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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第二部 空に浮かぶ城の秘密編
23/60

エピローグ

不思議な客人・オルト。彼がルデリアから頼まれた「依頼」は。

 その夜、俺達は屋敷に泊めてもらうことになった。

 周りの森からは昼とは違った動物や虫達の鳴き声が交わされ、代わりに緑はひっそりと眠るように沈黙している。

 今回はこれまでと違って随分と長い時間飛ばされずにいるが、理由はなんとなく分かり始めていた。きっと、「終わり」が近いのだ。


「でね、でね!」

「へーすごいねー」


 日が暮れてから目を覚ましたイリスは、振舞われたルクレチアの料理に大喜びしながら、帰宅した彼女の弟や妹と楽しげにお喋りをしている。

 幼いイリスにとっては幸いにも、廃村が闇に沈んでいる時間だ。あとは彼女がレイテのことなどをどう受け止めるのかが心配だったが、さして混乱する様子もない。時間旅行さえも、「面白い体験」なのだろうか。


「なんだ、素直に喜べよ」

「何を」

「とりあえず食事の有難さと旨さ? あとは……もうすぐだ、って点にだな」


 隣で琥珀色のスープに舌鼓を打っていたルーシュが、にやりと笑った。緻密な刺繍のクロスを広げた長机では、ルデリアを始め、給仕に勤しむルクレチア以外の家族と俺達、そしてオルト少年が食事を楽しんでいる。

 自分も給仕に回ろうとしたのだが、客人だからと断られてしまった。


「お客様は本当に久しぶりで、嬉しい限りです」


 心配だったレイテの体調も良いらしく、共に食卓を囲むことができた。帰宅したレイテの夫はがっしりとした体つきの男性で、並んでみると、なるほど長年連れ添った夫婦だと合点がいく。


 彼らは全員、立場上はルデリアの使用人にも関わらず、それは些細なことだといわんばかりに同じ卓につく。蝋燭の仄かな灯りに照らされる室内には、家族の親しげな雰囲気が漂い、暖かい。


「すみません。自分まで頂いてしまって」


 サラダを運んできてくれたルクレチアに恐縮すると、彼女はふふっと笑って「フォルトさんも立派なお客様ですよ」と野菜たっぷりの皿を渡してくれた。


「ルクレチアさんも、こちらにずっと……?」


 このタイミングしかないだろうと、思い切って気になっていたことを口にする。

 彼女はまだ若い。親の跡を継がず、外の世界に飛び出していくことだって出来るだろう。勉強、恋愛、結婚……村があれば望めた様々なことも、ここでは我慢しなければならない。


 今回の「引っ越し」がその解決策でないと察しがつくだけに、聞かずにはいられなかった。ルクレチアはそっと笑うと、その奥に決意を滲ませる瞳を見せた。


「ここに残ったのは母の強い希望があったからですが、もし母が命を落としても、ルデリア様に仕える意思は変わりません」

「どうして、そこまで?」

「多分、フォルトさんがお嬢様に抱いているものと同じ理由ですよ」

「あ……えぇと」


 腑に落ちない気持ちと納得する気持ちとが半々で、上手く頷くことが出来ない。育てられた恩義だとか、言い聞かされてきた忠誠心だとか、自分にあるのはそんな高尚なものじゃない。

