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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第三部 海辺の町と潮風編
30/60

第3.5話 ルーシュのお仕事/イリスの大冒険

フォルトが知らない二つの物語。

前半はルーシュ視点、後半はイリス視点のお話になっています。

◆ルーシュ視点


「二人は無事に合流し、イリス様を探しに出たようです」

「やっとか」


 薄暗い室内。灯りに照らされ、銀色の髪が光っている。ルーシュは報告をしに来た男の方をちらと見、悪態を付いて椅子に身を預けた。

 体中を覆うように羽織っていた上着は脱いでおり、向かいに立つ男性が片腕に抱えている。動きやすい格好になったルーシュが大きく伸びをすると、関節がコキコキと音を立てた。


 真っ白い椅子には細工が隅々までなされ、汚れ一つない。丸いテーブルも同じように高そうな一品で、まるで午後のティータイムでも始めそうな雰囲気だ。が、今はそんな気分にはさらさらなれなかった。


「お前も座れよ」

「いえ、私はこのままで結構です。立っている方が落ち着きますから」


 微笑み返したのは、ルーシュの秘書を務めるウィスクだった。緑の髪と瞳を持つこの青年こそ、一連の騒動のきっかけを作った……と勝手にルーシュが思っているシリア、の双子の弟である。

 どちらも普段は冷静沈着な性格なのだが、いかんせんその冷静さの向かう先が違うため、こういった騒ぎはたまに起こるものではあったのだが。


「今回のはまずい。一番まずいのは、探してるのがあの二人ってところだな」

「大丈夫ですよ。あの二人を信じてあげて下さい」

「……お前もあんまり外を出歩くんじゃないぞ」


 重い空気が漂う中でも平気で軽口を叩く彼が、珍しく気を揉んだ様子で警告したことで、ウィスクの笑顔が崩れかける。

 やがて、遠くから何かがあちこちにぶつかる固い音や口汚く罵る声が聞こえたと思ったら、前触れなくこの部屋の扉が開けられた。弾みで蝶番ちょうつがいが飛んでしまいそうな勢いだ。


「ノックくらいしろよな」

「す、すみません」


 転がり込んできたのは黒い服にサングラスをかけた男と、その男に突き出されたこれまた黒装束の男。

 サングラス男は黒装束の男の背中を蹴り上げてその場へ倒すと、自分の頭の後ろをかいて苦笑する。ここに連れてくるまでにかなり暴れられたのだろう。衣服の乱れがそれを物語っていた。


「イリスは?」

「現在、数人かがりで捜索中です。我々の姿を見た途端コイツが逃げ出したので、とりあえず連れてきました」

「そりゃあ、また運の良い。……アタリみたいだぜ?」


 ルーシュは倒れ込んだ男をじっと見つめて言う。


「じゃ、あとは俺がやるから。お前は他の奴を手伝って来い」


 サングラス男はウィスクに一瞥をくれたあと、無言で出て行った。すぐさま、秘書がたった一つの出入り口に鍵をかける。かちり、という音がやけに大きく部屋に響いた。


「さてと。早速吐いて貰おうか?」


 背中を強く蹴られた衝撃で咳き込んでいた男もしばらくすると調子を取り戻し、それを見計らったルーシュが椅子から立ち上がった。しゃがみ込んで男のフードに手をかける。


「あまり近付かれると危ないですよ」

「そん時ゃ、お前が助けてくれるだろ?」

「少しは自重して下さい」


 ウィスクは、言うだけは言いましたよという顔をして溜息を吐いた。いくら止めたところで、主人が危険から遠ざかろうとしたことなど無い。

 そのことを十分過ぎるほど知っている彼は、仕方なく気を引き締め、痛みを感じそうなまでの殺意を込めて男を見つめた。元の笑顔に戻ってはいるが、今の彼を見て「笑っている」という人間はいないだろう。


