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第4話「おいしい水は錬金術に欠かせない」

「ホーチョーソードをくれ! 三本だ!」


「はい、金貨三枚になります!」


「こっちにはカイチューデントーをくれ!」


「はい、金貨二枚です!」


 俺は大忙しだった。

 あの死霊が湧いた日の後、俺はちょっとした有名人になった。

 元々この世界では希少な黒髪黒瞳だ。きっかけさえあれば覚えてもらうのは簡単だった。


 店についてもちょっと改良した。

 この前の隣の店主の助言に従い、この世界の言葉で分かりやすいポップを作って見たのだ。


『ホウチョウは魔物も野菜もよく切れます』


『鬱陶しい虫対策にはサッチュウスプレーを』


『グール退治のお供にカイチュウデントウ』


 といった具合だ。

 日本語をうまく異世界語に表すのは難しかった。だから発音だけそのまま書いてみた。そしたら包丁はホーチョーソードとか変な名前で定着してしまった。今更武器じゃないと否定するのも面倒だ。


 ともあれ、俺の異世界商売人生活は軌道に乗ったと言えるだろう。

 この調子なら、奴隷が買える日もそう遠くない。期待に胸が膨らむ。仕事に精が出る。


「ふう……午前の部、終わり!」


 休憩中の札を出し、一休みする。

 昼食も、これまた商売になるかと思って、カセットコンロを使ってカップラーメンを食べている。でも相変わらず客受けは悪い。なんか変なもの喰ってる異人って目で見られる。


「試食してもらおうにも、気味悪がって誰も手を付けねえんだよなぁ……」


 カップラーメンはともかく、羊羹とかのお菓子類は手に取りやすいんじゃないかと思ったが、そちらも客受けは悪かった。

 でも段々、客の反応を見るうちに原因がわかってきた。

 色と形だ。羊羹はこの世界では不自然なほど四角く、色は黒すぎる。チョコレートとかも同じ理屈だ。麺類は触手に見えるらしい。


 だったら適当に形を崩してやればいいと思ったが……それはそれで食欲をそそる見た目ではなかった。うーん、なんか受けの良い食べ物があればいいんだが……と思って、しばらく色んな食品を持ち込んでみている。今日のデザートはどら焼きだ。


 できるだけ美味そうに見えるように、思いっきりかぶりつく。大きく顎を動かして咀嚼する。うん……美味い。でも、やっぱり変な目で見られるな。どら焼きもダメか。何がいいのかなぁ……


「ちょっと、キミ」


「ん?」


 唐突に声を掛けられた。

 とうとう食べ物に興味を持つ者が現れたか。よっしゃ、ここは一丁、張り切って売ってみるか……


「何だこの商品は」


 と言って、指さされたのは懐中電灯の方だった。

 なんだ、こっちの客か……と思ったが、どうもそういうわけでもないらしい。


「これが魔道具だと? フン、詐欺も良い所だな」


 あちゃ――……、そっちのほうか。

 とうとう来たか。いつかはくると思ってたんですよ。

 もちろん、俺の売っているものは魔道具ではない。ドン〇ホーテ産の日用品である。それをさも魔法の道具として売っていれば、いつかは魔法の知見のある人間に見破られる。そう思っていた。


 もっとも、お客さんが勝手に魔道具だと思っているだけで、俺は一度もそうは言ってないんだけど。


(じ――……)


 改めて、このクレーマーを観察してみる。

 とんがり帽子に、黒いローブ。小さめの背丈に、三つ編みの金髪。それにモノクルをつけている。手には大きな杖。

 うん。どう見ても魔法使いだな。


「な、なんだ、その目は! 私を視姦する気か!」


 視姦……?


「あー、お客様。うちの商品に何か問題がありましたか?」


 とりあえず聞いてみる。


「問題も問題、大ありだ。この商品類からは魔力を一切感じない。こんなものは魔道具ではない。手品の類だ」


 やっぱりそう来たか。

 しかし、言い訳は考えてある。


「お客様。こちらの商品は、魔力などなくても動作するようになっております。効果の方も、問題ありません。たくさんのお客様にお喜びの声をいただいております」


 大体は俺の想定外の使い方だったが……


「効果だとぉ……? ふん、この道具の製法はどうなっている」


「企業秘密となっております。他の人に真似されると困りますので」


「ふん……とにかく、こんなものを魔道具と偽って売られると、本職のこっちが困るんだ。魔導院に訴えるぞ」


 あ~……こりゃ、長引きそうだな。

 ちょっと、本腰を入れた方が良さそうだ。っていうか、魔導院ってなんだよ。魔法の警察みたいな組織か。おっかないな。


「ふぅ……んぐっ、んぐっ」


 長期戦に備え、態勢を整える。

 まずは喉を潤し、舌戦の準備を――


「ま、まて……なんだそれは」


「は?」


 飲んでいるところに割り込まれた。

 魔法使いちゃんの目の色が変わっている。

 なんだそれはって、これ? この水か? そんな珍しいものだったろうか……

 ラベルに書かれている文字を読んでみる。


『防災用・純水』


 ああ、そういえばこれ安かったんだよな……見切り品とかで。


「そ、そんな馬鹿な……」


 魔法使いちゃんは震える手で水に手を伸ばしてきた。

 そんなにこれが珍しいのか? もしかして、欲しかったりする?


