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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第二部 空に浮かぶ城の秘密編
22/60

第八話 魔法使いの来訪

何人か新しいキャラが第二部で出てきているので、終わったら「人物紹介&用語集その2」を投稿予定です。

「それで、ルデリアさんやレイテさんは?」


 こちらでこそこそと交わされる内緒話を、きょとんとして待っていたルクレチアに気付いて、俺は話を引き戻した。

 知り合いだと言ってしまった手前、ここで引き返すのは不自然だ。こうなったら開きなおって会ってしまおうと思ったのだが、彼女は何故か再び笑みを歪ませて、俯いてしまった。


「ルデリア様は……母の治療をしておいでです」

「え、もしかしてご病気に……?」


 すぐには返事がなかった。言おうとして息を吸うと胸がつかえるらしく、ようやく聞こえてきたのは嗚咽混じりのか細い声だった。


「昔の、苦労がたたって……心臓を悪くしたようで、もう、あまり、生きられないと」


 そんな、が言葉にならない。一番大事なことを伝えてしまったからか、それ以降はむしろ気丈にルクレチアは語った。


「今ここに住んでいるのは、ルデリア様と、私達家族5人になります」


 今は隣の村まで買い出しに出ている父親と弟、病床にある母親と、家の中で遊んでいる幼い妹。この果てしなく広がる森を見下ろしながら、たった6人で細々と生きているのだという。

 彼女は説明し終えてから、最後に推し量るような瞳で言った。


「あなたがたは、ルデリア様のことを……その、ご存じなのですか」


 何を意味するかは明白だ。二人ともが無言で頷いたのを見てとると、ルクレチアはようやく最後の警戒を解いて「どうぞ、お入りください」と促した。

 屋敷内は相変わらず薄暗いものの、古い家特有のカビ臭さとは無縁で、代わりに廊下のあちこちに飾られた生花が、ほんのりと優しい香りを漂わせている。


 どこかひんやりとした空気の中、今しがた出てきたばかりの屋敷の中へ招かれるとは妙なシチュエーションだ。ルーシュは涼しい顔で、俺も表情に出さないよう努めながら廊下を歩く。

 ここで待つようにと通された客間は、レイテに通された時とほとんど変わっておらず、まるで時の流れなど冗談だったみたいに思わせた。


「レイテ、あんなに元気だったのに」

「ついさっきは、な」


 たとえ自分達にとっては「ついさっき」でも、この世界の時間では十年以上前のことなのだ。そう何度となく言い聞かせていないと、感覚がおかしくなりそうだった。

 俺はソファに幼子をそっと寝かせ、顔にかかる銀髪をはらってやる。


 きゃっきゃという、遠くから微かに聞こえてくる声は、ルクレチアの妹だろうか。兄は父親の手伝いで、姉も様々な用事に追われていて、ひとり寂しい思いをしているのかもしれない。


「あら……懐かしい」


 数分ののちに聞こえてきたのは、聞き覚えのある、それでいて年を重ねたとわかる女性の声だった。

 ずっと横になっていたのだろう。ワンピースの寝間着に軽く上着を羽織っただけの格好だ。長く伸びた髪も後ろでまとめただけで、急いで来てくれたのだと分かった。


「レイテ……?」


 思わずソファから立ち上がる。てっきりルデリアが来ると思っていたので驚いた。無理をさせたのではないだろうか。


「お久しぶりですね……。またお会いできるなんて思っておりませんでした」


 三十歳は過ぎているだろうと想像してはいたが、娘に付き添われて顔を綻ばせながらやってくるレイテは、病気のせいもあってかより一層年を取っているように見える。

 予め状況を理解していなければ、レイテの母親か親戚かと思ったに違いない。


「お久しぶりです。お体の具合がよろしくないと聞いたのですが、起き上がって大丈夫ですか?」


 すっとその細い手を取り、イリスとは反対側に座らせると、彼女は礼を述べてゆっくり息を吐き、ソファに落ち着いた。


「大丈夫です。たまには体を動かさないと、治るものも治りませんもの」


 ベッドに寝たきりじゃあ、うずうずして仕方ない。そう笑った彼女の目元にも、苦労を物語る皺が薄く刻まれている。それでも、根は昔の活発な少女のままなのがわかり、俺の胸にも暖かいものが広がった。


