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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第二部 空に浮かぶ城の秘密編
21/60

第七話 時の末に流されて

吸血鬼のルデリアと人間のレイテ。二人の物語のその後に待っていた現実は。

「……またか」


 げんなりした表情で俺は言い、「あれれぇ?」と小首を傾げるイリスとしっかり手を繋いでいることに安堵する。離されなくて本当に良かった。


 三人はレイテに通された客間から、いつの間にか再び執務室に戻ってきていた。書棚で眠る本が発する独特の匂いが充満した、薄暗い部屋。

 机も棚も変わらないように見えるけれど、これだけ移動を繰り返すとだんだん何が正解なのかも判らなくなってくる。


「今回も酷いタイミングだな。慣れてきた自分も嫌だし」


 頭を抱えたくなる俺に、ルーシュは「あのままスンナリいってれば先の展開なんてタカが知れてる」と涼しく言い放ち、次いで邪推する目つきになった。


「もしかして……ははあ?」

「ち、違うからな。その先は言うなよ」

「気が付いてる時点で白状してるも同じだろー?」


 断じて違う。誰が他人の吸血現場など目撃したいものか。捕食する側は楽しめるかもしれないが、こちらにあるのは被害者意識だけだ。

 そうだな、せっかくシリアが設立した某会の司会兼幹事に抜擢されたのだから、近いうちに第二回例会でも開くとしよう。

 しかし、ケラケラと笑ったルーシュもこの状況を純粋に楽しむ余裕はないらしく、すぐに鋭い爪を生やした指先で顎を撫で、思案顔に戻った。


「一応聞いてみるけど、今度こそ戻れたのか?」

「これまで通りなら、あれで終わりなわけはないなぁ」

「やっぱり」


 内心かなりガッカリしつつ、俺はついでに別の疑問点も口にした。


「気になることと言えば、何で毎回この部屋からスタートなんだろうな? 見せたいものがあるなら、ダイレクトに移動させてくれればいいのに」


 今のところコンタクトを取ったのはルデリアとレイテだけだが、幾つかの言葉を交わしただけで、彼らに大した影響を及ぼしているとは思えないし、逆もしかり。自分達はただの傍観者である。


「確かにな。こんなことをする『誰かさん』が、心の準備をさせてくれるようなお人よしには思えないしな」


 こんな奇妙な世界に飛ばした張本人が、もしお互いの接触で何かを変えたいと意図しているなら、もっと何かが起こるべきだとルーシュが言う。

 先ほどは、レイテが一歩踏み出すのを後押しした……といえなくもないが、助けを借りずとも、彼女ならいずれ同じ道を選んでいたことだろう。

 「誰かさん」はなんのためにこんなことをするのか。手がかりもなく、謎は深まるばかりだ。


「とにかく、その『誰かさん』を満足させられれば迷宮から出られるってのが、一番可能性が高いんじゃないか」

「つまり、前進あるのみってことか?」


 確認すれば、ルーシュは「そゆこと」と頷く。じっとしていても事態が好転する兆しはない。俺が溜め息をつくのと、イリスが「ふわわ」とあくびをするのは同時だった。


「あ、イリス様。眠くなってきちゃいましたか」

「ううん、だいじょぶー。……あふ」


 言葉とは裏腹に、しょぼしょぼする目をこすり、また大きくあくびをする。

 無理もない。そもそもかくれんぼが終わったら、食事をして少し昼寝をさせる予定だったのだ。元気そうに見えても、幼い身にはあちこち歩き回った疲れが蓄積していることだろう。


「眠っても大丈夫ですよ」

「うん」


 そっと抱き上げると、腕の中で安心したイリスは小さく頷き、頑張って開こうとしていた目を閉じる。眠りに落ちるまで数秒とかからなかった。


「早くベッドに寝かせないと」


 抱えられた格好では疲れも癒えまい。体の重みから主人の成長を感じ取りつつも、彼女のためにも早く帰らなければと思うのだった。



 今度は誰にも出会わずに外へと出た。屋敷は更に広くなっているように感じたが、基本的な動線にはあまり手を加えられておらず、玄関へとすんなり抜けられた。

 外から仰ぐと、予想通り屋敷は一回り近く大きさを増しており、周囲にぐるりと作られた花壇には美しい花が植えられている。初めて訪れた時よりも、ぐっと手入れがなされている印象だ。


「大丈夫か?」


 頭からすっぽりと日除けを被ったルーシュに問いかけると、「ンなことお前が心配しなくてもいいんだよ」と、素っ気ない応えが返ってきた。

 だが、外は雲のほとんど無い真っ昼間だ。抱えたイリスにも陽があたらないように、気を配らなければなるまい。


「よし、大丈夫そうだな」


 彼らの姿がどれだけ人に似ていようと、その本質は日の光に疎まれた存在だ。長時間当たれば火傷を負い、それでも無理して浴び続ければあとには何も残らないと聞く。

 けれど、彼らは意外に明るい場所が好きだったりする。住まいには人工の灯りを作りだし、その下で呑気にお茶会をしたりするくらいには。


 人間の血を飲み、長い時間を生きるのは伝承の通りだとしても、決して書物に描かれるようなおどろおどろしいだけの生き物ではない。少なくとも、ずっと接してきた俺はそう思っている。

