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第9話「実食」

 忍者から俎板を借りる。

 包丁は自前だ。

 フロストドラゴンの肉を切り分けていく。

 下手糞だが……包丁の切れ味は抜群だ。……こんなに切れたか? 包丁って。

 ……まあいい。考えることは美味くすることだけだ。

 よし、これくらいの大きさでいいだろう。


 次は……

 チ〇ンラーメンに目をやる。

 袋を破ると、そのまま棒で中身を砕きだした。


「ええっ!? いいのか、そんなことして? 料理に使えなくなっちゃうんじゃないのか!?」


 戦士が慌てて言った。


「いいんだ! これで! 見た目にも、食べやすくなる……はず!!」


「マサル! 買ってきたぞ、卵!」


「サンキュー! おい、忍者のおっさん! 鍋はあるか!?」


 手早く卵とその他の具材を混ぜながら尋ねる。

 忍者のおっさんが背中の風呂敷を漁ると……出てきた。何でも持ってるな、この人。


「おっしゃ! 油を熱するぞ!」


 カセットコンロの上に鍋を置き、火をつける。


「あれ? どうなってんの、これ? 魔法?」


「そうそう! 異世界の連中が見向きもしなかった、魔法の道具だよ……!」


 よし、油がいい感じに温まってきた……!

 ここに、投入するぞ……!!

 肉を入れると、小気味いい音が辺りに響いた。


「おお、何これ……何の料理!? 初めて見るけど!?」


「”カラアゲ”だ!! チ〇ンラーメンには最初から味がついてるから、美味いはずだ!!」


「カラアゲ!? チ〇ンラーメン!? 何それ!?」


 戦士が大げさに反応する。

 一々突っ込んでられない。

 火加減が、重要なんだ……!!


「おっしゃ! 出来た! フロストドラゴンの、チ〇ンラーメン揚げだ!!」


「「「おお――!!」」」


 うん、見た目はいい感じだ。

 ちょっと食ってみる。


「……!? う、うめえ!?」


 何これ。こんな美味い肉ってある? ドラゴン? なんでこんなにジューシーで、旨味があるの。こんなのもう、優勝だよ。

 戦士、忍者、魔法使いにも味見してもらう。

 みんな目を剥いていた。はは、これなら、勝てるだろ……!!



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ふふ、その分だと、料理は美味くできたようですね」


「おうよ!! 吠え面かくなよ!?」


 市場には勝負の場が整っていた。

 いつの間にか机と椅子が並べられ、審査員らしき人達が座っている。


「おい、勝負はあくまでもマナの判定だろ!?」


「ご心配なく。彼らは単なるオブザーバーですよ。勝負が客観性にかけてはいけないと思いましてね」


 中央の席が空いている。

 俺はマナをそこに座らせてやった。


「では、実食といきましょう。こちらの先攻でいいですか?」


「チッ……好きにしやがれ」


 どうせどっちの料理も食うんだろ……

 黒衣の男が頷く。

 マナ達の前に皿が並べられた。


「お、おお……これは……!!」


 オブザーバーたちが感嘆の声を上げる。

 俺もそっと料理を覗き込む。


「こ、これは……帝国の宮廷料理……? 一度、領主の館で口にしたことがあるぞ……」


「すごい……この市場にある物だけで、これを?」


 黒衣の男が微笑んだ。


「帝国の料理には、少し覚えがありまして。どうぞ、ご賞味ください」


 オブザーバーが料理を口にした。


「う、美味い……!! 領主の館で食ったものより、明らかに美味いぞ!」


「本当だ! すげえ!」


 美味そうに料理を食べるオブザーバーたち。

 くそ、確かに……見た目は俺から見ても美味そうだな……

 だが、肝心なのはマナだ。彼女が選ぶかどうかが、重要なのだ。

 彼女の反応は……


「あっ……!」


 マナが料理を口にする。

 俺が用意したもの以外を食べるのを見るのは、初めてだ。

 俺は、なんとなくマナがヤツが用意したものを拒否するのを期待していたが……期待は裏切られ、俺は少なからずショックを受けた。


 マナは無表情だった。だが、料理は次々と減っていった。

 彼女は、ヤツの料理を完食した。


「いやあ、美味かった! まさかこんなもんが食えるなんて、運が良かったよ!」


「そうですな……当の奴隷も全部食べているし、これはもう決まったんじゃ……」


 うるせえ。勝負はまだ決まってねえ。

 俺は歯を食いしばりながら料理を配膳した。

 食ってくれる。食ってくれるはずだ、この料理なら……!!


「さあ、食ってくれ! 俺の料理だ!」


 マナとオブザーバーたちに宣言する。

 俺は、内心焦りを憶えながら……その様子を見守った。


 ……どうした。早く食え。

 お前ら、審査にきたんだろ。

 ……なんで食わねえんだよ!?


