プロローグ
目を覚ましてすぐに髪を確認する主人公の青年・フォルト。
さぁ、今日も大変な一日のはじまり、はじまり?
「今日も絡まりが酷いな」
カーテンから漏れる陽光で起きれば、出勤時間の30分前だった。
俺――フォルトは目覚めると、まずは日課の如く自分の髪に触れる。男にしては随分と長いお日様色の髪を、絡まりを解くように軽く指で梳いた。
「皆もう起きてるみたいだな。まぁ当たり前か」
寝るだけなら十分なこのちっぽけな自室は、高い塔の中腹に位置していて、朝になれば上下から色々な音が聞こえてくる。目覚ましには不自由しないのが唯一の長所だ。
「はぁ」
吐き出す息が白く煙る。最近、ぐぐっと冷えてきた。意を決してベッドから起き上がり、ハンガーに掛かった白いシャツと黒い上着をひったくって袖を通す。洗濯したての匂いがふわりと香った。
先輩は、今日も髪型のセットに何分もかけているのだろうか。無駄なことをしているものだ。そんなことを考えながら、俺は入り口そばに付けられた鏡を覗き込む。
「うわ、もうこんなに伸びてるじゃないか」
ありえない。口の中で呟きながら、胸元のボタンをしっかりとはめる。
「どうなってるんだよ」
つい先日、肩の上辺りまでバッサリ切ったはずの髪が、もう元の長さまで伸びていた。ちなみに元の長さとは「地面スレスレまで」を意味する。
別に自分の趣味で、ではない。仕事に必要で仕方なく伸ばしていただけだ。
「全部、アイツのせいだ」
思わず溜め息を吐けば、白くなって空気中に溶けていく。
俺は鏡の下にセットされた棚から、一本のビンを手に取った。当初はなみなみと入っていた赤色の怪しげな液体も、今やほとんど空っぽだ。実は、そのおかげでのこの長髪であった。
『原液で一気飲みか、薄めて一日3回か。さぁ、どっちにするんだ?』
そう言ったあの時の「アイツ」の楽しげな笑みが、腹が立つほど明瞭に思い浮かんで、胸がキリキリと痛む。
でも、不条理の塊に憤っても意味のないことだ。ここはただの金持ちの屋敷じゃない。吸血鬼の一家と、彼らに仕える人間達の住まう、空に浮かぶ城なのだから。
悪態をつきつつも、忙しいフォルトの一日が開始。
次回は彼の主人であるもう一人の主人公、幼女・イリスの登場です。