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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
第1.5部 番外編
10/60

幼女に仕える教育係・中編

書庫で遭遇した何者かから逃げてきたルフィニア。戻ってきた先でほっと一息つく間もなく、ある事実を思い出し……?

「はぁ、はぁ……もう、なんだったのよ」


 元のフロアまで戻って来た時には、ランプを片手に肩で息をしている自分がいた。心身共に力尽きてよろよろになった足でテーブルにつき、そのままへたり込む。

 感謝すべきことに、周囲から刺さる視線はない。従者のほとんどがこの時間帯にはすでに各々の仕事に就いているからだ。


「誰だったのかしら」


 火を消したランプを見つめていると、段々と頭が冷えてくる。考えてみれば、ただ居合わせただけの人物に過ぎなかった可能性が高い。いや、もしかすると知人だったのだろうか?


「あら、でも……」


 ふいに、逃げる際に見た茶色いブーツを思い出す。従者は男女問わず黒いスーツに身を包んでおり、足下も黒と決まっている。……まさか。

 一端は落ち着ていた心臓が、別の意味で跳ね上がった。すれ違った人物が、人間ではなかったことに気付いたからだ。


「それなのに私、ほとんど返事もしないで逃げて来ちゃった!?」


 頭の何処かで、こんな場所に彼らが来るはずがないと思いこんでいた。でも、その可能性は決してゼロではないのだ。


「ああぁあぁぁ……もう最悪~」


 とても人のことを責められた立場ではない。涙目で再度顔を伏せ、赤面ものの失態に頭を抱えて唸った。



「……えっ?」


 目を覚ますと、自室のベッドの中だった。見慣れた窓はカーテンが開け放たれており、そこから作り物の陽射しが明るく差し込んできている。


「私、どうしたんだっけ……?」


 思い出そうとして毛布をはいで自分を省みると、服はスーツのまま。髪もリボンを解かず放置されている。唯一、靴だけは脱いでいて、ベッドの横に揃えられていた。


「倒れたの、やっぱり覚えてないか?」


 面白げな声にぎくっとしてクローゼットの方に目を向けると、扉を開いてカラフルなリボンを弄んでいる人物に気づいた。


「る、ルーシュ様っ?」


 びっくりして言葉もなく見つめていると、闇の中へ沈み込みそうな紫の外套姿の少年は半分呆れ顔で「折角、俺が運んで来たっていうのに」と言った。


「相変わらず呑気だねぇ、姐さんは」

「その呼び方はやめて下さい。……あの、どうしてここにルーシュ様が?」


 事態が全く理解できない。倒れた? 運んだ?

 ぱたんとクローゼットの扉をしめてから、ルーシュはこちらへ向き直った。ただでさえ狭い部屋の、更に狭い日陰に立っているのは、作り物の光でさえ吸血鬼の本能で忌避しているからか。


「全然思い出せない?」

「はい……」


 頷くと、彼は心地よいはずの暗がりから歩み出てベッドへと近寄ってきた。従うべき相手を立たせ、自分が横になってはいられない。立ち上がろうとする私を片手で押しとどめてくる。


「る、ルーシュ様」


 あっと思う間もなく、顔が、紅い瞳が、息がかかりそうな距離に迫ってきた。大して力を入れていなくても、肩に鋭い爪が食い込みそうだ。暖かくて湿った息が頬にかかる。


「書庫で俺が近付いたら突然倒れたんだ。で、仕方ないからここまで運んで……」


 どんどん間が縮まる。もう吸血鬼特有の牙がはっきりと捉えられる。それが正面を逸れて、首筋へ向かうのを横目で眺めるしかなくて――。



『痛~~~っ!!』


 気が付くと、そこは元の食堂だった。今の自分の悲鳴で目を覚ましたらしい。伏せて寝ていたようで、手の甲にはくっきりと歯形が付いている。無意識に噛み付いてしまったようだ。

