敷を歩き回っていることから、相手は今のところはこちらに危害を加えるつもりはないようだが、あくまで「今のところ」に過ぎない。なんだかキナ臭い話になってきた。


「で、目星はついたのか? 足があるからにはユーレイじゃないんだろう?」

「いや、大人ってことくらいしか分かってない。一度、夜まで粘った時にも現れなかったしな」

「それって」


 子ども達は頻繁に出入りしている。確実に大人がいるのに出くわさない。それは、見張られている恐れを示唆していた。もしかしたら、今も……? カチリ、と小さな音がして、俺達は会話を止めた。


「なんだ、今の音」


 キルイェの訝る声音から、ごく小さな音が空耳でないことが証明される。今のはまるで。


「鍵をかけたみたいな……」


 少女の発言にはっとして、男二人が駆け出した。応接間の扉を殴る勢いで開け、玄関へと先に辿り着いたのはキルイェだ。

 数秒遅れて追い着いた時には、彼はドアを開けようと必死になっていた。ノブは引いても押してもびくともしない。


「閉じ込められた!?」

「鍵ってのは内側からなら簡単に開くものだろう?」


 少年の動揺に首を傾げたが、理由はすぐに判明した。この扉は特殊で、外からも内からも鍵を鍵穴に差すことでしか開閉出来ないらしいのだ。


「何で突然……」

「まさか、俺達だけになるのを待っていたのか?」

「なんだって?」


 俺の呟きに、キルイェが聞き返してくる。ずっと子ども達を放置してきた「誰か」が、イリスと俺という部外者に気付くのは時間の問題だ。

 他の子が出て行ったのを見計らって閉じ込めたのだ。こちらに用事がある可能性がある。


「イリス様?」


 思考が進むにつれて、恐ろしい思考に行き着く。そうだ、今は離れるべきではない。バン! と耳をつんざく音を立て、応接間の扉を開く。


「イリス様、ディーリアっ」


 室内はがらんとしていた。ランプの灯りしかない仄暗い中、名前を呼ぶ声が空しく反響するばかりだった。



 部屋を隈なく捜索したが、見付かるわけも無かった。


「……キルイェ?」


 もしやと思い、取って返すと、少年は未だに玄関扉と格闘していた。彼までいなくなったのかとヒヤリとしたが、ほっと胸を撫で下ろす。


「二人がいない」


 目の前のことに夢中になっていたキルイェも、これには驚いて振り返った。


「なんだって? どうして」

「分からない。『ユーレイ』にとって俺達が邪魔になったのか……」


 或いは、目的がやはりイリスだったのか。でも、絶対的に情報が不足している今は、あまり憶測で喋らない方が良さそうだ。キルイェは直情的なタイプのようだから、間違った方向へ突進しかねない。


「そんな、今まで何もなかったのに」


 リーダーを気取っていても、まだ子どもだ。彼の目には恐れの色が浮かんでいた。どれだけ威勢が良くても、こんな闇の中に知り合ったばかりの男と二人きりでは怯えが生じても仕方ない。


 俺自身、冷静とは言い難かった。もし、イリスに何かあったらと思うと気が気でない。それでも大人だから、少年を前に恐怖を押し隠した。闇に慣れた自分が思考を停止したらお仕舞いだ。


「なぁ、合鍵はないのか? こうなったら助けを呼んだ方が賢明だ」

「そんなものがあったら、とっくに取りに行ってるさ!」


 そういえばキルイェが、この館の鍵が開いていることを突き止めてきたのだったと思い出す。子ども達は自由に出入り出来ていたから、鍵など必要がなかった。


「他に出入り口はないんだろう? なら、窓を割るしかないな。相手が何人居るか分からない以上、動き回るのは無謀だ」


 だが、その提案にも首を横に振られてしまった。


「それも無理だ。館の窓は特別製みたいで、ちょっとやそっとじゃ割れないんだ」


 合点がいった。長年放置されていれば散らばっていてもおかしくない窓が綺麗に残っているのは、「割れない」からだったのか。

 改めて置かれた状況を思い知り、絶句する。唯一、希望があるとすれば、自分達がここにいることを承知しているサスファだけ。

 けれど、もし子ども達との約束を守って内緒で戻ってきたら、今度は彼女までが危険に晒されることになる。


「どうすれば……」

「アンタ、さっきから聞いてれば逃げることばっか考えて……、ディーリア達を見殺しにする気なのか」


 突然の、棘を含んだ声に驚いて少年を見ると、赤い顔でこちらを睨んでいた。


「イリスはアンタの主人なんだろ? 自分だけ安全なところへ行こうなんて、酷い奴だな」

「そんなつもりじゃ」

「俺は違う。一人でも助けに行く。仲間だからな!」


 一瞬前までは恐怖に支配されていたはずが、今はいきり立っている。その変化に付いていけず、取り残されたような感覚に陥る。


「ま、待て。それじゃ、お前を危ない目に遭わせることに」


 踵を返し、館の奥へ踏み込んでいこうとするキルイェをなんとか引き止める。すると彼は更に怒りを増して言った。


「自分だけ良ければなんて考えている奴に、心配されたくない。アンタは他の大人とは違うと思ったけど、とんだ勘違いだったみたいだな」


 吐き捨てるようにそれだけ言うと、すたすたと行ってしまった。その手元に下げた灯りも、すぐに闇に呑まれて見えなくなった。


「間違ったことは言ってない」


 それ以上手を伸ばすことは出来なかった。


「俺はただの使用人で、強いわけでも、頭がキレるわけでもないんだ。突っ込んで行ったら……結果は見えてるじゃないか」


 子どもにはそれが分からないのだろう。勇気を奮い起こしたつもりで、無茶とはき違えているだけだ。


「でも、この状況は本当にまずいな」


 先ほどの灯りと共に闇に呑まれていくキルイェの姿が、脳裏を掠めた。引き留め損ねてしまったが、せめてあの馬鹿に教えてやらなければ。闇の恐ろしさを。

 歩き出しながらふと首筋に手をやると、指先が決して癒えることのない二つの傷跡に触れた。

最初は少しヒヤッとして、落ち着いたかなと思ったらまた一波乱。

第三部もこの辺りで折り返しになります。

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