「なに? これ、欲しいの?」


「あ、う……!」


 魔法使いちゃんはバツが悪そうな顔をした。

 ははーん……これはチャンスだな。


「どうぞどうぞ。お売りしますよ。今ならお安くしときます」


「ほ、本当か? ……し、しかし……」


「あ~! でも、うちの製品は魔導院的にまずいんでしたね! しようがない、店はもう止めるしか……」


「わ、わかった! 買うから! 店もそのままでいい! 全部売ってくれ!」


 やったぜ。これはいいカモが出来たな……

 しかし、全部か。結構量があるぞ。何に使うんだ?


「重いですよ。大丈夫ですか?」


「私の家まで持ってきてくれ。私は杖より重い物は持てないんだ」


 どっかの貴族みたいなことをおっしゃる。

 だが、ここは折れておこう。売らなかったことで禍根が残るのは嫌だ。

 俺は手早く荷物を纏め、魔法使いちゃんの後をついていった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「オカエリ! オカエリ!」


「わっ! なんだこれ」


 怪しい洋館に踏み入ると、いきなり人形の出来損ないみたいのが話しかけてきた。


「ホムンクルスのパックンだ。一人で実験ばかりしてると、どうしても話し相手が欲しくなる」


「へえ」


 なんというか、陰気だな……

 部屋の中も薄暗く、変なにおいがする。薬品臭いというか……


「そこの机の上に置いてくれ」


「はいよっと……ん?」


 よく見ると、机の上には既に水が置いてあった。

 あれ? これでいいんじゃないの? 綺麗な水に見えるよ?


「なあ、この水は何だ?」


「蒸留水だ」


 蒸留水……つまり、沸騰させて不純物を取り除いた水か。

 んん? それってつまり、純水なんじゃない?

 

「これじゃダメなのか?」


「ああ……普通に蒸留させただけではな。どれだけやっても、どうしても魔素が残るんだ」


「魔素……」


 なんのこっちゃ。そんな元素あったか?


「お前の売っていた水には、どうしてか魔素が全く感じられなかった。全く、信じられない。一体どういう方法で精製したんだ?」


 普通に蒸留したんじゃないかな。日本で。

 日本で……あ、もしかして、それで魔素とやらがないのか。


「企業秘密です」


「……まあ、そうだろうな。こんなものを作る方法があったら、私なら一生秘密にしておく」


 そっか……日本では何ともない物も、この世界では滅茶苦茶貴重なんだな。いい勉強になった。


 しかし、俺はこのままここにいていいんだろうか。

 魔法使いちゃんは何やらすでに作業を始めている。これは、企業秘密というヤツではないのか?


「フフフ……いける、いけるぞ……ヒヒッ」


 あっ、ダメだこれ。完全に自分の世界に入ってる。

 まあ、俺は魔法使いの家なんて初めて見るから、面白くていいけど。

 へえ……理科室で見たような器具が一杯だな。でも、なんか形が悪いな。色も。もしかして、ガラスをうまく作る技術が無いのか? それなら、魔法使い用にビーカーとかフラスコを売るという手もあるか――


「テヤァ――――ッッ!!」


「おわっ!?」


 魔法使いちゃんが奇声を発した。

 それと同時に、キラキラとした光のようなものが周囲に飛び交い始める。

 大きな壺からは、怪しげな煙が濛々と立ちこみ始めた。

 なに、これ。なんかまずくない? 爆発したりしない? 逃げ――


 ズドン、と轟音が鳴ると共に、部屋の中が暗雲に包まれた。

 俺は壁にふっ飛ばされた。


「はぁーはっはっは!! やった!! やったぞ!! 完成だ!!」


 煙が徐々に晴れる。

 完全にトランス状態に入った魔法使いちゃんが万歳をしながら叫んだ。


「ヤッタ!! ヤッタ!!」


 パックンもスタンディングオベーションである。


「な、なにが……?」


 思わず問いかける。

 しかし、俺はすぐに止めておけばよかったと後悔した。


「”人形薬”だ!! これを使えば、どんな人間も私の言いなりになる!! 私をバカにした魔導院の導師どもめ!! 全員私の傀儡にしてやる!!」


「は、ははは」


 乾いた笑いしか出ない。


「はーっはっはっはっは!!」


「ワーハッハッハ!!」


 怪しげな洋館に、オレと魔法使いちゃんとパックンの笑い声が木霊していた。

 俺は、どうかその薬を俺に使わないでくださいと願うばかりだった。


 後日、彼女からは定期的に純水の注文が入るようになった。

 上客が増えたことをとりあえず喜ぶことにした。

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