 慌てて首を回すが、人気は少ないままである。あまり長い間眠っていたわけではないと分かり、ほっと胸をなで下ろした。


「それにしても凄い夢。今日は散々だわ」


 あぁ怖かったと呟いて、壁に掛かった時計を見た。その、簡素な壁掛け時計によると、時刻は昼を迎える少し前、そろそろイリスの勉強時間であった。


「いけない。もう向かわないと」


 頭を振って意識を完全に呼び起こし、私は従者塔を出て目的の場所へと向かった。

 塔同士を繋ぐ渡り廊下を過ぎる途中、冷えた頬に触れて先程まで眠っていた事実を思い出した。このまま真っ直ぐイリスのところへ行くのはまずい。


 そう考え、足の向く方向を変えて化粧室へと飛び込んだ。長方形の化粧室は、入って左側の壁に鏡が並ぶ形で張り付けられており、腰の高さには小物が置ける程度の台がある。

 他に数人の女性が立って化粧をしていたが、あえてお互いに言葉は交わさない。私も無言で入口近くに陣取って鏡を覗いた。


「わ、酷い顔」


 思わず顔をしかめる。引き返して正解だ。予想通り、一見しただけで分かる筋が、くっきりと頬を横に走っている。寝ていた時に食い込んだ指の跡が残ってしまったのだ。


「このまま行ったら、なんて言われるか分からないわね」


 いくら鈍いフォルトでも、鮮明なこれには気付くだろう。軽率な人間でないと信用はしていても、指摘される要素を自分のプライドが許さない。


「えっと」


 スカートのポケットから化粧道具を取りだし、顔色を整える。色調と明度を綺麗に直せば、醜い跡も気にならない程度にまでは誤魔化せる。あとは唇に薄く紅を乗せ、全体に馴染ませた。

 顔を見る度に実は少し落ち込んでしまう。体中に栄養を行き渡らせる血液を毎日のように奪われ続けていたら、きっと通常より老化が早く、寿命も短いに違いない。


「ま、そんなこと言っていても仕方がないわね。さて、頑張りますか!」


 たとえ吸血鬼に仕える従者という身だとしても、自分は決して奴隷ではない。仕事にはきちんと誇りを持っている。そう気分を奮い立たせ、化粧室の扉を開いた。



 書庫からはほとんど持ち出せなかった勉強道具を補うため、イリスが待つ部屋のある塔へと移動してから、ある部屋へと入った。


「いつ来ても圧巻ね~」


 苦笑混じりに言うセリフは、吸血鬼が長年収集してきた大量の本に対してのものだ。従者用の書庫にも結構な数があるが、ここは桁も質も違う。

 部屋は広く、天井が高い。赤みを帯びた棚そのものも頑丈で、インテリア的な価値もありそうだ。そこに分厚くて布張りの高価そうな本がずらりと並んでいる。


「おっと、急がないと」


 私は迷いのない足取りで本を選び取ると急いで書庫を出、イリスの部屋の前で足を止めて深呼吸をした。それからノックをし、ゆっくりと扉を開く。


「さぁ、イリス様。今日は算数から始めましょうか」


 明るさを心がけて声をかける。室内ではイリスを抱えたフォルトが暖炉にあたっているところだった。

ルフィニアは運んだ本を机に置き、羊皮紙やペンを用意する。本を置いたとき、重さに机がぎしりと軋んだのには驚いた。もしかして持って来すぎたか?


 素直な主人は青年の腕から抜け、笑顔で椅子に座る。少し前に新調した机は成長を見越して作られている分やや高めで、胸の上までがようやく机を上回るかといった具合である。


「え~、フォルトも一緒に居てくれないのぉ?」


 フォルトに食事を取るように促すと、イリスが不満の声を上げた。記憶の限りでは、彼は飲まず食わずのはずだ。空腹の上に血まで抜かれたら、丈夫な人間でも体調を崩す。ここは仲間がフォローを入れておかなければ。


「すみません。勉強が終わったら、また遊びましょうね」

「……ぜったいに戻ってきてね」

「分かってますよ」

「さぁイリス様、今日はここからでしたね」


 フォルトの言葉に納得した少女が数字と睨めっこを始めると、部屋はとたんに静かになった。

 無邪気なイリスの成績は目立って良くも悪くもないが、飲み込みが遅くても理解しようと頑張る姿は健気で、教えがいはあった。


「んーと、クッキーが3ことケーキが4こで……」


 そうして指を折りながら呻る光景は微笑ましい。山のように積み上げられた本の中から選り分けた問題を、イリスが自分のペースでゆっくりゆっくり解いていく。

 こんな時に出来る手助けは、足りない指を貸してやったり、どの問題を参考にすればいいかを教えることくらいだ。


「あっ、これかな」


 首を捻り、他の問題と照らし合わせながら答えを導き出す。その一連の動きが幾らか続いた頃。

 コンコンコンとノック音がした。大事な勉強中に一体誰だろう。室内が静かだったせいで、音の大きさに私はどきりとさせられたが、「失礼します」という声に聞き覚えがあったため、すぐに平静を取り戻した。