「ルーシュ様に何かあったら、命がないと思って下さいね」

「おぉ、怖。オイ、コイツはマジだぞ。生真面目な奴だからな。勢い余って俺まで殺すかもな」

「何か言いました?」

「別に。で、お前の雇い主が誰なのか、吐く気になったか?」

「……」


 男は殺気にさらされて声が出ないのか、元々黙秘を決め込んでいるのか、小刻みに震えるのみだ。ルーシュとウィスクのやりとりには多分に冗談も含まれていたが、聞き分ける余裕はなさそうだった。


「ま、そっちは言わなくても大体見当が付いてる。問題は、今回のやりあいに俺の可愛い妹とウチの馬鹿を巻き込んじまったことだ」


 おい、とウィスクに声をかけると、従者は固く閉じられていたカーテンを開く。真昼の太陽から煌々と日が射し、部屋が一気に明るくなった。今まで暗かった分、目蓋を閉じていても目が痛む。

 俯いていたフードの男が、はっとしてルーシュを仰いだ。純粋な吸血鬼であるはずのルーシュが、太陽をバックに自分を見下ろす様を驚きの瞳で見上げていた。


「な、なぜ……!?」


 しわがれた声は男の本来のものではないだろう。捕まった時に抵抗したために、のどをやられているのだろうか。喋るのも辛そうだ。


「あのなぁ、こっちは無駄に歳くってるんじゃねぇっての。そりゃ、良い気分じゃないけどな」

「クッ」


 男が、いざとなれば飛び出してカーテンを引き、ルーシュをひるませようと考えていたことが、観念した面持ちから感じられた。こちらが先手を打つことで、相手の手段を絶ったというわけだ。


「早く言ってくんない? 時間がないんだよ。俺も……お前もさ」

「お、俺には、知らされていない」


 あのなぁ、とルーシュが言いかけたところで、男が更に呟く。


「確かに時間がないかもな。お前も、この町も」


 ニヤリと笑ったかと思うと、痛めつけられた体のどこにそんな力が残っていたのか、信じられない素早さで前方へ飛び出した。

 パーン! というガラスの割れる音の次には、重いものが激しく地面に叩き付けられる衝撃。窓を突き破って飛び降りたのだ。


「げっ、あいつ。ここ三階だぜ」


 覗き込めば、よろめきながら逃げていく黒装束が眼下に見える。


「追いましょうか?」

「それ、俺が『いい』って言うって分かってて聞いてるだろ。それよりカーテンを閉めてくれよ。だーっ、焼ける焼ける!」

「ヤセ我慢するからですよ」


 ルーシュがさっさと身を暗がりに戻すと、ウィスクが散らばったガラス片をよけて窓際に寄り、分厚いカーテンを閉めた。


「それにしても、あの男の言葉は気になりますね。……ルーシュ様?」

「こりゃ、マジでヤバイかもな。あいつら、どれだけ俺を働かせるつもりだよ」


 ぶつぶつ独り言を言っていたかと思うと、秘書からひったくるようにして上着を取って羽織り、出口に向かって歩き出していた。


「どちらへ?」

「お前は親父のところに戻れ!」


 それだけ言い残して、再び昼間の港町へと消えていった。




◆イリス視点


 イリスが意を決して穴を抜けると、目の前に屋敷の壁が立ちはだかっていた。左右には雑草が生えた小道とも呼べない細い通路が続いている。


「ディーリア、どこ?」


 建物の横に出たのだろうか。角の向こうには植えっ放しの落葉樹と、そこから落ちた葉が絨毯のように敷き詰められた庭が見えた。濃度も様々な緑からは、むせ返る青い匂いが伝わってくる。