「お久しぶりですね」


 彼女を追うように現れたルデリアは前に会った時の姿のままで、レイテと並んで腰かけると、殊更に時間の流れの違いが際立つ。


「もうお聞きになったでしょうが……」


 ルクレチアとも交わした昔語りを彼らとも話す間にも、二人は察したようにこちらの事情を聞いてこない。扉の傍に立って控える娘も、口を挟むことはなかった。


「でも、このタイミングでお会いできてよかった」


 一通りの事情を聞き終えたところでルデリアがそう言い、レイテも「本当に」と頷く。まるで遠くにでも行ってしまうみたいな口ぶりだ。


「引っ越しでもされるのですか?」

「えぇ、まぁ」

「ちょっと違いますけれどね」


 どういうことだろう。首をかしげると、悪戯を楽しむ子どもみたいに二人は微笑み合う。本当の夫婦のような仲睦まじさに、これが互いに選んだ距離感なのだと思った。

 詳しく話を聞こうとしたその時、遠くからコンコンと硬質な音が響いてきた。玄関をノックした音のようで、ならばレイテの夫や息子が帰ってきたわけではなさそうだ。


「来客とは珍しいですね」


 下の村がなくなってからは来客もめっきり減ったらしく、ルデリアもやや驚いた表情で外の方へ目を向けている。ルクレチアが「見て参ります」と告げて出ていった。



 次に扉が開いた瞬間、ふわりと爽やかな香りが漂った。晴れた日の海を思わせるそれは、新たな客人の付けている香水のようだった。

 ルクレチアが客間へと案内してきたのは、予想外にも人懐こそうな笑みを浮かべたひとりの男の子だった。誰だろう。やはりこの屋敷の住人ではなさそうだが。


「あぁ、こんなに早く来て貰えるとは思っていませんでした」


 ルデリアは相手の顔を確認すると、立ち上がり、彼の手を取って再会の喜びを口にする。


「ルデリアさんの頼みとあれば、何を置いても参上しますよ」


 紫がかった暗色のローブを脱ぎ、片腕に抱えながら入ってきたその客は、年齢は高く見積もっても15に足るかどうかといった年恰好の少年だ。

 体はゆったりした服装に隠されてしまっているが、かなり細見じゃないだろうか。村さえないこの地にどうやって来たのか、疑問に感じるほどだ。


「すみません。お取込み中でしたか」


 すぐには接点を見いだせないこの二人は、どうやら深い知り合いらしい。客人はこちらに気が付くと、眠っているイリスに配慮して小声で突然の来訪を詫びた。


「こっちは全然構わないぜ」


 ルーシュは言ったが、どこか含みのある声音に聞こえた。新たな訪問者に、絡め取るような視線を向けている。彼がこんな態度を取る時は必ず何かある。でも、それが何かまでは推し量れなかった。


「初めまして」


 対する少年は動じた様子もなく、茶の髪を揺らしてお辞儀をし、にこりと笑みを浮かべる。


「オルトと申します。ルデリアさんとは以前から懇意にさせて頂いていまして。どうぞ、お見知りおきを」


 固さのない物腰と大人びた物言いに、俺は口をぽかんと開けてしまった。幼い印象を与えるその身に、もしかして老獪な紳士の魂でも宿しているのだろうか。ルデリアの知り合いならば、多少何があろうと不思議ではないか。


「さぁ、オルトさん。どうぞ、こちらへ」


 自分は屋敷の主人に席をすすめられた身だが、自分達以外の客人の前でさすがにそのままというわけにもいかない。さっと立ち上がり、ソファの後ろに控えてルーシュやイリス、そして自分のことを紹介する。

 オルトは席を譲ってくれたことに感謝しながら腰かけ、すやすやと寝入っているイリスを暖かい瞳で見下ろす。


「ルーシュさん、フォルトさん。オルトさんは魔法使いなのですよ」


 ルデリアの紹介にルーシュは「へぇ」と応えたが、俺はそれで済まされてしまうのは非常に困ってしまう立場だった。今、さらりと常識外な説明をされた気がするのだが。


「あの、すみません。魔法使いと仰いましたか?」


 魔法使いというと、絵本や児童書に出てくる不思議な力の持ち主のことだろうか。

 本の世界では、呪文や道具を使って何もないところから様々な物を生み出したり、おどろおどろしい薬を作ったり、見えるはずのない場所や未来を覗いたりする存在として描かれる。