 入ってきたのは白いエプロンを着た、オレンジの髪の女性だった。色鮮やかな後ろ髪は、白い帽子にきゅきゅっと詰め込まれている。


「よろしければ、少しお休みになりませんか?」


 銀色の盆には香ばしく焼けたクッキーと湯気が立つホットミルク。程良い甘い香りがじんわりと部屋を満たす。


「わぁ、おいしそう!」


 イリスは美味しそうな匂いに耐えきれず飛びついた。かしゃんと小さく音を立てておやつが机に置かれると、早速手を伸ばした。


「ごめんなさい。お邪魔しちゃったみたいね」

「ううん、一息入れたかったところよ」


 イリスの集中力の持続時間はまだまだ短い。ちょうど休憩を取ろうと考えていた頃合いだった。


「いつもありがとう。さっき、部屋に伺おうと思っていたのだけど」

「ルフィニアも忙しいんだから、気を遣わないで」


 彼女はイリス専属の食事係だった。主人のために、昼はこうしていつもおやつを差し入れてくれる。自然と、ほぼ毎日顔を合わせることになり、仲良くなった。


「フォルトさんは?」

「釈放したわ。飲まず食わずじゃ可哀想だし」


 思い当たる節があるようで、彼女は「それで」と呟く。


「さっき見かけたのよ。顔色が悪いみたいだった」

「青いくらいはどうってことないけど、土色はまずいわよね」


 他人が聞けば吃驚しそうな会話だが、口を開けばいつもこんな調子だ。少し自重しないと、とは思っているのだが。

 さくさくと小気味よい音がした後には、甘い香りを漂わせるミルクをすする音が控えめに響く。今日もイリスは大満足らしい。


「ねぇ、ルフィニア。あなたも顔色が良くないみたい。大丈夫?」

「え……。別に、何もないわよ?」


 気遣いに溢れた一言に私は顔を強張らせる。ふふっと誤魔化すように笑って、イリスの口周りを一度綺麗に拭いてやった。


「本当に?」


 あどけない表情の幼女は、そんな二人を意に介さずクッキーをぱくつき続けている。育ち盛りの彼女には朝夕の食事だけでは不十分なのだろう。血で「飢え」は癒せても、それとこれとは別次元らしい。


「化粧のノリが悪かったから、ちょっと厚く塗りすぎたかも」


 顔色を指摘されて思い当たることは一つしかないけれど、ありのままに説明するのは躊躇われた。どちらかといえば隠したものより、隠したことが露見するのが恥ずかしい。


「ルフィニアでもそんなことあるの?」


 相手は妙に意外そうだった。私は完璧主義者に見られることが多く、親しい彼女もそう思っている節がある。


「わ、私だってお肌の曲がり角は過ぎちゃってるんだから、当たり前でしょ」


 軽く膨れ面を作って怒って見せてから、一緒に吹き出した。笑いが笑いを誘って、二人はしばらくクスクスと笑い合う。


「さ、そろそろ再開しましょうか」


 イリスを見遣れば、丁度クッキーも食べ尽くし、ミルクも飲み干していた。その機会を捕まえて気持ちを切り替える。食事係が深く頭を下げて部屋を去ったあとは、再び静寂の中での個人授業が開始された。



 和やかだった休憩とは打って変わり、羽根ペンが羊皮紙を削る音だけがカリカリと響く。イリスが頭を悩ませながらも問題を解いていくのを見て、しばらく放っておいても大丈夫そうだと判断し、軽く部屋の掃除を始めた。

 窓を開けて新しい空気を取り入れ、棚をハンカチで軽くはたく。その度に見えないほど小さな埃が舞い上がっては、風に乗って外へ飛んでいった。


「はくしゅん!」


 驚いて振り返ると、自分のくしゃみに驚いたのか、イリスがキョトンとした顔でこちらを眺めていた。


「す、すみません。寒かったですよね」


 慌てて謝ると、お人形のように可愛らしい銀髪の幼女がにこりと笑う。


「ううん。お部屋、きれいにしてくれたんでしょ?」


 令嬢の部屋にはもちろん掃除係がいて、清潔さには常に気を配っているが、ふかふかのベッドやぬいぐるみが置かれた室内にはどうしても埃が付きものだ。

 世話係のフォルトを責めるわけにはいかないにしても、心の隅で彼も少しは身の回りに気を付けて欲しいと思った。


「掃除係に声をかけておきますね。もう少し綺麗にして貰いますから」

「ちらかってても大丈夫だよ?」

「駄目ですよ」


 そんなやり取りをしていると、またも控えめなノック音が聞こえた。今度は誰だろう。ルフィニアが出る前にイリスが機敏に立ち上がって扉に「はーい。だぁれ?」と問いかけるも、返事はない。

 首を傾げてもう一度訊ねてもやはり戸の向こうは沈黙を保っていて、幼女は扉に尖った耳を押しつけた。


「イリス様はお下がりください」

「何か聞こえるよ? どどどどって」

「どどどど? それって何の」


 聞こえてきたと思ったら、その音はけたたましく鳴り始め、すぐに大きな振動へと変化した。

 どどっ! どどどどどどどどどどドドドド!!


「なっ、なななな?!」


 どかーん! 扉から咄嗟に身を引くので精一杯だった。破裂音とともに体が窓の外にまで押し出されるような感覚に襲われ、そのまま意識が途切れた。

ヒヤッとするシーンがあったかと思えば、最後は問題のくだりで次の回へ。

というかフォルトもルフィニアも気絶してばかりのような気がしてきました。

ま、ギャグだなぁと思って頂ければ。

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