 ただ、同じ年代の子とお喋りするイリスを眺めていると、思うことがある。


「俺はただ、今が嫌じゃないってだけですよ」


 ルクレチアが茶目っ気を含んだ声音で、「あら、同じじゃありませんか」と笑った。



 引っ越しは深夜、ひっそりと行われた。

 こんな時間にと驚く気持ちはすでにない。俺達は屋敷の外に出て、玄関に立つ一家の面々とルデリア、そして棒切れを持って何やら走り回っているオルトを眺めていた。


「ねぇねぇ、フォルト。何がはじまるの?」

「見ていればわかりますよ、きっと」


 昼寝をしたおかげで目がぱっちり開いたイリスは、首をかしげつつも言われた通りに静かにしていた。これから始まるショーをワクワクしながら待つ、観劇者の気分に違いない。


「妙な感じだな」


 俺が言うと、フードを被らなくて良くなったルーシュが髪をかきあげて「まぁな」と同意した。


「まさかンなもんを見ることになるとはな」

「出来ましたよ」


 いくらかのち、地面に巨大な落書きみたいなものをしていたオルトが戻ってきて、ルデリアとレイテに準備が完了したことを告げた。


「いよいよなのですね。あぁ、その前にお礼をしておかなければ」


 思い出したように懐から金品を取り出そうとするルデリアを、少年は片手で軽く制して首を振った。


「以前頂いたもので十分です。あの時の分さえ、返せている気がしませんから」


 恐らくこの二人の出会いに関係する話なのだろうが、お互いに多くを語りはしなかった。ルーシュはなんとなく気付いているのか、さして興味もなさそうに星空を仰いでいる。

 いや、違う。光の粒を撒いたようなこの空は、ただの景色じゃない。眺める「彼方」こそが、これから向かう、一家の引っ越し先なのだ。


「お屋敷……いえ、『城』が浮上する動力源は、あなた方の想いです」


 やはりか、という思いが心に広がり、そっと視線を落とす。


『想い?』


 夫に支えられているレイテと、彼らの隣に立つルデリアが同時に問い返した。


「空に浮かぶ楽園は契りの証です。どちらかが想いを絶つ時、この城は再び地上に降りることになるでしょう」


 人と共に時を重ねていくことを選んだ吸血鬼。闇の生き物に寄り添う道を選んだ人間。そのどちらかが相手を必要としなくなった時、城もまた役目を終えるということだ。


「要をお持ちください」


 言ってオルトがローブの下から差し出したものを見て、俺もルーシュも目を見開く。それは、執務室にあったあの巻物だった。この期に及んで、よく似た別物のはずはない。

 オルトは優しくレイテに巻物を手渡して微笑んだ。ふわりと空気が動いて、またあの清々しい香りが体をすり抜けていく。


「新たな命が生まれる度に、名前が記されます。子々孫々、この契約が忘れられないために。他にもいろいろお付けしておきました」


 少年は冗談めかして囁く。受け取ったレイテはやつれた顔を引き締めて頷き、胸に大事そうに抱きしめる。あと僅かしか残されていない時間を、一秒でも取り零さないようにするみたいに。


「さぁ、はじめましょう」


 それを合図に、城をぐるりと囲うように書かれた円と、周囲の不思議な文字が赤い光を放ち始めた。ルデリアとレイテ一家が円の中に入ったのを確認して、オルトが他者には聞き取れない言語を紡いでいく。

 やがて大地が静かに地響きを始め、城がいよいよ浮上するのを悟った。


「ちょっと待てよ。俺達はどうするんだ?」


 俺は焦った声をあげた。ここまで来て事態を飲み込めていないほど馬鹿じゃないつもりだ。この世界が異世界などではなく、ずっとずっと昔を、己のルーツとも呼ぶべき過去を垣間見ているのだと気付いてはいる。

 でも、だからといって何もせず眺めていていいのだろうか。


「見送ればいいだろ?」


 ルーシュはこともなげに言い、事実、城は周辺の地面ごと奇妙なほど静かに浮かんでいく。ぱらぱらと落ちる欠片だけを地上に残して、絶対に動くはずのないものが目線の高さにまで昇っていた。


「フォルトさーん、ルーシュさーん、イリスさんもお元気でー!」


 ルクレチアが大声をあげ、皆が笑顔で手を振っている。イリスが「ばいばーい!」と叫んで両手をぶんぶん振り回しながらピョンピョン跳ねる。


「ほれほれ」

「……わかったよ」


 促され、自分も手を振り上げた。途中、ちらりとオルトに目をやると、唇だけは言葉を紡ぐために震わせながら、こちらに微笑みかけるところだった。

 その瞳に見詰められた刹那、舞台の終わりのように世界が暗転した。



 ようやく元の世界に戻ってきたのだと、漂う重厚な空気が教えてくれた。当主の執務室は、最初から何もなかったかのように、厳かに佇んでいる。


「やっと腑に落ちたってカオしてるな」

「……まぁな」


 俺はまだぼやけた焦点のままで呟き、大きく息を吐いた。長い旅にでも出ていたかの如き疲れが、体にのしかかっている。


「あれ? おそとは?」

「帰ってきたんですよ、イリス様。楽しかったですね」


 また走り出してしまわないように小さな手を握って話しかけてやると、幼い主人は「うん、楽しかった!」と大きく頷いた。

 彼女にとっても大いに意味のある旅には違いなかったが、きちんと理解するまでにはまだ長い時間が必要そうだ。でも、今はそれで良い。

 それにしても、イリスを連れて無事に帰ることをあれほど望んでいたはずなのに、どこか物足りない気がするのは何故なのだろう。自分でも不思議だ。


「で、そういうお前は、いつからわかってたんだよ」


 今度はしっかりとルーシュを見据え、探る瞳を向ける。


「別に俺だって全部察してたわけじゃないさ」

「ほんとかよ」


 ふと、今はいったい何時いつなのだろうと首を巡らせた。この部屋は時間の経過が掴めないのだ。


「早く出よう。時間の感覚がおかしくなりそうだ」

「まぁちょっと待てよ」


 ルーシュは机上の巻物を手に取ると、今度は丁寧に紐をほどいていった。


「おい。もしまた同じことが起きたら」


 心の隅に物寂しい気持ちは確かにあるものの、あんな経験は一度で結構だ。そう一瞬焦ったが、巻物は何事もなくするすると開いていく。


「いんや、多分この手の術はそう何度も発動するものじゃない。おそらくは手にした者の感情に反応する仕掛けになっているんだろ」

「感情?」

「知りたい。つまりは好奇心や知識欲だな。求める者にのみ、事実を見せるのさ」


 しゅるっと音がして、巻物の最も奥、はじめは見ることができなかった真実が姿を現す。幾重にも枝分かれしていた支流が、少しずつ本流へと戻っていくその先には、長い長い血の流れの始まりが記されていた。

 吸血鬼と共に生き、永劫を誓った人間の名前だ。


「……レイテ」


 横にはやや薄くなってしまった字で、簡潔にこの城の成り立ちについて書いてある。それこそが今まさにフォルト達が体験した全てであり、周囲に描かれた文字は、術のためにオルトが施した呪文だろう。


「ん、まだ何か書いてある」


 簡単な走り書きのようなその文章は、こんな一文で締めくくられていた。


『たとえ契りが地上との永遠の決別を意味しようとも、この城が落ちることは決してない』


 しばらくそれを眺めていた二人は、再び元あった場所に巻物を収め、イリスを連れて静かに部屋をあとにした。


最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!

色々と書き切れていない部分があったりしますが、ひとまずは終わりです。

次回は「人物紹介&用語集」の2をお届けし、次章に移行します。

第三部では城の外へ飛び出すお話が展開します。よろしくお願いします。

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