「ディーリアぁ」


 屋敷の赤い壁は高々とそびえ立っていたが、手入れがなされていないために朽ち、欠けたり色褪せたりしている。棄てられてから、かなりの歳月が経っているのだろう。

 しげしげと眺めていたイリスは、はっとして辺りを見回した。……誰も居ない。


「ディーリアー!」


 何度呼んでも返事はない。今しがたの悲鳴は確かにディーリアのものだったはずなのに、気配すら感じられないのは何故なのか。


「どこにいったの……?」


 吸血鬼の、暗がりを見通す瞳が薄く光る。不思議と恐れは引いて行った。怖かったのは最初だけで、ここはイリスには居心地の良い場所だったから。

 とにかく行ってみようと思い、左右を観察する。右側は日が当たって暑そうだ。左は逆に闇が濃くなり、人を拒む雰囲気に満ちていたが、彼女には手招きしているように見えた。


「ん~、こっち!」


 本能に従って左を選ぶ。歩き始めると枯れかけた草がさくさくと鳴った。闇の勢いと共に、湿った風も吹いてくる。ここだけ周囲から切り離された別世界のようだった。

 やがて突き当たりに達し、右へ折れる。建物の規模を肌で感じた感想は「あんまり大きくないなぁ」というものだった。空に浮かぶ巨大な城に住むイリスの主観に過ぎなかったが、あながち的外れでもなかった。


「こんどはこっちに行ってみようっと」


 ぐるりと周りを回るように、更に前進して右折すると、屋敷の正面へと出たようだった。

 突然景色が開け、庭があらわになる。かつてはさぞ美しかったであろうそこは、今や長期間の放置によってジャングルと化していた。伸び放題の木に太い蔓が巻き付き、葉と葉の間を埋め尽くしている。


「すごいねー」


 それらを横目に屋敷の壁沿いに歩くと、階段の手すりが目に入った。傍の窓は薄汚れたガラスがきっちりとはめ込まれ、カーテンが閉められていることもあって、中を窺うことは出来ない。

 改めて手すりに視線を移す。低い階段を数段のぼると、分厚い玄関扉があった。


「こんにちはー」

『余所様のお宅にお邪魔するときは、必ずご挨拶なさって下さいね』


 という、教育係ルフィニアの顔が頭に浮かぶ。教わったままに一応声だけはかけてから、扉に付いた鉄の輪を掴んだ。まだ幼いイリスには些か高い位置だったが、つま先を立てればなんとか届く。


 えいっと気合を入れて引く。思ったより易々と扉は開き、角度が変わったことで表面の花の彫刻がより立体的に見えた。背中から屋敷の中へと風が吹き込み、乾いた空気が頬を叩く。

 鼻にまとわり付いていた緑の匂いが、一転して埃臭さに変わった。二・三歩進んだところでゆっくりと扉が閉まり、錆付いた音が途切れると、静寂が訪れた。


「わぁ、真っ暗だ!」


 イリスは歓喜の声を上げた。それも暗がりに吸い込まれ、反響する様子もない。以前は明るく暖かかったはずのその家は、日の入らぬ暗闇の世界に様変わりしていて、まるで人外の生き物の棲家みたいだった。


「ワクワクする」


 目を凝らし、最初に見えたのは目の前の階段だった。とても広く、途中の踊り場からは両脇で折り返して更に上に伸びている。


「……」


 ふと、踊り場の壁にかかった大きな絵を見付けた。肖像画に描かれた、古いタイプのドレスを纏う美しい女性が、来訪者に微笑みかけている。

 色素の薄い髪がふわりと肩にかかった、眩しそうに目を細める若い女の人の絵だった。

 イリスはしばらく目を奪われていたが、ディーリアを助けられるのは自分だけなのだと気持ちを新にして回りを観察する。絶対、この屋敷内にいるはずだ。


「えっ?」


 カタリ、という音が耳を掠めたのはその時だった。静かな中でのあまりに異質な物音に、幼女は振り返る。


「わぁぁっ」


 甲高い叫びは、闇の向こうへ反響した。

ウィスクはインテリに見せかけて実は武闘派?

分けるには短かったので一つにまとめました。分かりにくかったらすみません。

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