「いやあ……これ、あの変な触手みたいなものから出来てるんでしょう……?」


「私も……ははっ、彼が食べているのをたまに見ているからねえ……正直、あまり食指が動かず……」


 ……くそっ!! オブザーバー共は、ダメか!!

 だが、肝心なのはマナだ。お前が食べてくれればいいんだ。

 どうした。なんで。なんで、オレのモノは、食べないんだよ!?

 マナは、困ったような顔をしながら俺の料理を見ていた。


「ふふ、どうやら、勝負あったようですね。まさか、口さえつけてもらえないとは……可哀そうに」


 黒衣の男が冷笑する。

 どうして、どうして……アイツなんかに、マナを……!!


「むっ!?」


 魔法使いちゃんが何かに気付いたように声を上げた。

 何事かと思って、彼女を見るが……彼女はその場から走り去ってしまった。

 なんだよ……お前まで、いっちまうのかよ……


 戦士が俺の肩に手を置く。

 涙が頬を伝う。

 震えながら、言葉を紡いだ。


「頼む……マナ……一口でいいんだ……俺の料理を食ってくれ……」


 マナが俺を見る。

 彼女は相変わらず困ったような顔をしている。

 料理に手は付けない。


「お前のために作ったんだ……最後に、一度くらい……お前の感想を……声を聞かせてくれ……」


 マナの口が震える。

 俺の言葉は、届いたのか。

 彼女は……ゆっくりと料理を口にした。


「なにっ……!?」


 黒衣の男の顔が歪んだ。

 どうした……なぜ、そんなに驚いている……?


 マナは……一口から揚げを口にした後、弾かれたように……

 残りを食べ始めた。


 ものすごい勢いで、むさぼるように食べ始める。

 彼女の頬を涙が伝う。

 そして、確かに、一言。


「おい、しい……」


 呟いた。


「マナ!?」


 確かに聞いた。彼女の声。

 俺は笑った。言ったぞ。確かに。「美味しい」って。

 アイツの時は言わなかったぞ!!


 マナの様子を見て、オブザーバーたちの目の色も変わり始める。

 そして、恐る恐る料理に口をつけ――


「ッ!? う、うめえ!? なにこれ、食ったことない料理だ!!」


「――本当だ!? すごい、滅茶苦茶うまい!! 初めて食べる味がする!!」


 ははっ。やっと認めやがったか……俺の料理を。

 黒衣の男が初めて焦りを見せた。


「ば、バカな……なぜ口にした……!? ウッ!!??」


 黒衣の男の目が光る。

 怪しい文様が目に浮かぶ。あれは一体――?

 その時、人混みを割り、魔法使いちゃんが戻ってきた。

 何かを手にしている。あれは、水晶か何かか?

 彼女が一喝する。


「貴様!! 魔眼を使っているな!? この私の魔道具は誤魔化せないぞ!!」


 マガン? なんだそれは。

 なんだかよくわからないが……もしかして、こいつイカサマしてた?


「チッ……これに気付く魔導の使い手がいたか。仕方ない。ここは引くとするか……」


「待てッ!!」


 魔法使いちゃんがヤツを追いかける。

 だが、黒衣の男は――空間に突如出現した裂け目のようなものに、吸い込まれるように消えてしまった。

 市場は騒然としていた。


 だが、そんなことはもうどうでもいい。

 俺は、ただ――マナが俺の料理を食べてくれたことが嬉しかった。

 しかも、「おいしい」って。

 ははっ。こんなに嬉しいの初めてだ。

 料理っていいなぁ。もっと、練習しよう。彼女のために……


 その後、マナに抱き着いて泣く俺を見て、周囲の人の誤解は解けた。

 そして、商売の方にも変化があらわれた。

 食材が売れるようになったのだ。

 相変わらず、手に取るときは怪しいものを見る目だが……

 マナがおいしそうに食べるのを見ると、安心して手に取っていく。

 俺はさらにこの街で有名になり、誰もかれもが俺を「黒の魔技師」と呼ぶようになった。


 ……恥ずかしいから、止めてほしいと言っても誰も聞いてくれねえ。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 街から離れること数千里。

 ここは無人の荒野。


 ただ一人、黒衣をはためかせた男が月を見上げる。


「――こちら導師ラーズ。興味深いものを発見しました」


「対象は亜人の少女。ドギー種。――はい。魔印の適合の可能性があります」


「確保はなりませんでしたが……彼のもとで、経過を見守ってみるのも一興かと思います。――はい。それでは」


 男が顔を下ろす。

 暗闇に、彼の目が怪しく光る。


「黒の魔技師……またいずれ、相見えましょう」


 男は、闇に紛れるように消えていった。

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