 不自由な身の上かもしれないけれど、不幸ではないのだと。


「おい。イリスももちろん大事だが、こっちもオオゴトだぞ」

「え? ……ぇ?」


 二度目の驚きの声は、かすれてほとんど声にはならなかった。


「なぁ、下の方に家、あったよな?」

「小さなのがちらほらな」


 下方にあった集落から男の子かと見間違うほど活発な女の子が、食べ物を持って坂を駆け上がってくる様子は、まだ記憶に新しい。


「レイテの村……どこだ?」


 眼下に広がっていたはずの、ちっぽけな家並みと周辺の田畑は、どこにもない。いや、正確には微かに建物らしきものの残骸を残して木々に覆われている。森に飲み込まれたといってもいい状態だ。


「なぁ、何がどうなってるんだよ」

「廃村の見本市だな」


 それも、つい最近放置されたとは思えない有り様だった。やはりまた飛ばされたのか。そう実感すると同時に、どれだけ未来の世界にきたのだろうとも思った。


「数日じゃない。数か月でもなさそうだぜ」

「また年単位の時間が流れているのは確かってことか……」


 イリスが眠っていてくれて助かった。花壇の花々を眺められないのと引き換えに、こんな悲しい風景を見ずに済んだのだから。


「あの、お客様ですか?」

「!」


 目の前に光景にあまりに驚いたため、近づいてくるまで気が付かなかった俺は肩を震わせ、一瞬さまよわせた視線を声の主に向けて、再度息を呑むことになった。


「あの……?」


 使用人服を着込んだ若い娘が、怪訝な表情で立っていた。くりっとした瞳が印象的なその子を見たとき、初めはレイテかと思った。背格好は言うに及ばず、顔も声もそっくりで、だが、どこか違和感がある。


「レイテ? ……じゃないみたいだな」

「母のお知り合いの方ですか?」


 出てきた思わぬ単語にどきりとする。今、「母」と言ったか。


「……っていうと、レイテ、さんの娘さんってことでいいのかな」

「はい。娘のルクレチアと申します」


 こちらを母親の知り合いだと確信したらしい彼女は、ふわりと口元を緩めて客人を歓迎する素振りを見せた。レイテよりおしとやかそうに感じられる微笑みだ。

 この世界に迷い込んでから同じセリフを何度も繰り返している気がするものの、またも簡単に自己紹介を済ませると、とても久しぶりに訪れた旨を伝えた。本当のことは言えないのだから仕方ない。


「あの、下にあった村は……?」

「……私が子どもの頃に放棄されました」


 瞳を陰らせながらぽつりぽつりと語ってくれた話によると、10年ほど前に、村をかつてないほどの飢饉が襲ったのだという。


「何カ月も雨が降らず、そのうちに近くを流れる川もやせ細り、作物が取れなくなってしまったのです」


 不作は農村には付き物の災害だ。かなり蓄えも用意してあったらしいのだが、それが底をついてもなお、雨は降らなかった。


「飢えと、栄養不足からくる病気でみんな次々に死んでいきました。最初に体力のないおじいさんやおばあさんが亡くなり、子どもにはひもじい思いをさせまいと頑張った大人達も倒れ……限界でした」


 土地にしがみついても、待つのは死ばかり。はじめはあれやこれやと議論していた村人達も、やがては選べる道は一つしかないというところまで追いつめられた。


『村を捨てるしかない』


 こけた頬の大人達は決意をし、残った僅かな食糧の一部をこの地に留まると決めたルデリアに譲り、去って行ったのだという。

 大切な食べ物を幾らかでも置いていったのは、この時も病人へ医術を施し続けたルデリアへの、せめてものお礼だったらしい。


「父と母は私達を連れて、ルデリア様の元に身を寄せることにしたのです」

「そうだったのか……」


 ざっと計算して、前にいたところから15~20年は経過しているだろうか?

 時間の流れに思いを馳せる一方で、ルクレチアの「父と母」が耳に残った。ルデリアとレイテは結ばれなかったのだ。ルデリアがそれをよしとしなかった可能性は高い気がする。


「気が付いてもおかしくない時間だな」

「あぁ」


 ルーシュは別のことを考えていたらしく、ルクレチアには聞こえない程度の小声で呟き、俺もすぐに何のことかを察した。ルデリアの正体について、に違いない。


 直前に見せられた光景に依れば、一度は緩やかに死地へ赴こうとしたルデリアも、レイテの身を挺した説得に応じ、生きていく道を選んだ。

 彼が村を訪れてから日照りの年までが、どれほどの長さかははっきりしなくとも、人々が異質さに気付くには十分な時間である。


「村人も、いつまで経っても年を取らないルデリアを妙だと思ったはずだ。でも、最終的には受け入れたってことだろうな」

「そっか」


 きっと、その関係に至るまでには様々なすれ違いや複雑な思いの交錯があったのだろうが、知るすべはない。


「でも、結末がこれか……」


 ひとりの孤独な吸血鬼が、長い旅の末にたどり着いた安息の地。山深い村と高台の屋敷という、この距離をもってしてようやく共存できていた彼らを、自然が容赦なく引き裂いた現実に、苦みを覚えずにいられない。


「約束は守れたろ?」


 隣でルーシュが呟き、レイテのことだと直感した。自分が絶対に死なせないと激昂した女性は、今もこうして傍らに寄り添い続けているのだ。


「あぁ。それだけが救いだな」

それなりに長かった第二話も、あと数回で終わりです。さぁ、物語は緩やかに終焉へ……?

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