 時に楽しい夢を見せ、時に人を惑わす、どちらかというと意地悪なキャラクターを彷彿とさせる単語であり、正直なところ目の前の少年とは重ならなかった。


「おや、フォルトさんはご存じありませんか?」


 ごく当たり前のことのように話されても困惑するばかりだ。地上では常識的なのだろうか。ルーシュが「悪いな」と口を挟んできた。


「こいつ、ガキの頃からほとんど外に出てないからさ」


 渡りに船で助かったものの、むっとしてしまうのは、フォローの相手がルーシュだからなのか、世間知らずの烙印を押されたからか。

 オルト本人は笑みを湛えたまま、「簡単にご説明しましょうか」と話し始めた。今までにも何度か同じ話をしたことがありそうな雰囲気に、少し安堵する。


「どのようなイメージをお持ちですか?」


 問われて、先ほど思い浮かべた印象をそのまま述べる。イリスに読み聞かせてやる本に登場する者達くらいの知識しかないのが恥ずかしいけれど、仕方がないことだ。


「そうですね……。さすがに、ないものを生み出したりは出来ませんが、薬は作りますよ。それから占いや予知のようなことも行いますね。色々な方のご相談に乗る、なんでも屋といったところでしょうか」

「私も何度もご相談に乗って頂いていたんですよ」


 ルデリアが言い添え、やはり目の前のオルトが普通の子どもではないと確信する。俺は思わず「……人間?」と口から零し、はっとした。もう舌先から離れた後で、取り戻すことは出来ない。


「し、失礼しました」


 ふふっと軽く笑い飛ばしたのは今度もオルトだ。恐らく、この反応も今まで何度となく経験してきたのだろう。


「いえ、お気になさらず。人間ですよ、一応ね」


 そう言った彼はやはりどこか老成して見えて、冗談めかした返事には他意が含まれているような気がした。


「実際に見て頂いた方が早いですね。では、少し失礼して……」


 オルトはおもむろに両手を胸のあたりでぎゅっと握ると、二・三、聞いたことのない言葉らしき音を呟いた。かと思うと、広げた指先が揺れるのにあわせて、チカチカと光が舞った。


「わ……」


 生まれた光は星のような輝きを放ちながら辺りに飛散し、蝶の如く羽ばたいたかと思うと、煌めいては儚く消えていく。室内がまるで小さな夜空のようだ。


「これが魔法……」


 種も仕掛けもない神秘さを、直感的に肌で感じた。


「正式には魔術と言います。これは明かりを灯す魔術を応用したものですが、綺麗なので気に入っているんです。楽しんで頂けましたか?」


 すっと下げられた手の動きと同時に夢の時間は消え去り、少年がまたもにこりと微笑む。他の皆も柔らかな表情を浮かべていた。イリスが起きていればさぞ喜んだことだろう。それだけが少し残念だった。


「本当はもっと色々とお見せしたいところですけど、これから大仕事が待っていますので、またの機会にさせて下さい」

「大仕事?」

「ルデリアさんからご依頼を頂きまして。まだまだ未熟な身ではありますが、精一杯のことをさせて頂きます」


 そういえば来た時に「頼み」がどうのと言っていた。その「頼み」こそが大仕事に違いない。


「ありがとうございます。オルトさんなら何も心配せずに任せられます」


 屋敷の住人が一様にふわりと笑う。どこか楽しそうに、それでいて寂しそうに。ルーシュは痺れを切らしたように、「それで、何を始めようって?」と先を促した。部外者なのに偉そうな態度で、連れであるこちらが恥ずかしくなる。

 オルトは気分を害した風でもなく、短く応えて立ち上がった。


「引っ越しのお手伝いですよ」

オルトは通りすがりのゲストです。あくまで第二部はルデリアとレイテのお話ですからね。彼の話はまたいずれ……。

次回、エピローグです。

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